暖流 経営の危機に瀕した病院を立て直すべく、老い先短い創設者の志摩博士は日疋祐三に全てを託した。孤児だった日疋は世話になった恩を返すために孤軍奮闘メスを入れる。荒んだ内情が明らかになる。

僕が小学校にあがる前後、親に連れられてある大学病院の眼科に通っていた。その道のりは遠く、長くきつい坂を登り、院内は薄気味悪かったことを覚えている。トラウマになるほどそこが嫌いだった。古い建物、陰鬱な空気、失礼な話だが重症患者もまた恐怖心をあおった。なるべく外にいたいという願望から待ち時間は玄関口にて、半円をかたどったポーチの辺りで遊んでいた。舞台の病院がそこに似ている。

車寄せのスロープの上下で志摩博士の令嬢・啓子と、彼女の同級生で病院の看護婦を務める石渡ぎんが話をする。高校時代は仲が良くても今は合い入れない。スロープが病院の玄関にたどり着くと、その高さは人の身長差を越えた。ぎんは日疋に惚れているが日疋は啓子が好きだった。啓子は若い医師の笹島のプロポーズを受けたが、内心は日疋に惹かれながら彼に辛くあたる。それぞれの思惑が絡み、病院幹部の政治事情も渦巻いて内外が腐っていた。二人の女性と病院に対して日疋が選択した道が示すもの。