現在行っている研究テーマ



①近世北方史料の史料的研究
 近世北方史の研究は近年急速に発展している分野である。北方史は、一次史料の決定的な欠乏から長らく日本史学の分野では“異端視”されてきたという経緯がある。今日でもこの問題は解決されているわけではない。そうであるならばこそ、残されている二次史料を活用して研究を行わなければならない。しかし昨今の北方史研究は例えば歴史社会学、ポストコロニアルなどの“隣接諸科学”の理論は「援用」することはあり得ても、史料自体には目を向けてこなかったと筆者は感じており、現在でも基本的にその認識は変わっていない。

筆者は筑波大学に提出した学位論文では、中世から近世初頭にかけての北方史の基本文献と称されている『新羅之記録』(しんらのきろく)に着目し、写本の系統、成立過程、内容の史料批判、『新羅之記録』以降に編纂された歴史書への影響といった、非常に基礎的な作業を行った。この一連の研究は書誌学的手法を援用しながら、『新羅之記録』を日本史学研究の“史料”としてどのように活用できるのか一点に絞って検討を行ったものである。なお図書館情報学と書誌学との関係について大正・昭和初期の国文学者・図書館学者和田萬吉によれば、「図書館学は図書館を経営するに必須の事項を研究する学問なりとすると、その中には少くとも二個の大科目が含まれて居ることが明である。その一は図書館即ち図書の置場に関する研究で、今一は図書其物に関する研究である。(中略)第二の図書其物に関する研究はこれを書史学(Bibliography 又 Science of books)と称して、図書の起源、変遷、発達、其形式上の種類、並に図書を成立する紙、筆、製本等の講究から、総て図書記録類を記載する方法の研究に及ぶ」(和田萬吉『図書館学大綱』日本図書館協会,1984p.25)とあり、「書史学」(今日Bibliographyは“書誌学”と通常翻訳される)は図書館学を構成する要素の一つと位置づけられている。現在ではもう一つ要素である情報学が加わり、図書館情報学と呼ばれている。

『新羅之記録』は近世初頭に成立した編纂物であるが、比較的一次史料が豊富だといわれている幕末にも書誌学的に検討が必要な重要史料がいくつかある。筆者が次に関心を持っているのは、松浦武四郎が著した『近世蝦夷人物誌』3巻(以下『人物誌』)である。『人物誌』はアイヌ民族を生き生きと描いていることで希少な史料であり頻繁に研究に使用されているが、現在引用されることが多い『日本庶民生活史料集成』第4巻所収の翻刻は、武四郎の孫の松浦孫太の手になる翻刻を参考にしたものであり、原本、もしくはそれに近い写本から翻刻されたものではない。また近年指摘されていることではあるが、『人物誌』には様々なアイヌのエピソードが収録されているが、どこまで武四郎が直接見聞したものなのか、他者からの伝聞なのか不明となっている。さらに“原本”と称する写本も2種存在し、はたしてどちらが原本なのかそれともどちらとも写本なのか明らかにされていない。このように北方史料の書誌学的研究は基礎研究として、非常に重要な位置を占めていると思われる。






②近代日本の「選書論」の基礎的研究
 選書は今日の図書館界でもとりわけ重要な問題である。現在の公共図書館は、ライトノベルやマンガ、あるいはタレント本といったサブカルチャー系の図書に関しては門戸を広げているが、近世以前の和本や古文書といった資料に対してはあまり関心を向けてはいない。この点に関して従来の研究では、日本では戦前、図書館員が利用者に“よますべき本”を勝手に設定して押しつけるようにしていたが(価値論)、1970年以降は利用者が欲する本を中心に選書を行う「要求論」が主体になったからである、と説明されていた。しかし、筆者が明治から昭和初期(~1945)までに刊行された図書館学の専門書を調査した結果、戦前といえども必ずしも価値論一辺倒ではなく、要求論と如何に折衷させるかが模索されていたことを明らかにした。

 日本の図書館情報学では学説史研究はほとんど活発ではない。今後も選書論を中心にして、過去にどのような意見があったのか、議論が為されていたのか明らかにしたい。


③その他




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