蕎麦は冷え物、ということがある。
 ある医師に尋ねると、その風味などから冷えが来るとも思いがたいものではあるが、と語った話。

 その医師に知己の豪農がいて、屋敷も広く畑なども作っていた。
 隣家の住人が夥しい数の鶏を飼っており、卵を採って商いをしていた。
 隣家の者も富者で屋敷も広かったが、夥しい数の鶏だったので屋敷内の青葉・草・虫の類を尽く食い尽くし、医師の知己の畑の物も荒らすようになった。
 そこで、心配して隣家にも事情は話したが、周囲の広い屋敷なので囲いなどで防ぐ手段もない。事情はわかっている隣家の者としても同じように手段がなかった。
 ある人が畑を荒らされた医師の知人に、
「境の畑に蕎麦を撒けばよい。蕎麦を食う鶏は卵を産むことがない」
 と教えてくれたことを受け、境の畑に蕎麦をたくさん撒いたが、その後隣家の鶏が卵を産むことが絶えてなくなった。
 隣家の者が不思議なことなので別な知人に話したところ、件の蕎麦畑を見て、
「見ての通り蕎麦を撒かれているし、さすれば、その蕎麦を食べた鶏は卵を産まぬものだ」
 と答えたが、どうしようもなく諦めるしかなかった。
 医師は、(蕎麦が)おそらく冷え物に当たるので鶏も卵を産まなくなったこと、それが冷え物だという証拠だろうと語った。

 【耳嚢(みみぶくろ)】根岸鎮衛著・三章企画編訳


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 「冷え物」と言えば、柿や蟹が有名なところ。

  ことに、生柿は身体を冷やすので食い過ぎは注意とよく言われます。

 成分に含まれるカリウムやタンニンによって、利尿作用が促され、さらには(血管が拡張することで)血圧が低下する。

 血の巡りが緩やかになるので、自然と体温が下がり、同時に消化が悪いので便秘や下痢なども引き起こす……。

 そうしたことを、ひっくるめて「身体を冷やす」と言うのかもしれません。


 蕎麦に含まれる「ルチン」という成分にも、同様の働きがあります。

 その意味では、(鶏が)身体を冷やす、と言っても間違いではないのかもしれません。


 ちなみに、ルチンは水溶性なので、茹でてしまえばそば湯の中に溶けだしてしまいます。

 なので、蕎麦を食っても身体が冷えると言うことはなさそうです。


 もっとも、蕎麦は危険性の高いアレルゲンであります。

 蕎麦そのものは言うに及ばず、茹で汁、湯気に至るまでアレルギーを引き起こしかねません。

 鶏が卵を産まなくなった一件、

 案外、冷えると言うことよりも、アレルギーによるものなのかもしれない……

 と考えてみたりもします。

 

 ここは、博識の方の助言を願いたいところです。