元禄十五年十二月十四日 | 東海雜記

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主に読書日記

センセも走る、頃は師走。

皆様にご無沙汰している間に十二月もはや半ばとなりました。

師走と言えば「忠臣蔵」、「第九」、そしてクリスマスに紅白。まあ昔はそうでしたね。今はどうなんでしょうかね。クリスマスは相変わらずですけれど、忠臣蔵はかつてほど人気がなくなっているんじゃあないかなあ。


忠臣蔵はいうまでもなく、赤穂事件――元禄14年(1701年)3月14日の江戸城松大廊下で起こった刃傷事件と、翌元禄15年12月14日の赤穂浪士吉良邸討ち入り事件を題材にした物語。

今日はもう15日になっておりますが(汗)。討ち入りは14日から15日にかけて行われたのでぎりぎりセーフかな。。。

事件の4年後に近松門左衛門が人形浄瑠璃で『碁盤太平記』を著し人気を呼んだそうです。現代(江戸時代)のできごとを太平記の時代に置き換え、浅野長矩(ながのり、内匠頭)を塩谷高貞に、吉良義央(よしなか、上野介)を高師直にし、師直が塩谷の妻に横恋慕するのが刃傷の原因とするなど、後の『仮名手本忠臣蔵』のはしりとなりました。で、1748年、事件の47年後に歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』ができ、これで「忠臣蔵」という名前が定着するわけです。

それ以来数多の芝居や小説に取り上げられ、冒頭述べましたように年末は忠臣蔵と、広く定着するわけですね。本当にたくさんの作家さんが小説の題材にしております。芥川龍之介も書いたそうで。恥ずかしながら未読ですけれども。


私が「忠臣蔵」を最初に読んだのは小学校5年生のとき。源義経をきっかけに歴史に興味をもち、通史や伝記などを読んだ、その中にありました。

子供のころの私には歴史というのは物語の一種でしたから、何と言っても源平時代や戦国、そして幕末などの動乱の時代が好きでしたね~。逆に江戸時代の中ごろはつまらなかった。だって平和だったんだもの(笑)。動乱好きな子どもだったんですかね。子どもだからヒーローにあこがれる、そしてヒーローが必要とされるのは、出現するのは、世の中が乱れたとき。だから興味がそこに集中しちゃったんでしょうね。

その「退屈な」江戸時代の半ばに赤穂事件(「忠臣蔵」)なんてどえらい事件が起こっている。いやあ、血が滾りましたです。わくわくしました。

最初に読んだのは子供向けに古典作品をリライトしたもの。これは「忠臣蔵」でしたから、登場人物の名前こそ史実に戻していますけれども、筋運びは歌舞伎と同じ。なんで後に小説を読んで内匠頭切腹のときに大石さんが駆けつけてこなかったんでびっくりしちゃった。

次に読んだのが講談社文庫で、『忠臣蔵銘銘伝』。これは講談の語り口調そのままを本にしたもので、残念ながら今は絶版となっているんですが、語り口調だから分かりやすいし面白い。有名なエピソードはほとんどこれで覚えてしまいました。

次は海音寺潮五郎さん『赤穂義士』。これは小説ではなく評論で、中学生の私にはちょっと難しかったけれども、後ろのほうには赤穂藩士の名簿が載っていて面白かったです。それぞれの役職名と俸禄が載っていました。私はこの本で歴史「物語」のみでなく、「データ」を楽しむことを知りました。

海音寺 潮五郎
赤穂義士

とまあ、小学校、中学校のころは素直に赤穂「義士」のお話を信じ、追っていったのですが、私の悪い癖で、だんだんと物足らなくなってくる。飽きてきちゃったんですね。鼻についてくる。まあ、思春期でしたから。

ましてや吉良さんの領地、吉良は私の住んでいる愛知県にある。その吉良町では吉良さんは名君として慕われている。そんな事実を知り、赤穂より吉良の方に興味が移ってゆきました。また周辺知識が増えるにつれ、「義士」というのも胡散臭くなってくる。ましてや浅野さんが「名君」だなんてとうていありえないなあ、と思っちゃうんですね。「義士」云々はともかく、浅野さんは名君ではない。バカ殿です。感情を抑えきれず事件を起こし、家臣を路頭に迷わせていますから。キレちゃったんでしょうね。現代の少年犯罪となんら変わりない。加えて吉良さんに傷を負わせただけ。脇差なら切りつけずに刺せばいいのに。自己本位に事件を起こし、自己本位の目的すら遂げていない。少なくとも並より下でしょう。


そんな思いを抱いているうちに、傑作小説に出会いました。

小林 信彦
裏表忠臣蔵

赤穂事件をなるべく公平に描いております。

漫画ではやはり杉浦日向子さん


杉浦 日向子

ゑひもせす


この本の中に吉良側から見た襲撃事件(いわゆる討ち入り)が描かれています。

武林唯七が茶坊主を斬っちゃった事件も、講談ではコミカルに語られるんですけれども、こちらでは野蛮な浪士たちの所業として描かれております。そして吉良家家臣の行動。そりゃ中には逃げちゃった人もいます。いやそっちの方が普通でしょう。私だって現場に居合わせたら多分逃げちゃうでしょうね。でも中には主君を守って奮戦した人もいたのです。「忠臣」は何も赤穂の専売特許ではない。そして上野介養子、義周(よしちか;上野介の孫)の悲劇。浅野さんよりよほど潔く、そしてかわいそうな殿様です。


逆説の作家、井沢元彦さんも忠臣蔵を扱っています。

井沢 元彦
忠臣蔵 元禄十五年の反逆

いわゆる「歴史ミステリ」ものです。素人が歴史の謎を追ってゆくわけですから、素人である私たちにもその過程が充分分かりやすい。

ただ残念なことに井沢さんの歴史ミステリもの、現代の登場人物とそれを取り巻くミステリをからめた二重構造になっている場合が多いのですが、現代劇の方はあまり面白くない。偉そうなこと言いますが、あえて小説仕立てにしなくったっていいじゃん、と思うできです。

『猿丸幻視行』は面白かったのになあ。



かようにいろいろな角度から楽しめる「忠臣蔵」。

もちろん歴史ではなく独立した作品として見れば、やはり傑作なんでしょうね。史実と虚構を上手く絡めた傑作です。かつて日本人の心といわれ、未だに多くの作家さんが小説や芝居、映画にするのも傑作だからこそ。

ですが傑作ゆえに歴史を歪めてしまう場合もある。

シェイクスピアリチャード三世と忠臣蔵の吉良上野介。彼らの悲劇がその典型なんでしょうね。