ルリエ
 
92年録音。アルトゥール・ルリエ作品集。「小室内協奏曲」「リトル・ギディング」「独奏ヴァイオリンと弦楽合奏のための室内協奏曲」。両端の協奏的内容をもった2曲、トーマス・クルーク、ギドン・クレーメルのヴァイオリンが先鋭的でありながら、同時にひじょうに聞き易い音楽としています。間にある「リトル・ギディング」はT.S.エリオットのテキストに基づくテノールと器楽伴奏のための作品。ここでのテノールはケネス・リーゲル。ソ連楽壇の指導的立場であったときはスクリャービン以降の前衛。亡命を果たしてのちは新古典主義へと向っていきます。そこにあったのはストラヴィンスキーとの出会い。当盤は、新古典期の作品であり、ストラヴィンスキーにも通底する乾いた叙情をもっています。同じようにロシアを離れて、新しい音楽と向かい合っていたストラヴィンスキー。パリをはじめ、先鋭の反動から新古典的な流れができていました。のちに仲違いするのですが、ストラヴィンスキーの新古典主義的展開にルリエの影響を見る見方があります(小室内協奏曲1924年は、ストラヴィンスキーの「ミューズの神を率いるアポロ」27年に先行する)。楽譜にはさまざまなものがありますが、偶然性などを飛び越えての図形楽譜といった類い。ルリエの代表作にはピカソに献呈された最初期のグラフィック・スコアの音楽「大気のかたち」があり、未来派の音楽や、ロシアン・アヴァンギャルドにも接近。美術にも通暁し、ここにピカソの名前が出てくるように、画家としても活動しました。
ロッケンハウスに向けて、新しい音楽を模索していたクレーメルがブージー&ホークス社を訪れ、編集顧問に勧めてもらった音楽。シュニトケや、ノーノ、ヴァインベルグ、ピアソラなど、クレーメルに見出されなくてもディスクが数多ある音楽は多いわけですが、ルリエの名前は亡命後、ソ連政府は音楽を演奏禁止としました。アメリカに渡ってからは不遇で66年に亡くなります。その後、クレーメルも「アルトゥール・ルリエという作曲家の名前を、私はよく知らなかった」とするように、長らく忘れられた名前となっていました。まさに、クレーメル企画のうちに、ルリエの作品が甦り、耳に提示されるようになっていったわけです。そういった経緯を経てのものですが、これを現代とするには伝統音楽との接点をもっています。しばし折衷とさえいわれてきた音楽。ここで、クレーメルが端緒を拓いたわけですが、まだまだ多くの大作が埋もれていて、クレーメルが拓いたものもヴァイオリンの音楽であったという偶然に過ぎません。音楽に留まらない哲学、美術、文学などと接点をもった知の人、ルリエ。新古典が、熟成されていって、さまざまな多様が生まれていった。ルリエの音楽もそういった文脈において再評価すべきものとなっていました。ほとんど情報のなかった時代に、この一枚が与えてくれた情報の量は多い。

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 Concerto da Camera for Violin and String Orchestra: II. Aria, lento ma non troppo
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ジェミニアーニ

ジェミアーニ/合奏協奏曲「ラ・フォリア」(コレッリ作品 編曲)
イギリスでのコレッリの影響。ヘンデルやジェミニアーニの直接的な影響はコレッリに遡ります。ジェミニアーニのすぐれた作品が並ぶ分野。この合奏協奏曲版も有名なもの。

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 CHAARTS Geminiani/Corelli La Follia
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ヴィヴァルディ
 
91年録音。ハインリヒ・シフのチェロ、コープマンのチェンバロと、ヤープ・テル・リンデンのチェロによる通奏。モダンとピリオド楽器によるバロックのチェロ・ソナタ、ジェミニアーニ、ヴィヴァルディの作品集です。アムステルダム、ラファエル教会での収録は、チェンバロにも残響が付加されて、やや音量に劣るもののLP期に録音されてきたバロック、チェロソナタ集といった趣きを備えています。ヴィヴァルディのソナタでは、ピエタ慈善音楽院にはすぐれた奏者がいて、ヴィヴァルディのソナタ、協奏曲をはじめこの楽器の活用も著しい。先だっても、ビルスマのチェロに鈴木秀美のチェロが通奏に加わったドイツ・ハルモニア・ムンディ盤を採り上げました。モダンとピリオド楽器では、扱っているチェロがそもそも違います。減衰も早く、ビルスマがバッハの無伴奏チェロ組曲から「語るバッハ」という性格を打ち出したのも、ピリオド楽器の特性を活かしたものでした。その点、戦後にバッハの埋もれていた無伴奏チェロ組曲を再発見したカザルスのものは、むしろ節回しこそ問題になります。それは、ピリオド楽器に比べてレガート気味で、より歌うチェロという性格が出てくるわけです。モダン、ピリオド、双方の良さを活かしたものも登場するようになり、たとえばフルートのランパルの数度に及ぶバッハのフルート・ソナタの録音ではピノックのチェンバロが加わりました。その優れた成果にパユも、自身の録音の際にピノックを共演に選ぶなど、時代楽器であるチェンバロの繊細も独自のものがあるのです。シフのチェロによる当盤では、奏法的にも時代楽器の成果を容れながら、共演であるコープマンのチェンバロに近接しています。
先述のように、音量には問題がありますが、雄弁に響くチェロの背後で微かに聞こえるといったものでないのは、アンサンブルをつくりあげているからでした。こうした微細は、かつてのシェリング、ヴァルヒャのバッハのヴァイオリン・ソナタなどで見られたモダン・チェンバロではニュアンスは出難いところです。たとえばマイクによる増音によるバランスをとるといった方法もありますが、収録に教会を選び、残響も含めた構築。ダイナミクスは奏者に委ねられ、自然な音響を獲得しています。通奏のチェロも、同じ楽器が重なる所、通奏に徹しているのは音量のバランスをとるところではモダンの方が、遥かに有利だからです。伝統的なのに、新しい感覚。コープマンのチェンバロは雄弁で、これら曲がピアノで演奏されてきたものとは隔世の感があります。

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以下は、当盤ではありません

 Francesco Geminiani Sonates pour Violoncello,Les Basses Réunies
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