皇室はじめ王家とはいかなる存在か? | 新労社 おりおりの記

皇室はじめ王家とはいかなる存在か?

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例えば菅首相に「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」は、その場の座興に終わるのですが、皇室の方に言ったとなると大問題になる、というのはなぜでしょうか?


首相や政治家、さらには貴族と呼ばれるヒトは、シモジモの者に批判され、時には革命の名の下、殺されまでするような存在です。しかし批判もなく、常に尊重されるべき存在というのは、人間にとって必要です。いわゆる神様とか、生きがいなど、心のよりどころとなるものです。


そのよりどころはホトケ様だったり、キリストだったり、能力のあるカリスマだったり、仕事や趣味や恋愛だったりするわけですが、特定の宗教国家以外の人間社会全体のよりどころはいかがでしょうか。


これは、社会全体で「見本」を作って、その見本の方に理想の行動をとってもらうしかありません。それが現在の皇室や、各国の王室の役割だと思います。


皇室や近現代の王室はいかがでしょうか。


スペイン : フアン・カルロス1世

独裁者から民主制への困難な移行を、王室の伝統的権威で短期間に成し遂げました。


タイ : ラーマ9世

政府と軍隊の軋轢を、常に調整し、経済成長に至る国の安定を図りました。


オランダ : ヴィルヘルミナ女王

祖国がドイツに占領されている当時、亡命中はオランダでは手に入らないものは決して食べませんでした。


リヒテンシュタイン :  リヒテンシュタイン家

スイスと共に君主としての誇りで、小さい国の非武装中立を守りぬきました。


日本 : 昭和天皇
政治に意見したのは、2.26事件、終戦・占領時代のみ。そこで日本の危機を絶妙の政治感覚で救いました。

これらの「王室」は決して専制君主でもなければ、独裁者でもありません。ただ危機の時に「こうしてはどうか?」と遠慮がちにいうだけの政治能力です。日本では祭祀者の役割が加わりますが、それだけの身分です。

しかし重要なのは、価値観の多様化によっても、崩してはならない権威というモノはあるということです。それを崩してしまっては殺し合いや潰し合いばかりになって、社会がメチャクチャになってしまう、単なる偶像や想像上の神様ではダメだ、現実の人間に権威をやってもらおう、という趣旨です。

そういう人間はもちろん自分でも努力しますが、そういうスペイン人、タイ人、オランダ人、リヒテンシュタイン人、日本人としての見本を、みんなで尊重してこそ、権威として成り立つのです。だからテメ―がラクをしたいだけの「早く座れよ」というような発言は、批判の対象になるのです。

多様化の時代だからこそ、どんな人でも、自分としてのよりどころ、自分の所属する国としてのよりどころを固めたい世の中です。絶対崩してはならない権威を大事にしましょう。