トンデモ本:『意識情報エネルギー医学』 | ほたるいかの書きつけ

トンデモ本:『意識情報エネルギー医学』

意識情報エネルギー医学―スピリチュアル健康学/奥 健夫
¥1,680
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ええと、なにをどう説明すればいいやら。
 「スピリチュアル」を「科学的に」説明しようとしている本。科学の言葉満載ですが、中身は空疎。
 なんでこれをわざわざ取り上げたからと言うと、一つは著者が阪大産研(産業科学研究所)助教授である、ということ(2007年3月当時。現在は滋賀県立大工学部に教授として移られたようです)。1965年生まれだそうなので、教授としては若手の部類だろう。専門分野では、それなりにキッチリした業績も上げておられるようである。そういう人が書いてしまったトンデモ本である。もう一つの理由は、あの村上和雄が推薦文を書いている、ということ。そのため、古本屋でたまたま見つけて、480円もするのに買ってしまったのであった。
 Amazonの評を見ると、3件だが大絶賛されている。困ったものだ。

 著者は、「祈り」のような意識の伝達がどのように行われるのかを説明したいらしい。単にスピリチュアルというだけではなく、トランスパーソナル心理(これも基本的にはトンデモ。無論、コミュニケーションにおける間主観的構造というのはあるわけだが、それは主体として間主観があるわけではなく、主観同士の相互作用が織り成す擬似共動主観とでもいうべきものだろう。というのが私の理解)などもその射程に入れている。
 この方、電子顕微鏡で原子配列などの微細構造を測定するのが本業らしく、量子力学の概念があちらこちらに出てくるので、読むのはかなり厄介である。たぶん、それなりに物理学の訓練をした人でないと、「なんだかよくわからないけどスゴイ」となるだろう、と思う。
 例えば最近のトピックスとして量子テレポーテーションというのがある(私もちゃんと理解しているわけではないのだが)。複数の粒子の状態がある種の混合をしており「もつれ」ている場合、片方の粒子の状態が離れた他方の粒子の状態を決めてしまう、というもので(間違ってたらご指摘ください)、エンタングルメントなどというキーワードと共にしばしば語られる。
 著者は、それを一気に拡大解釈して、ある人の意識がエンタングルした「なにか」を通じて相手に伝わるのではないか、という仮説を提唱している。
 その拡大(飛躍)の仕方は、普通の人には気づかないかもしれない。たとえば上の話について言えばこんな感じである:
量子テレポーテーションでは、宇宙の端と橋でも情報の伝達が瞬時に起こります。(中略)これは、意識の量子情報が身体物質原子にテレポートすることに対応するように思われます。そして脳は、この情報の伝達や検出器として働いているものと考えられます。
と述べるのである。ある程度量子力学を知ってたら、「いやいや思われへんし考えられへん」と即座にツッコミを入れるところだが、知らないと「へー」となってしまうと思う。大体テレポートに関わる物質が脳を構成する他の物質とすぐに相互作用して状態が変化してしまい、相手の粒子の情報など埋もれてわからなくなってしまうではないか。

 それから、「生命エネルギー」についてはこんなことも言っている。
生きている人間と、死んだ瞬間の人間と、いったい何が違うのでしょうか。原子の配列から考えると、ほとんど同じと言っていいでしょう。物質エネルギーを見てみます。
物質のエネルギー(E)は、重さ(m)に光の速度(c)を二回かけます。これも生死の境で違いがなさそうです。原子の並び方は同じなのに、片方は生きていて、片方は死んでいる。いったい何が違うというのでしょう。
ここでは、マイナスのエントロピーという考え方を認めてみましょう。そしてマイナスのエントロピーは「生命のエネルギー」に対応すると考えます。さらには意識(エネルギー)が関わっているのかもしれません。この生命エネルギーとは、原子がばらばらにならずに、人間のからだを形成しているエネルギーと考えます。もちろん、現代の科学ではまだ完全に受け入れられていない考え方です。
「マイナスのエントロピー」という言葉は、上で引用した部分の直前にシュレーディンガーの言葉として引用されている。が、シュレーディンガーの言いたかったことは(私の理解では)生命体は常にエントロピーを捨てることで秩序を維持している、ということであって、そのプロセスを「エントロピーの低い食物を摂取することでエントロピーを低い状態に保持している」というのを「負のエントロピー」という言葉で表したのであって、なにか特殊な考え方というわけではない。
 それはともかく、ここでも後半に注目しよう。すると、「~という考え方を認めてみましょう」「~に対応すると考えます」「~かもしれません」「~と考えます」と仮定に仮定のオンパレードだ。1の飛躍は誰でもツッコめるが、10の飛躍はなかなかツッコめない、という法則でもあるのではないか。どうせつくなら大きな嘘を、みたいな感じで。

 さらに「生命エネルギーと波動」ということで、こんな珍説も披露してみせる。物質としての人体のエネルギーは、当然E=mc2であらわせられる(ここでmは人体の質量)。ところが、著者は、これだけでは原子がバラバラになり、からだが崩壊してしまう、と説く。いやいや結合エネルギーまで含めてこの質量だろう、と思わずツッコんでしまうのだが、それで驚いてはいけない。で、バラバラにならないためのエネルギーとして、波動エネルギーを考えましょう、そしてこれが生命エネルギーなのです、と言う。で、その波動エネルギーの振動数をνとすると、そのエネルギーは電磁波と同様にhνで書けるのだという(hはプランク定数)。従って、全エネルギーはmc2+hνで表せられるらしい。
 ちなみに死ぬと体重が変化する(減る)という話が昔からあるが、著者によると、hνに相当する質量が死によって減るのかもしれない、そうである。
 さらに宇宙のエネルギー密度の7割を占めると考えられているダークエネルギーが、この生命エネルギーと関係があるかもしれない、とまで言っちゃうのである。その勇気には感服してしまうほどである。

 さらにスゴイのが、最近一部で流行っている(?)ホログラフィック宇宙を恣意的に用いた意識の構造の話である。ホログラフィック宇宙の話も私はよく理解していないのだが、著者の理解の仕方がおかしいことはすぐにわかる。
 元々は、ブラックホールのエントロピーが、その体積ではなく表面積に比例する、というところから出発した理論(ですよね?違ってたら指摘していただけるとありがたいです)。エントロピーというのは示量変数で、通常は体積に比例する量なのだが、ブラックホールはどうもそうではない、ということがわかってきた。それと同様に、宇宙のエントロピーも、もしこの宇宙が5次元以上の時空を持つならば、それより次元の低い4次元時空の境界面のエントロピーで説明できてしまう、という解釈(のはず)。そこから、すべての情報は宇宙に存在する「面」にかかれている、と著者は飛躍するのである。著者は自分でアカシックレコードみたいだとまで言っている(肯定的に言っている)。
 この「面」、著者によると「3次元境界ホログラム」なのだが、ここに人間の意識の中の情報はすべてコード化されて記録されているというのだ。で、ということは、「意識」というものは脳が作り出すのではなくて、宇宙にあまねく存在し、脳はその検出器だというわけだ(それでどうして独立しかつ継続した人格が維持できるのか理解できないが)。

 ええと正直ここまで書いて疲れた。(^^;;
 この先どんどん飛躍が激しくなるのだが、それはまあ「読んでください」としか言いようがない。簡単に言うと、ホログラフィック原理からスピリチュアルな考え方を「証明」し、さらに「共時性」との関係について語っているのだが、紹介してたら全ページ紹介してしまいそうだ。(^^;;
 そんな本なので、このエントリもとてもわかりにくいと思います。すいません。
 
 というわけで、波動からスピリチュアルまで「大同団結」する日は近いのかもしれない。うーむ。

 最後にもう一つ、読みながら考えていた、というか、願っていたこと。それは、著者は、物理学の言葉を弄ぶことによってスピリチュアルな人々を翻弄し、あとから「あれはテキトーに書いただけだよ」とソーカルばりにやってくれるのではないか、ということであった。それぐらい、物理学で通常つかう用語と、著者が語ろうとしている内容に飛躍があるのだ。シュレーディンガー方程式やらブラケット表示やらまで出しておいて、である。
 しかしその淡い期待も、ちょっと検索したことによって打ち破られた。著者名で検索すればわかるけれども(特に ac.jp 限定で検索)、CiNiiに彼(や彼の共同研究者?)のこの手の論文があるのだ。少し見てみたけど、これは「本物」である。船井先生の言うところの(かどうかは知らんが)「本物」だ。本物のトンデモであると言わざるを得ない。
 本業で結構堅い業績があるようなのにどうしちゃったんだろう、と思わざるを得ないのだが、一つだけほっとしたのは、どうやら自分の学生にはこれをテーマとしては与えていないようだ、ということである。そこは一線引いておられるようなので、まだ良かった(良いのレベルが低すぎかもしれないが)。

 いや~、スゴイ本です。物理屋はちょっと目を通しておいたほうがいいんじゃないか、と思わず思ってしまうくらい(立ち読みか古本でね^^;;)。著者が素粒子論や宇宙論をよく勉強してるなあ、というのは感心するんですが、いかんせんその理解がこれではなあ。うーむ。