『神様のパズル』 | ほたるいかの書きつけ

『神様のパズル』

 しばらく前に映画を見てなかなか良かったので、原作も読んでみた。これもしばらく前に読んでいて、でもここのところ忙しくてここで触れる余裕がなかったのだけれど、このままだとどんどん記憶が薄れてしまいそうなので。ネタバレが若干ありますが、まあ面白さは失われないと思います。まだ観てなくて/読んでなくて、少しでも筋を知りたくない、という方は、以下は読まないほうがいいかもしれません。整理しきれてなくて文章グダグダだし。(^^;;


 映画と原作ではだいぶ設定が違うのだが、母親が精子バンクから精子を買って生まれた「天才少女」(弱冠9歳にして素粒子加速器の新たなデザインを論文にした)と、同じ大学の物理学科に通うデキの悪い男子学生が主人公(映画では双子が入れ替わるという設定)。わけあって彼女も某大学に入り(現在17歳という設定)、その男子とともに素粒子物理のゼミに配属になる。ひょんなことから「宇宙の創り方」をテーマに、二人が議論をすすめていく…という話なのだが、それは本筋ではない。現代初期宇宙論を舞台にしたスポ根学園ドラマ、というのが、この話の一つの側面。表の面、と言ってもいいかもしれない。研究室のゼミや、主人公二人の議論の様子が、ほとんどスポ根ドラマなのだ。

 原作ではゼミの様子が淡々と、ただし細かく描写されているが、対照的に映画のほうは物理のブの字も知らない主人公が宇宙論の解説本を徹夜で読み漁り必死になってみんなの前で黒板使って報告する場面が圧巻である。原子→原子核・電子→クォークと「物質」をつきつめていき、一方、宇宙の誕生(いわゆるホーキングの無からの創世の話)から、力の分岐、元素合成、宇宙背景輻射、構造の形成と「力」を中心に語っていく。汗ダラダラで必死に説明する姿は思わず観ているこっちまで緊張してしまう。内容的にも現代宇宙論の一般向けの良いレビューになっている。単に「物質」の究極の話をするだけでもなく、宇宙の歴史を「お話」として語るだけでもなく、「力」(重力・電磁気力・強い力・弱い力という4つの根源的な力)という観点を強調していたのがなかなか良かった。この場面で、観客は映画の世界にグイグイと惹きこまれていく。
 研究室の人間関係の描き方も深みがあって、単に主人公二人の関係だけではなく、彼らを取り巻く人間たち同士の関係も話に厚みを増している。狂言回し的存在の、定年後に大学に通い始めた初老の男性、一人で田圃を維持している老婆。彼らの存在は、またこの話の「裏」のテーマとも密接に関わってくる。
 映画のクライマックスは、特にスポ根であることが強調されている。荒唐無稽な展開が、まるで「逆境ナイン」かのように、かつシリアスに繰り広げられる。これは原作にはないシーンであるが、なかなか楽しめた(ちょっと突き抜け切れてないきらいはあるが)。

 さて、「裏」のテーマである。これは、要するに宇宙の創世や物質の究極を知ることの意味はなんなのか、というテーマと関わっている。前半、「天才少女」が農業を営む老婆を哀れむシーンがある。この世界のことを何も知らぬまま老いて死んでいく人生に一体なんの意味があるのか、と。そしてまた、定年になって、宇宙の始まりがわからないと死ぬに死ねないと必死に勉強する初老の男性の存在。
 主人公たちの生き方をかけた壮絶な議論(というといいすぎかもしれないけど)を通じて、その意味が深められていく。原作では特に、主人公の男子が農作業を手伝うことで、少しづつその意味が明確になっていく。宇宙の創世も、物質の究極も、自分たちの日常もすべて関係していて、それらをトータルで認識できるということが本当は一番重要なのではないか、と(このあたりは私の問題意識が反映されているので、読み取りすぎているかもしれません)。
 原作では、それは「保障論」という形で展開されている(正確に言うならば、主人公の卒論の中で展開されていることになっている)。科学は生き方の意味そのものではないが、それを考える保障を与えるものである、と。これは、ある意味、「科学的命題」と「価値的命題」の区別に相当するだろう。「道徳の根拠を科学に求めるべきではない」という言明とも密接に関連するだろう。そして、その区別を踏まえた上で、いかに人生の中でそれらを統合するか、という問題意識が語られているといってよい。

 私自身、10代後半に、「フツーのありふれた人生」の意味がわからず、悩んだ時期があった。大学も後半になって(あるいは大学院に入ってからだったかもしれない)、少しづつ、その意味がわかるようになってきたような気がする。「科学」と「価値」を意識的に区別して考えられるようになったのはもうかなり最近だけれども。結局、ソレナリに年を重ねないと、それは掴めないのだろう、という気がする。原作は、そのあたりも示唆的な結末になっている。


…えーと、なにが言いたいのかサッパリわからぬグダグダの文章ですみません。要するに、結構面白かったよ!ということでした。(^^;;
 光速じゃなくて光子そのものに重要な意味づけがなされていたり、映画のあの「渦」はないだろうよ、とかツッコミどころもあるのだけど、そんなものは舞台設定としてソレっぽいものができてればどうでもいい話。主人公二人を演ずる俳優もいい演技してたと思う。
 ちょっと活かしきれてない部分も感じるけれども、でもオススメです。色々考えさせられる映画・小説でした。
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