2008-11-12 01:36:54

『AERA』11/19:血液型性格判断を肯定

テーマ:血液型性格判断
(暫定的にあげたエントリを、大幅に加筆修正しました。11/12 AM1:35)

 『AERA』11/19号に、「血液型人事 ハマる会社」という記事が載っている。サブタイトルは「星野ジャパンも採用、惨敗でしたが。」「日本人の会話に定着してしまったような『血液型分析』。『A型は神経質でマジメで』とかいうあれだが、人事に活用している企業だってある。さて、その効用は。」。不安を感じさせる出だしである。

 イメージ写真が何枚かはってあって、たとえば「本日必要 ご協力下さい ピンチ B型の営業職が足りません!」てなプラカードを掲げている写真がある。献血のパロディなんだろうけど。ちなみにキャプションに「血液型による性格の違いはある」と思う女性は63.1%(NTTナビスペース調べ)というのがあって、また暗い気持ちにさせてくれる。

 結論を先に言っておくと、もう典型的なダメ記事である。いかにも客観的に、公正中立に書いているフリをしながら、結果的に血液型性格判断肯定論に手を貸しているのだ。こう言えばわかるだろうか。「水伝(水からの伝言)」についての「中立」な紹介記事を書き、最後に「水だけに教わって満足するのではなく、~」と閉める記事のようなもの、あるいは心霊や前世についての「中立」な記事を書き、「でも生きてる人の方が大事だよね」と閉めるようなもの。いかにも批判しているフリをしながら、全然批判になっていない。「自称中立」的な、ジャーナリズムとしては実にタチの悪い部類である。

 では、記事の概略を紹介していこう。
 最初は野球界の話。田淵幸一が血液型を重視することは知ってる人は知ってる有名な話。「血液型采配」、だ。北京五輪では、代表選手が選出されると、全員の血液型を調査し、
「A型の西岡は神経質。だから、西岡の場合、新しいバッターボックスに足を入れないと気が済まない」
ということで一番打者には西岡を置くよう星野に進言したという。

 結果は御存知の通り惨敗だったわけだが、記者はこう書く。
 星野ジャパンが金メダルをとっていたとしたら、血液型采配も秘話として株をあげていたかもしれない。(中略)それでも、この血液型采配、企業や官庁でも採用しているところがあるから面白い。
血液型と性格にはこのような形で使えるほど強い相関がないということが科学的に実証されていることはどうも御存知ないようだ。編集も知らないのか、ひょっとして?

 お次は童門冬二。wikipediaを見ると、あまり節操のある人物ではなさそうな気配である。
 このヒト、美濃部時代に都庁の幹部だったそうだ。企画調整局長。人事部長に、こう頼んだらしい。
「都庁始まって以来の人事だ。本気なのか」
「本気だ。次長はA型、総務部長はO型で固めてくれ!」
「血液型人事など行ったことはない。第一、血液型など、人事データに記録されてないぞ」
「そこをなんとか、頼む!」
当時の野党、自民党の攻撃のプレッシャーは相当なものだったらしく、そこで血液型にすがったらしい。記者はこう書く。
童門さんはB型だ。B型は好奇心旺盛で冗談好き。ただ、マイペースで感情の起伏が激しい。
最初に読んだ時は、「とされている」が抜けてるなあ、大丈夫かな?と思っていたのだが、最後まで読んでもこれを否定するような文章には出会わなかった。つまり、この記者、B型ってのはそういう性格だと信じている。

 この人事部長、あきれながらも承諾、人材を集めたそうだ。そして、51歳で都を去るまで、童門の血液型人事は続いたという。いま81歳だそうなので、30年前、つまり1978年まで、血液型人事が行われていたわけだ(革新都政が終わるとおもに去ったらしい。もっとも、といって、石原を批判しているわけでもないらしく、そのあたり、節操のなさが伺える)。

 そして、企業の例が続く。
 「都内の建築資材会社」の担当者によると、「O型は集金がうまい」そうである。いきさつが実にバカバカしいというか社員が哀れなのだが、その担当にはもともと「几帳面といわれる」A型社員を充てていたそうなのだが、「まじめな性格」ゆえにストレスがたまってきた、と。それで、「目的達成力のある」O型に変更したのだと。

 また「ある大手商社」は、ひとつの部署が同じ血液型ばかりだと何らかの問題が生じる可能性があると考え、全員がA型だった総務部にO型の若手を異動させた。
 8人の重役の血液型を均等に二人づつにした「有名メーカー」もあったという。

 ここで、古川学説の紹介が入る。1927年の古川竹二の話だ。これが能見親子のルーツであることも書いてある。
 そして、
 「血液型人間学」を提唱するNPO「ヒューマンサイエンスABOセンター」(東京)の市川千枝子所長はこう説明する。
「材料が違えば、特性、機能、味わいが違ってくる。それは人間を含めた生物も同じ。血液型遺伝子の違いが、人間の体質や気質につながることは論理的に正しいと考えています」
と述べさせる。これについての批判的コメントは一切なし。彼らの宣伝だ。論理的にどうこう以前に、血液型と性格には強い相関はない、というのが1万人以上を対象にした調査で判明しているのだから(松井豊氏の研究を参照)、彼らがどう考えようと、事実は「つながらない」のだ。
 さらに市川氏は各血液型の特徴を述べた上で、
「こうした血液型の特性を知っていれば、個性を生かす目安になり、一方向から社員を評価しなくて済み、きめ細かい人事を行えます」
と言う。実に恐ろしいことだ。血液型という努力ではどうにもならないことで、人事からなにから決められてしまうのだ。しかも、間違っていることを根拠にして。

 次の会社は「京都の製菓卸業、吉田産業」。神戸支店に5年ほど前支店長として着任したK氏(記事中では実名)は、営業にA型、B型を多く配属するようにしたという。これで業績を伸ばしているというのだが、たまたまだろう。
 タチの悪いことに、「とはいえ、血液型人事ですべてよし、とならないのは、断るまでもないだろう」などと書く。「すべてよし、とならない」のではなくて、すべて悪い、なのだ。
 失敗例として三菱電機の例が出てくる。これはたぶん有名なあの話だと思うが、90年ごろ、社内で「企画力に優れた」AB型社員だけを集めたプロジェクトチームを結成、しかし、広報部によると、「まあ、あまりいい結果が出なくて……」とのことだそうだ。チームはとっくに解散。当然だろう。血液型と関係なく、たまたま適正のある人が集まれば成功するだろうし、そうでなければ失敗するだけの話だ。それをいちいち血液型で説明されてはかなわない。
 「かつて人事部を全員A型社員で固めていた大手芸能プロダクション」もあったそうだ。そこも結果は出ず、「今はもうしていませんよ」と担当者は笑い飛ばしたという。

 最後に、再び童門冬二の言葉で締めくくられる。
「血液型はあくまでも人間の特性、その人を形作るキャラの一つ。血液型がすべてを決めるのではなく、いろいろな要因がある中の一つが血液型だと思う。キャラである以上、直そうと思えば直せると考えるのがいいのではないでしょうか」
そして、このあとには、文章は、ない。あるのはただ、
ライター 野村昌二
という署名だけだ。
 この童門の文章は、二重の意味で間違っている。血液型は、ここで営業だのなんだのの適性として出てくるような意味では、なにも、まったく、決めることはない。そして、個々人の個性とは独立に、○型は~という性格、と言われるわけだから、キャラとして直すもなにもない。その血液型ならこういう性格だ、と主張するのが「血液型人間学」なのだから。

【まとめ】
 この『AERA』の記事、一見すると、血液型性格判断もホドホドに、という、多少客観めいた「中立」な記事のように見えるだろう。しかし、血液型性格判断に根拠はない。というか、日常生活で使えるほどの強い相関はない、ということが、様々な研究によって既に判明している。ところが、この記事の論調は、全体として血液型性格判断は肯定しつつ、その濫用を戒めているだけなのだ。使いようが大事、と。事実関係からして間違っているのだ。

 『AERA』が、そして記者の野村氏が、まがりなににもジャーナリズム、ジャーナリストを称するのであれば、せめてBPOの基準ぐらいは同じマスコミ業界のものとしては踏まえておくべきだろう。猛省を望む。
 →BPO「血液型を扱う番組」に対する要望

---
[以下、暫定的に書いたエントリの内容です。折角なので、そのまま残しておきます]

(この記事は書きかけです。大きく書きなおす予定です)

 『AERA』11/19号に、「血液型人事 ハマる会社」という記事が載っている。見開き2ページ。田淵幸一の「血液型采配」、童門冬二の都庁での血液型人事。古川説の紹介、「京都の製菓卸業、吉田産業。その神戸支店は血液型人事で、業績を伸ばしている」。三菱電機の血液型別プロジェクトチームの紹介とすでに解散している件。人事部をA型で固めた大手芸能プロダクション(名前は出ていない)。
 最後に童門冬二のコメントでシメ。血液型性格判断はほどほどにと言いつつ、完全に肯定。編集部としての意見はない。むしろ「面白い」なんて言ってる。
 記事署名は「ライター 野村昌二」。

 以上、とりあえずざっと内容紹介。夜にでも、大きく加筆修正しようと思ってます(時間があれば)。

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コメント

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8 ■> 550さん

いらっしゃいませ。
女性週刊誌だと、血液型と性格に関係があるのはもはや前提、という感じですよね。テレビの場合、BPOの勧告があるにもかかわらず、視聴率が取れる(たぶん)ということで安易に手を出して、本当に困ったことだと思います。

今回の場合、せめて『AERA』ぐらいはきちんと否定するスタンスで記事を書いててほしかった…という、私の『AERA』に対する幻想(妄想?)が背景にあります。もうこの10年、質が完全に低下しているのはわかっているつもりだったんですが、創刊号から数年、毎号買ってた身としては、寂しいんですよね。こんな記事が載るのが。

7 ■> 黒猫亭さん

やはりジャーナリズムを標榜する以上は、そのあたりはきちんとしておいて欲しいですよね。

おそらく、今回の記事についての問題と、『AERA』が己をどういう雑誌にしたいのかという方針の問題と、二つあると思うんですよ。前者が「内容」、後者が「品質」に対応するかもしれません。

後者の点についていえば、どういうライターを雇うのか、どのように記者を教育するのか、という問題ともかかわってくると思いますし。編集体制としても、まさに「チェック機能の弱さ」を今後どうしていくのか、が問われると思います。

前者についていえば、なんらかのフォロー記事なり編集部のコメントなりが、次号あたりに掲載されるのが望ましいとは思いますけれども。そこまで深刻に受け止めてくれればいいのですけどね。

6 ■>FSMさん

>>事実誤認であるということと、人権侵害につながりかねない問題である

ああ、そのご指摘は論点が明快ですね。表現の自由や統制・検閲の問題以前に「裏を取る」「人権に配慮する」というのはマスコミュニケーションに求められる基本的な情報品質であって、その基本的な部分でダメなんだから、掲載誌側には最低限そこを担保すべき責任があったということですよね。

署名さえあれば掲載誌側が一切責任を持たないというのであれば、イエロージャーナリズムや無責任なゴシップ誌とどう違うのか、という話にもなりますし、情報の「内容」ではなく「品質」について担保する責任は掲載紙の側にもあるはずですよね。そうすると、やはり問題の在処はメディアの科学的な領域に関するチェック機能の弱さ一本に絞られてくるのですかね。

既述の通り「血液型人事、是か非か」という社会的な領域に関しては一応両論併記の形になっているけれど、大本の血液型性格判断の科学性については一方的な事実誤認があるわけで、そこに関しては全然裏が取れていない、その錯誤が人権侵害を促進する危惧もある、それなのに誰もチェック出来なかったということですから。

で、それを判断し得る情報がなかったというなら擁護の余地もあるでしょうが、BPO が血液型性格判断を名指しして回状を廻しているにもかかわらず、一切それを顧慮していないというのは、さすがに見識を問われても仕方がないでしょう。

5 ■> 黒猫亭さん

たしかに記者の自主性、自律性は尊重しないといけないと思うのですが、いま問題になっているのは価値観とか立場の話ではないですもんねえ。

事実誤認であるということと、人権侵害につながりかねない問題である、ということがあるわけですから、編集としても手の入れようがあるのでは、と思うわけです(実態を知らないのでなんともいえないのですが…)。

記事自体の責は記者が負う、でいいと思うので、第一義的にはこのライターの資質の問題になると思います。ただ、ジャーナリズムとして編集部がどういう立場で臨むのか、という見識が問われるのだと思います。

『AERA』のウェブサイトはコメントを送ることができるので、そういうようなことを、さっき書いて送ってみました(ブログのコメントのように公開されるわけではないので、メールみたいな感じのようですが)。

4 ■>FSMさん

それは一種、言論統制や表現の自由に関する問題も絡んでくるので、軽々に批判するのも一方的なのかな、という気はしますが、やはり誰が書いたことであれ「大新聞(この場合は系列の雑誌)に書かれているから」という理由で言説が信頼性を持つという事実を考慮すると、「署名記事だから執筆子の責任」というルールで突っ張るというのも時代に合わないように思います。

それではやっぱり結果責任をとっていないということになるわけですから、一方通行の強い情報発信に伴う結果責任についてもメディアが配慮すべき時代なのではないかと思います。

たとえば、血液型性格判断の件で謂うなら、こういう署名記事がある一方で「血液型性格判断には科学的根拠がない」という本筋の情報発信が押さえられていてこそ公正な情報発信と謂えるわけで、名前を出して記事を書いた執筆子の不見識もその前提で読者に判断されるわけですが、血液型性格判断というのは基本的にこの種の軽い扱いしかされないわけですから、そもそも今回の記事のような論調以外の情報が発信されているのかということに疑問符が附くと思います。

結果的にAERA全体の情報発信として残るのは、「血液型性格判断には科学的な根拠がある」という一ライターの個人的な思い込みに基づく大与汰だけ、ということになるわけで、果たしてそれで公正で信頼性の在る情報発信と謂えるのか、ということですね。

3 ■>FSM さん

署名記事に関しては、ちょっと思い当たることがあります。一昨年、「子猫殺し」というエッセイが問題になった坂東眞砂子の件で、エッセイを掲載した日経新聞の見識や責任を問う声もあったんですが、日経サイドは飽くまで署名記事だからということで坂東眞砂子個人の責任で日経は関知しないという主張で突っ張ったわけですね。

で、どうやらこれは新聞社の伝統的な約束事のようで、無署名の記事は新聞全体の情報発信という扱いだが、署名記事の内容については執筆子が責任を持ち、新聞社としては関知しないという使い分けがあるようです。そういう意味で、署名記事で新聞全体の論調とは違う意見が書かれることもあって、その記事については過度な検閲や統制を行わない、それが新聞の情報発信の多様性や健全性を担保している、という認識なのかもしれません。

ですから、AERAに関しては、新聞社系列の雑誌ということで、署名記事の扱いが新聞の慣例に倣っているのかもしれません。

2 ■> 黒猫亭さん

いらっしゃいませ。

そうですね。まあ裏をとってないというか、記者にとっては自明な前提(常識)だったのでは、という気がします。まさに大本のところの錯誤ですね。出発点がそれなので、どうやっても偏らざるを得ませんよね。

まあこれだけ広まっている血液型性格判断ですから、個々のライターの中には疑ったことすらないような人が出てきちゃうのも不思議ではないわけですが、雑誌とはいえ『朝日』の一部なわけで、デスクは一体なにやってんだろう?と思っちゃいますね。結果的に嘘になってしまうわけで。いくら署名記事でも、もうちょっとチェックせんといかんだろう、と思います。

1 ■「両論併記」すら嘘ですね

こちらでははじめまして。

この手の雑誌ジャーナリズムは、かなり劣悪な新聞ジャーナリズムに比べてもチェック機能が弱いという印象です。

この記事で紹介されている事実というのは、要するに大の大人が大真面目で「占い」を根拠にして人事を行っているという不合理ですよね。これは普通に考えればゾッとするような悪弊と謂えるわけですが、血液型性格判断をジャーナリズムで取り扱う際の一般的な認識をきちんと踏まえていないから、ピントのボケまくった頓珍漢な結論になっているわけで。

記者の考えでは、「血液型人事、是か非か」という二項において両論を併記しているから中立だろうという判断なのでしょうが、その大本の血液型性格判断に科学的根拠がないという裏をとっていないので、結果的に血液型性格判断それ自体の是非に対して錯誤を犯しているわけですね。

この記事の流れにおいては、「血液型性格判断に科学的根拠があるのは事実で、しかしそれを対人的な領域に応用するには慎重でなければならない」というロジックになっていますから、大本のところで錯誤があります。

血液型性格判断の科学性を巡る階層では、両論併記どころか、BPOの要請で明記されている非科学性すら無視して、一方的に肯定論のみを記述しているわけで、非常に偏った立場だと謂えるでしょう。

それは、FSMさんが暗示しておられるストーリーによれば、この「野村昌二」というライター自身が血液型性格判断を信じているから、ということになるんでしょうね。

占いの信者になるのは個人の自由ですが、こういう姑息な形で科学的根拠があるかのように欺罔するのは明確な嘘になるわけですね。

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