かもめ食堂 小林聡美は無粋に無縁。彼女が演じた主人公サチエもまた、いなせな女性だった。フィンランドでかもめ食堂を経営するサチエだが、客は一人も来なかった。それでも「毎日真面目にやっていればお客は来る」といって、いつしか食堂は満席になる。サチエの詳細は明かされない。なぜフィンランドで食堂を開いたのか、そもそもなぜフィンランドなのか。事細かに掘り下げるのも野暮であり、彼女も後付けの理由しか述べない。現在の生き様があればそれでいい。不思議な魅力があり、それに引き寄せられるようにミドリとマサコがかもめ食堂の手伝いをするようになった。ミドリは、不思議な彼女を際立たせる、比較対象として普通一般。マサコは、掴みどころがなく、さらなる非現実世界として幻想。それぞれのキャスト、片桐はいりともたいまさこがきっちりと役割を果たし、和食がメインであるステキ空間の、事件が一切起こらない日々は満ちていた。清潔感は最大限に、生活感は最小限に、充足した毎日とは誰にとっても理想郷である。

マルック・ベルトラが、登場シーンは少なくても存在感を見せつけた。彼の主演作「過去のない男」で北の気質が描かれていたが、ここでもそれは顕著に表れる。一見ぶっきらぼうでも義理堅く、打ち解ければ人情が沁み入る。常連客となったフィンランド人は決まったテーブルにしかつかず、おにぎりはなかなか浸透しなかったが火がついてからは早かった。

今、熱い女流監督の中でも萩上直子は笑いのセンスに長けている。セリフとタイミングは天性のものかと思われる。「バーバー吉野」「恋は五・七・五!」着実にキャリアを積み、本作でシネスイッチは毎回満員御礼、立ち見と言われて先週は銀座まで無駄足だった。今日は上映時間より40分前に到着して、群れる銀座マダムに囲まれながら良い席を確保した。鑑賞後に「いつまでもずっと見ていたくなる映画ね」という声が聞こえ、それは的を得ている。