ノスタルジアアンドレイ・タルコフスキーの美しい映像はどこか幻想的で、恐怖心を煽らせる。1カットは執拗に追うことで狂気を帯びた。石畳と古い建造物、それにもやがかかるだけでこの世に見えない。殺伐として精気を感じさせない演出がまた現実離れを思わせる。

ロシアの作家アンドレイが通訳の女性を連れてイタリアのトスカーナを旅している。湯治場のある村にたどり着き、そこの狂人ドミニコにアンドレイは惹かれ、彼に近づきその世界観を聞いた。厳密には廃墟ではないが、ドミニコはそれに近い家で暮らす。屋内で火を焚き、水が滴り落ちている。ドミニコの支離滅裂な言動や乱雑な部屋はそれでいて理論整然としているような、一つの哲学が完成していると感じるのは錯覚だろうか。とりわけ、人工と自然が渾然一体となった部屋の、耽美的な小宇宙に魅入った。

救済の願いをアンドレイに託してローマに行ったドミニコは、広場で平和を訴える演説をし、ベートーベン歓喜の歌が流れる中その演説とドミニコが終わった。託されたドミニコはその約束、ロウソクの火を絶やさず湯治場を渡りきる遺志を継いで実行しようとする。容易でなく、病に犯された身で延々と続くその行為が前述の狂気の絶頂となる。タルコフスキーは世界の終わりを憂う。おそらく、その恐怖にさいなまれていたに違いない。