オーストリア・インスブルック発イタリア・ローマ着の列車に乗った老齢の教授が1枚目のチケットを持つ。そのチケットは食堂車のもので、多国籍、他人種が一堂に会していた。ヨーロッパらしさをかもし出す。オーストリアへの出張を済ませ、孫の待つローマに思いを馳せる教授だったが、出張先の秘書に恋心を抱いていた自分に気づき、彼は変わる。過去の回想を取り混ぜて、そのカットの繋ぎがあまりに滑らかで、エルマンノ・オルミの実力を初見で知ることができた。座席を取れなかったアルバニアの家族が通路に座っていたところ、軍人がぶつかって乳児にあげるミルクがこぼれた。それを見ていた教授の行動にささやかながら幸福の余韻を残す。
マイ・フェイバリットであるアッバス・キアロスタミが続く2枚目のチケットは、先のアルバニア人家族が乗り換えた列車から始まる。彼らと共に、太った醜い未亡人と若い青年が乗り込んだ。2等席にもかかわらず、彼女は空いていた1等席に座る。終始傲慢な態度に青年は辟易としているようだった。青年のことを知っている少女2人が列車にいた。彼女たちは青年の妹の友人で、昔のことや彼の以前の恋人の話を聞く。彼は自分を見つめなおした。複数の人間が対峙した時、対象の片方を画面で見せないキアロスタミ節は今回も炸裂した。想像力の活性化を促す。
「SWEET SIXTEEN」で主役を張ったスコットランドの若者を本作でも起用し、カンヌでパルムドールを受賞した新作はアイルランドを舞台にして、ケン・ローチはどちらの出身なのだろうと思っていたら、その実イングランドだった。3枚目のチケットを巡ってスコティッシュ訛りが飛び交う。ラーション移籍後はおそらく中村俊輔も応援してくれるであろうスコットランド人3人組はチャンピオンズリーグを見るためにローマへ向かっている。その道中でチケットが紛失し、アルバニアの家族をにらむ。ことの大小、対岸の火事、どこまでを他人事とみなすのか。彼らの決断がすがすがしい。
オルミは情緒を、キアロスタミは情弊を、ローチは情熱を描き、それぞれ叙情に満ちている。国や人種の垣根は低くなって然るべきだ。