知人の医者の話である。
 ある裕福な町人が、五十近くなった倅に跡を譲り、本人は院宅に引き移って法体(出家)になった。
 妻も一緒に発心して比丘尼(びくに)になって暮らしていた。妻は三十四、五になっていたが、知人の医者の元に人を寄越したので行ってみたらしい。
 件の妻の比丘尼は出産して、参籠(さんかご)に入って麻苧(まお)を襟に掛けていたが、傍らでは産子の泣き声がしていた。
 比丘尼・出家には似合わない風景だったので可笑しかった。
 などと語ってくれた。
 
  ※参籠(さんかご) 校注では、出産の時はいる籠とある。
  ※麻苧(まお) カラムシの茎の皮の繊維で作った糸。
  ※カラムシ (真麻)とも。麻の別種。
※【耳嚢(みみぶくろ)】根岸鎮衛著・三章企画編訳

 隠居して出家した夫婦に子どもができた、と言う話だが……。
 ま、なきにしもあらずと……^^;