エレニの旅 アンゲロプロスの描くギリシャは陰鬱で曇天模様。色彩のミニマリズムがその時代背景を映している。常に不安と隣り合わせで、恐怖も近くに潜んでいる。

20世紀前半、革命と内戦のギリシャを生きた女性エレニを綴った叙事詩。エレニはギリシャのアイコンとして、彼女自身が現代史になっている。エレニが辿る旅は水と緊密にあった。夫のアレクシスのアメリカへの渡航を見送る。アレクシスは網掛けのマフラーの糸の端をつかみ、舟に乗り込んだ。二人を結んだ糸は途中で途切れた。双子の息子たちは共に水辺で戦死する。内戦で敵同士となった兄弟は、それぞれたった一人で息を引き取った。兄のヤニスは川を挟んで、エレニは号泣した。弟のヨルゴスは波の音が響く中で、エレニは号泣した。

そのシーンシーンつまりはその1カット1カットが秀逸なのは言わずもがなではあるが、今回は作り出されたロケーションも素晴らしかった。安住の地を求める難民が川岸で佇む。集落が水没し村民は舟で移動する。葬式で遺体をいかだに乗せて水上を行く。その全てで水面に写る上下のシンメトリー。鏡のような水は、少しぼやけて彼らを模倣した。さらには桟敷席を部屋にして難民たちが住居化した市民劇場や白いシーツが無数にひるがえる白布の丘。ひたすらアナログの世界が惹きつける。

僕はバックパッカーだった。親子二代でそうである。1970年代にヨーロッパを放浪した両親が抱いたギリシャのイメージを聞いていた。彼らのそれはアンゲロプロスの世界と合致する。お気楽な旅行では伺え知れないエレニの旅路にふける。