死刑の限界
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【8人殺傷 論告(5)】死刑判決は「強盗殺人犯に金を与えるのと同じ」 弁護側が必死の弁論
「死刑になりたいからヒトを殺した」という論理、実に多いですね。似たような論理として次のようなものがあります。
・ 刑務所の生活に戻りたいからモノを盗んだ
・ 会社に恨みを晴らしたいから役所に駆け込んだ
こういうものは本来「貧しくて食えないからモノを盗む」とか、「会社の対応に納得できないから役所に駆け込む」というものだったはずですが、本来お世話になりたくないもののはずの刑罰や刑務所、お役所がお世話になりたいものになってしまっているところに問題があります。
こういうことを防ぐにはどうしたら良いでしょうか。
・ 死刑になりたい ⇒ 懲役350年、など、実質上の終身刑を創設する。苦しんで働かせ、反省させる。
・ 刑務所に戻りたい ⇒ 運営を民間の、コワイ知力の高いおじさんにやらせる。
・ 会社の恨み ⇒ これもコワくてイジワルなおじさんが応対する。本気ならむしろ良い効果。
色々考えられますが、重要なのは地獄とは閻魔大王 がサバキを下すところである、という感じの恐怖感です。ウソをついたら舌を抜かれるという伝説も、先人はよく作ったものです。閻魔大王がスマートな優しいイケメンなどであるはずがありません。そこが肝要です。
もっと良いのは、死ぬこと自体も恐怖にならないといけないということです。かの殺人鬼、大久保清も法廷では恬然としていたものの、最期は恐怖で大小便を垂れ流しながら吊るされたといいます。こういうシーンをもっと強調するべきかと思います。
さらに良いのは、生きるとはこんなに素晴らしいことである、という死や犯罪へのアンチテーゼの強調です。世の宗教者や哲学者、さらにはタレントや美女、お金持ちはもっと自慢してほしいものです。社会全体の幸せとは、豊かなヒトを引き下ろすことではなく、豊かなヒトを一人でも増やすことだ!ということをマスコミなども強調して欲しいものです。
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