いつか読書する日 ドラマのほうの「私立探偵濱マイク」は第1話の「31→1の寓話」が最も印象に残っており、後は尻つぼみだった。本作と「独立少年合唱団」だけでなく、監督の緒方明と脚本の青木研次が「濱マイク」の第1話でもコンビを組んでいたことを今回知る。

これは齢50で未婚の女性と、学生時代に彼女と交際をしていた男、病気で永くないその妻を中心とした、小さな町で起きるある春の物語である。朝は牛乳配達、昼からはスーパーマーケットのレジをする美奈子は高校の同級生である槐多を密かに想い続けている。余命幾ばくもない容子はどこか掴みどころのない夫・槐多の真意を知りたがっている。この二人の女性が美しいということが前提にあるように感じる。そうでなければ成り立たない。

淡々と一人で生きてきた美奈子ではあるが、気持ちを制御できないこともある。好きな読書にふけりながら泣き伏す夜。自分の内なる気持ちをしたためながら噛む爪。ラジオに投稿するために文面を練る。「私には、大切な人がいます。そう思っている私のことを知ってほしいと思うこともあるのです」と書いたものを捨てて「でも私の気持ちは知られてはならないのです。悟られないようにするのは難しいことです」と書き改めた。どこかで吐露したい心情も含めて、彼女は美しい。

朝、自転車でスーパーへ向かう美奈子と路面電車で通勤する槐多。槐多が電車を待つホームを美奈子の自転車が通り過ぎる。槐多を乗せた電車が美奈子を追い抜く。美奈子は気持ち力を込めてペダルを踏む。あくまで推測だが二人は互いを意識している。それでも目を合わさない。同じ町に住む彼らは細いながらもどこかで繋がっているが、努めて意識をしないようにしていた。容子は二人の気持ちを悟り、自分が死んだ後に一緒になれと言った。二人は電車と自転車から見つめ合う。真摯に受け止める眼差しが美しい。

坂を上ったところにある槐多の家にも、美奈子は牛乳を届ける。早朝、階下から坂を見上げ「よし」と言って駆け上がる。そのシーンは何度かあった。カメラは正面から彼女を捉えた。昼間は容子に呼ばれた時と槐多を誘った時の2度訪れた。階下の彼女を俯瞰で捉えた。坂の多い町を多角的に見せる。美奈子と親交のある老夫婦が歩く後姿には猫を添えた。なぜ二人は別れて槐多は容子と結婚し、美奈子は一人でいるのか。それを考えさせながらストーリーは進む。容子の死から関係は大きく展開した。ラスト、これからもこの町で行き続ける美奈子の顔が凛として清々しく美しい。