近松物語きれいな女優は数知れず、しかし気品を伴うとなると稀で、その比率は年を追うごとに減っている。香川京子ほど美と智を兼ね備えた女優を見ないというのは、単に僕が彼女を好きだから。とにもかくにもたまらない。

その香川京子が演じるのはおさん、景気の良い大経師・以春の妻として裕福に暮らしていたが実家は火の車だった。以春は自らの私利私欲以外は金を渋る男で、おさんの悩みには聞く耳も持たない。以春の手代・茂兵衛に金の工面を頼み、彼はおさんの申し出を快く引き受けたが、ことはうまく運ばなかった。

その茂兵衛を演じるのは長谷川一夫、スマートな立ち振る舞いが堂に入っていた。おさんをおぶってぬかるみを歩くシーン。体を正面にして背負うと女性の足が開いてはしたなく、ましてや着物、ましてや家元の妻とあればそれは回避しなければならず、両足を片手で持ち、半身にして腰に乗せる所作をさらりとやってのけるところなど、是非とも真似をしてみたい。

家を出ることになった茂兵衛とおさんの旅路は愛の逃避行になった。思いを伝えて足にしがみつく。疲弊した足を揉む。くじいた足に口をつける。これらが極上のエロスをかもし出し、しかしそれ以上を見せないことでプラトニックにも受け取れる。縦横、奥行きに幅広い立体的なセットの中、登場人物が交錯するカットが目立つ。監督・溝口健二、脚本・依田義賢、撮影・宮川一夫は幾度となく組んでいるようで、彼らの妥協なき姿勢または美意識が傑作を生んだ。