夫が死んだとはいえ、息子の放蕩が抜けないとはいえ、悠々自適の生活ができる中流以上の家庭があり、高校時代からの友情もあり、環境としては恵まれている。定年退職してから間もなく亡くなった旦那に10年来の愛人がいたことを知った、還暦間近の専業主婦・関口敏子の人生が再スタートした。
積年のフライパンを使い続け、敏子は自らを省みずに家族のことを第一に考えていた。家庭は狭い。しかしそこだけで一つの確立された社会と考えることができる。その中でのみ生活していた敏子にとって、世の中は広かった。そして未知の世界に足を踏み入れる。様々なことが露呈し、それから逃げ出すようにカプセルホテルを訪れた。そこで出会った風変わりな老女と眼鏡に長身の若い女性が、彼女にとって新たな視野のきっかけとなる。
女性は強い。阪本順治は男くさい映画ばかりを撮ってきた印象があったがこの傑作。例えるなら彼は本格派の投手でチームの大黒柱である。伝統的ストロングスタイルの正統な継承者である。起伏に乏しく壮年の女性が主で見出すのが難しそうな、事実ガラガラのシネ・アミューズは早々にモーニングショーへと上映回数を減らし、本作は評価されずして淘汰され行く可能性が高い。それが悔しくてならない。
タイトルのシーンで夫を送り出した後に窓際でコーヒーを飲む敏子が会釈する。クライマックス間近で愛人の昭子が敏子と一悶着あった後に自分の店の暖簾をかけながら「風が出てきましたね」という。双方とも対象が画面から外れているが、枯れてなおさわやかか表情が印象に残る。窓越しの敏子は最後にも、夜の電車で映し出された。夜のネオンに自分が反射してつぶやくセリフに全てが凝縮される。また別のシーンで「勝ち負けではない」という敏子は、家庭に従事してきたという土壌があるからこそ重みがあり、培ってきたものを肯定する姿勢を見せる。どんな世代でも女性は僕にとって畏怖の対象だ。