元、本所に住んでいた人の話である。
 本所割下水(ほんじょ・わりげすい)に住んでいた頃、隣に住む女に狐が憑いていろんな事があったので、毎日のように見に行っていた。
 その狐憑きの女が、隣の家の幟が風も吹かないのに倒れるのを見て、
「ああ、あの家の子どもは病気で死ぬ」
 などと言い、あるいは、木の枝の折れるのを見て、
「あの家には○○が起こる」
 竿の倒れるのを見て、
「あの家の主人は、これこれの目に遭う」
 などと言っていたが、確かにその通りだった。
「そうしてわかるのか」
 と聞くと、彼女は、
「全ての家に守り神があります。信じる仏神があって吉凶共に物に託してお知らせ下さるのだけれど、俗眼にはこれが見えないで過ごすのです」
 と答えたそうである。
  
 ※本所割下水(ほんじょ・わりげすい) 本所の堅川と源森川の間に二本の排水路(下水)があったので、その辺りのことを、本所割下水と呼んだ。
  御家人が多く住んでいた。
  ※【耳嚢(みみぶくろ)】根岸鎮衛著・三章企画編訳