まず2つの「逆投げ」を見比べて頂きたいのです。

「新編相撲大全(明治42年)」の「逆投げ」
退息所
「投げの変化にて、投げ手が極らぬ時に後へ捻り、
逆に足の流れ行く方へ投げるものなれば、
俗に二丁投げとも云い、若し極らぬ時は、
却って敵に持ち出されて、敗に帰す事あるべし」

「古今相撲大要(明治18年)」の「逆投」
退息所
「二チョウ投ともいふ。相手の両足に我が足を掛けて
投るをいふ。極らぬときハ持出さるるものなり」

この2つの「逆投げ」の記述には共通点が
あります。

「俗に二丁投げとも云い」
「二チョウ投ともいふ」

両文献とも「逆投げ」の別名が
「二丁投げ」であると言っています。

もう1つあります。

「若し極らぬ時は、却って敵に持ち出されて、
敗に帰す事あるべし」
「極らぬときハ持出さるるものなり」

この部分も、まるで同じなのです。

「逆投げ」という名称も同じ、
別名「二丁投げ」という点も同じ、
決まらないと「持ち出されて」ピンチになる点も同じ
……当然ここまで同じなのだから
「新編相撲大全」と「古今相撲大要」の「逆投げ」…
同じ技を示していると思いきや、
これが実は、全く違う技なのです。

「古今相撲大要」の「逆投げ」は正真正銘、
現在の「二丁投げ」です。

(goo大相撲)「二丁投げ」http://sumo.goo.ne.jp/kimarite/60.html

しかし24年後に書かれた「新編相撲大全」の
「逆投げ」…これは今の決まり手で言いますと、
「捻り」か「つかみ投げ」「大逆手」だと
思われます。

…まるで写し取ったかの様な解説文なのに、
技の中身は全く別物なのです。

奇妙だなあと思っていたところ、
一昨日、この記述を見つけたのです。

大正11年 横井春野著「力士鑑賞相撲見物手引」野球界社
…………………………………………………
「矢柄投(やがらなげ)」…四つに組み、相手の押進んでくる出鼻を
利用して、自分の差手の方の足で、相手の両足を払つて投げ倒す型で
俗には「二丁投げ」と云われて居る。
…………………………………………………

「逆投げ」のライバル登場といった感じでしょうか。
「矢柄投げ」の別名もまた「二丁投げ」だというのです。

…というより、ここに記述されている技は正に、
現在の「二丁投げ」以外の何物でもありません。

言い換えれば「二丁投げ」という技は、
ある時は「逆投げ」と呼ばれ、
またある時は「矢柄投げ」とも呼ばれた、
そういう歴史を持った技だということです。

そこで今度は「矢柄投げ」について調べていくと…

大正5年 日本体育奨励協会編
「実地活用相撲必勝術」修学社
…………………………………………………
「矢柄投げ(捻り手)…敵の締込みを強くつかみ、
本手投げに見せかけて、矢柄に振つて投げ付くる、
矢柄に右手やがら、左手やがらの二種あり。
…………………………………………………
まずこの文献において「矢柄投げ」が“投げ手”ではなく
“捻り手”に分類されている点に注目です。

この記述は「新編相撲大全(明治42年)」とほぼ同じ

『矢柄投げ』
退息所
「敵の締込みを捕え、本手投げに見せかけて、矢柄にふつて
投げる然れば、此名ありと云う。但し右手(めて)矢柄、
左手(さんで)矢柄の二種ありと云へり」

…解読が難しい。
「右手矢柄と左手矢柄の二種あり」…これも分からないし。

「本手投げに見せかけて」……
う~ん「本手投げ」というのは普通の投げ(上手投げ、掬い投げ等)
と解釈していいんでしょうねえ。

「投げと見せかけて矢柄投げ」という事なので
これって投げとは反対方向、即ち「捻り」と
言う事なのでは。

「実地活用相撲必勝術」で「矢柄投げ」が“捻り手”に
分類されていた、という点も、
一層その思いを強くさせるのです。

そうすると「矢柄投げ=逆投げ」という風にも
考えてしまうのですが
残念ながら「実地活用相撲必勝術」にも「新編相撲大全」にも
「矢柄投げ」とは別に、
「逆投げ」はちゃ~んと納められているんですよね(笑)。
「新編相撲大全」の「逆投げ」はこの記事の最初に見て頂きました。
「俗に二丁投げとも云い」というやつです。

「実地活用相撲必勝術」の「逆投」
退息所
「互に右四つ、甲は巻手に力を込め、左の腰を入れつつ、
普通に投を打つが如くになし、そして逆に上手の方より、
差手の方へ投倒す」

これも以前見て頂きましたね。やはり解読が困難なところが
ありますが。「矢柄投げ」を“捻り手”に分類した
「実地活用相撲必勝術」ですが、
「逆投げ」も当然捻りだと思ったら、こちらは“投手”
なんですよね。う~ん分からない。
文章中にムジュンがある様に思います。
「小手投げ」か「小手捻り」かのいずれかでしょうか。
図を見ると「突き落とし」っぽい感じですが…

「実地活用相撲必勝術」には「摑投」も入ってて

昨日アップした記事で私は、この「摑投」と
「相撲四十八手 附・裏四十八手」の「矢柄投」③を
表面的な解釈により混同致しましたが…

「摑投(カクナゲ)」
退息所
「敵が小兵にて、左差し右上手を引き、頭を胸に付けつつ、
攻め来るを、右上手よりタテ褌を取り、左下手にコキ上げつつ
右手に渾身の力を籠めて振り投げる手也(但し此の手は大力を要す)」

明治44年 木村庄之助述,河合英忠画
「相撲四十八手 附・裏四十八手」共同刊行:金洪舎
…………………………………………………
③「四手(よつ)に組み上手にて後褌を摑み差手を添へて
吊り上げ振り廻して投げる手」→これも「矢柄投げ」という。
…………………………………………………

ここでカオス状態を整理して私の結論をまとめますと

「新編相撲大全(明治42年)」の「逆投げ」は
今の「上手捻り」や「下手捻り」や「大逆手」

同書の「矢柄投げ」は「右手矢柄と左手矢柄の二種あり」
との事。これが左手で打つのと右手で打つのの違い、な訳がない
ので、おそらく「普通の矢柄投げ」と反対方向に放り投げる
「つかみ投げ」の事ではないでしょうか。

「実地活用相撲必勝術(大正5年)」の「逆投」
これは今の所解読不能。「小手捻り」か。

同書の「摑投」これは「つかみ投げ」で問題なし。

同書の「矢柄投げ」これは「新編相撲大全」と全く同じ。
「矢柄投げ」と「つかみ投げ」
となると「摑投」と半分かぶる事になりますが、
それくらいはまあ、有り得るのではないでしょうか。

…とまあ、すっかりぐちゃぐちゃになってしまいましたが
要するに私が何を申し上げたかったかと言いますと、

「二丁投げ」はかつて
「逆投げ」や「矢柄投げ」の名称で呼ばれた。

「逆投げ」という名称で全く違う技を指す場合もあったが
その全く別の技さえも別名「二丁投げ」と呼ばれる事があったという。

「矢柄投げ」も全く違う技を指すのが普通だった。

“二丁投げであった”逆投げと

「二丁投げ」と呼ばれてはいたものの
全然二丁投げではなかった逆投げ…

この両者は全く似ていません。

同じく
“二丁投げであった”矢柄投げと

“二丁投げではなかった”矢柄投げ…

この2つも全く似ていません。

で、
“全然二丁投げではなかった”逆投げと

“二丁投げではなかった”矢柄投げ…

この2つは割と似た系統、
と言いますか、
因縁浅からぬ関係にある、

という事でまとめようとして
見事にまとめ損なったという訳ですが(笑)、
断片的に関係性が見えるのは確かです。