サボテンはバクスターの夢を見るか? | ほたるいかの書きつけ

サボテンはバクスターの夢を見るか?

 亀@渋研Xさんが、「バクスター効果」について色々お調べになっている ので、私も一つ、ということで、手持ちの「懐疑論者の事典」を調べてみた。(太字強調は原文ママ)
バクスター効果 Backster effect
植物にあるとされる力で、生体エネルギー場を読んで人の思考を理解する、というもの。名称は、植物の知覚を論じた著書のあるクリーヴ・バクスターにちなむ。(下線は原文では傍点)
…これだけかよ! と一瞬思いそうになるが、メインは「植物の知覚」の方にある。ま、この文章だけで、トンデモだということは十分伝わると思うが。

 では、「植物の知覚」の方にはどう書いてあるだろうか。こちらは約5ページにわたって記述があるので、要点だけ順に紹介していこう(面白いので、図書館などで見かけたら一読をおすすめする)。
 まず冒頭。
植物の知覚 plant perception
 植物の知覚とは、植物には人間の心を感じて読みとる能力があるという主張である。この説は、ポリグラフ検査官養成学校の経営者であるクリーヴ・バクスター(1924~)により、1960年代に提唱された。
 植物はセルロースの細胞壁をそなえた生物であり、神経器官や感覚器官を持たない。いっぽう、動物はセルロースの細胞壁は持たないが、神経器官や感覚器官を持っている。植物生理学者や動物生理学者が植物の意識やESPを検査することは決してないだろう。人間のような感覚や知覚を持つことはありえないと知っているからだ。素人にもわかるように言えば、植物には脳もないし、脳のようなものもないということである。
というわけで、まず「常識の範囲」で十分あり得ないと判断できることがわかる。
 もう一点重要な情報は、バクスターは生物学者ではなく、ポリグラフ検査官養成学校の経営者である、ということだ。またこの後のパラグラフには、メディキナ・アルテルナティウァで代替医療の理学博士号を取得した(1969年)、とある。ちょっと意味が掴みきれないので英語版 を見てみると、
Dr. Backster claims to have a D.Sc. in Complementary Medicine from Medicina Alternativa (1996).
となっている。"Medicina Alternativa"というのがよくわからないが(スペイン語?)、語感からすると「代替医療(Alternative Medicine)」となり、大学等の組織名とはちょっと思えないのだが、2、3ググった限りではよくわからなった。いずれにせよ、取得したのは直訳すれば「補完医療における理学博士」となる。まあアヤシさ満点ということでは大差はない。
 さらに現在の所属が面白い。「カリフォルニア人間科学大学院大学」に属しているそうなのだが、例によって非認定機関だそうである。そして、この「大学」が創設された理由がすごい。
(前略)本山博博士(1924~)により「[身・心・霊よりなる]三重次元的存在としての人間」を研究するために創設されたものである。本山博士は、科学者であり、神主でもあり、「時空の制約を超越した意識状態に目覚めている」そうだ。(www.cihs.edu/whatsnew/motoyama_book.asp)。
最後、句点が重なっているのは御愛嬌。

 さて、このバクスターの主張は、当然ながら論破されている。原文まで遡ってチェックする気はないのだが、興味のある方のために、文献を出しておく。
Horowitz, K.A., D.C. Lewis, and E.L. Gasteiger, 1975, "Plant Primary Perception." Science 189, 478-480.
Kmetz, J.M., 1977, "A Study of Primary Perception in Plants and Animal Life." Journal of the American Society for Psychical Re-search 71(2), 157-170.
Kmetz, John M., 1978, "Plant Perception." Skeptical Inquirer, Spring/Summer.
(名前の表記は『事典』に従った)
この最後のメッツ(Kmetz)の記事は反論の要約だそうだが、そこでは次のようなことを指摘しているそうだ。
"バクスターの研究は、適切な比較試験を行なっていない" "比較試験では、植物が思考や脅威に反応しているという結果は得られなかった" "バクスターが示したポリグラフの曲線は、静電気、室内の動き、湿度の変化、その他の自然の要因によるものだったであろうことが慎重な調査によってわかった" という。
以上でまあ科学的検証については終了。
 続くパラグラフがまたバクスターと彼を取り巻く人々を描いていて面白い。
 それにもかかわらず、一部の超心理学疑似科学の学説においては、バクスターは寵児となっている。バクスターの研究は、ダウンジング(原文ママ)、さまざまなエネルギー療法、遠隔視、シルバ・マインド・コントロール(現・シルバ・メソッド)を擁護するために引用されている。1995年に、バクスターはテキサス州ラレードで開催されたシルバ・メソッドの国際大会に招かれて講演をしている。もとの発見から30年が経過しているが、バクスターの話は当時のままである。とても重要な話なので、くりかえし語る価値があるということらしい。このことから、バクスターの変人ぶりがわかるし、確証バイアス自己欺瞞の危険性をどうやらご存知ないらしいということもわかる。バクスターは、科学者が因果関係を調べるのに比較試験を行なう理由を、明らかに理解していない。
オカルトのために体よく利用されているようだ。あと「ダウンジング」は「ダウジング」の誤植ですよね。
 まだこの項目半分も紹介していないのだが、さらにこの後、バクスターがどのようにして「思いついちゃった」かがバクスター自身の言葉によって語られる。それを見ると、悪意を持たずしていかに人はニセ科学の提唱者となり得るのかがわかって実に興味深い(もちろん、すべてのニセ科学提唱者に悪意がない、というわけではない)し、しばしば引用される「本気で燃やそうとしたときだけ反応した」というところもあるのだが、長くなるので最後の文章を引用して終わりにしよう。
これは、少々の無知、非懐疑的なマスメディア、たくさんの組織的強化によっていかに多くのことがなしとげられうるかを示しているのだろう。
人間の思考というものが、まさに複雑系であるということを示しているように思われる。一つ一つは誰でもわかる。一つ一つを見ていけば、なんでニセ科学などに人は簡単にはまってしまうのだろう、という気にもなる。しかし、その単純なことが複数組み合わさるだけで、人は簡単に騙される。自戒せねばなるまい。

結論。植物がバクスターの夢を見るのではなく、バクスターが植物に夢を見ていた、いや見続けている、ということのようだ。
 しかしまあわざわざ実験やって検証する人々がいるのだから、科学者って奥が深い。(^^)

※「サボテン」というのはまあこの類の話がよくサボテンで出てくるからで、バクスター自身はWikipedia英語版 によるとPhilodendronという植物で「実験」したとのこと。でもまあ語呂がいいしー。
 それと、このエントリ、亀@渋研Xさんのエントリの主題でもある「第2の説」(オリジナルが変形・単純化されたもの)については扱っていません。だから、厳密な意味では、「感情はあるけどウソ発見器では測れないのだ」という主張に対する反証実験にはなっていません。もちろん、実験するまでもない内容ではあるのですが。

追記:植物絡みの話で言えば、『緑の黙示録 』(岡崎二郎)が良質のSFマンガとして挙げられよう。このようなヨタに振り回されるぐらいなら、こっちの方がはるかにおすすめ。

追記その2: "MythBusters" でも取り上げられていた ようである。無論、結論は "Busted"!
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