残菊物語 好きな女性のタイプはと聞かれた時「古風な人」と答える男のほとんどは、要するに差別主義者というか、自分の甲斐性いかんにかかわらず奉仕してほしいのだと思う。けなげに尽くす女性は誰だって好きだろう。

歌舞伎の名門の跡取り・菊之助と、その弟の乳母・お徳との悲恋の物語。親に勘当されて都落ちし、大阪で芸を磨くが世話をしていた座長が急死したことによってさらに旅回りへと身を落とす菊之助を、お徳が献身的に支える。そんな彼女を愛おしく思いながらも、どこかその愛おしさに後ろ暗さを感じてしまう。このような女性を良しとする見方が、自分も大した分際でないくせにそのような人を求めていることに繋がると思うと、何だかみっともない。

階級社会がはびこる時代で、身分をわきまえてお徳は2度、身を引こうとする。乳母を解雇されて実家に帰った時、分かれることを条件に菊之助を東京に帰す約束をとりつけた時、菊之助が彼女を探すシーンを横スクロール長回しで捉えた。大した芸もできず見栄ばかり気にしていた頃の1度目は長屋を、苦労が芸の肥やしとなって立派に見得を切るようになった頃の2度目は電車を、画面左から右へと歩く菊之助をその中から追う。成長の影にはお徳がいて、しかし彼女は報われなかった。

全く報われなかったということはないのだが、その結末は悲しすぎる。歎美な溝口健二の世界にどっぷりと、気づくと頬と鼻の下は顔を洗って拭かなかったのかというぐらいに、浸っていた。ハンカチもティッシュも忘れてTシャツの袖では拭いきれなかい。嗚咽をこらえて呼吸困難にもなる。