$ラストテスタメント クラシック-デフォルメ演奏の探求-ナクソス島のアリアドネ

ショルティの「ナクソス島のアリアドネ」。かつて廉価盤で出ていたロンドン・オペラシリーズの新装釘再販です。ショルティはカルショーの優れたエンジニアリング、音の演出のもとのワーグナー「ニーベルングの指輪」の史上初のスタジオ録音が有名です。完成時にカルショー41歳。ショルティも若かったし、カルショーも若かった。ここにいたる紆余曲折は、回顧録もあり、ひじょうに興味深い。ワグネリアンでありながら、その人工的な作業には限界もあります。当時のバイロイト新演出に批判的であり、イギリスという地からみた像であったことです。録音、そこに音響的な演出を施すということでは、当時の先端はアメリカであり、伝統のホールの音響という強みをもっていたにもかかわらず、ヨーロッパはその点では遅れていたわけです。しかし、感覚は新しく、耳だけでオペラを捉える、それも舞台を目にしていない人にも、何度でも再生できる音盤を提供するという意気込み。そのために、ハンマーは本物が用意され、実演では考えられないくらいに歌手も調整される。それはテイクを重ねる作業でもあり、クナッパーツブッシュにしろ、クレメンス・クラウス(モノラルで接していますがクナッパーツブッシュの5歳下)にしろ、そうした骨の折れる作業には付き合えなかったこと。そして、当時、まだ力量も未知であったショルティの起用。このエンジニアはカルメン、トスカ、仮面舞踏会を手がけ、ドイツ系の演目のみならず「仮面舞踏会」ではショルティの指揮にニルソンのソプラノというイタリアらしくない組合せ。そして、冒頭の和音の無慈悲なまでの正確があるエレクトラ。ここには、いわゆる復調に値する大胆な和音が冒頭にあるのですが、吉田秀和氏「二つにひきさかれた和音–--いや、2つのまったくちがう存在が無理矢理一つに組み合わされている音塊の立てる峻烈な鮮明さ!ショルティほどに、無慚な手つきでこういう響きを出している指揮者は、ほかに誰がいるのだろうか?」。無慚、無慈悲、直截的な表現のリアリズムが大胆な音響を峻烈に轟かせるのです。そうした力業を発揮するところにショルティの凄みがあり、リズムの的確はそれを増強してきました。カルショウの演出は、音楽のリアリズムだけではありません。およそ耳で聴くためのオペラの仕掛け。それは時に歌にならないざわめきをいれ、舞台を走り、ときにラジオドラマのように機能してきました。77年の「アリアドネ」にカルショーはなく、およそ「エレクトラ」とは違う大規模なギミックもなければ、室内オペラといってもよいような光景が続きます。これが力業的なものをもっているとしたら歌手の力。80年の来日、ヤノヴィッツ、グルベローヴァ、バルツァという強大な女声を引き連れたベーム翁。これは声の限界に挑むような女声の力があります。そのグルベローヴァがツェルビネッタを歌っている。プリマはレオンタイン・プライス、作曲家をトラヤノスが歌っているという豪華版。
 「エレクトラ」の成功にはウィーン・フィルの力が必要でしたが、こちらはロンドン・フィル。そして、声が際立つためにひじょうに清新な印象ですが、ここに奏でているショルティの音響は決して雷小僧などではなく、室内楽的な機微に通じている。古典的な54年のカラヤンのスタジオと、ベームのザルツブルクのライヴが歌芝居的なものだとすると、ここでは遥かに歌っています。カラヤン盤ではリタ・シュトライヒ、ベーム盤ではギューデン。もちろん、ギューデンなどは直接的に作曲家R.シュトラウスにつながります。これは、幕間の挿入劇の改編なのですから、芝居的雰囲気が必要です。一方、これもまたサーカスのように、高域にいどむ歌手、フィギュアスケート的興趣も捨てがたい。レヴァインの映像では、バトルが歌っている。これもカラヤンが再録音を果たしていたら、同様の歌手で挑んだかのような豪華なもの(ジェシー・ノーマンとバトル!)。ショルティの指揮もやはりリズムが的確なのですが、この作品は芝居の一方、設定からして、すでに人工性も否めません。ほかケンペの68年、ランスドルフの59年盤なども印象深い。ここで指揮者でもあったR.シュトラウスの言葉「『サロメ』や『エレクトラ』をメンデルスゾーンの〈妖精の音楽〉のように指揮したまえ」。ショルティの「サロメ」「エレクトラ」は妖精というより、阿鼻叫喚の音楽ですが、「アリアドネ」はただしく「アリアドネ」の響きがします。デッカらしさの音響は声のキャラクターの違う二人をパンで振って、分離がわかりやすいこと。歌手に焦点が当たりがちですが、ここで抑えているショルティにも凄さを感じます。


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グルベローヴァ 当盤

90年の映像 Gran Teatre del Liceu, Barcelona 1990

プライスのプリマ 当盤