ブラームス
 
81年録音。アシュケナージのブラームス。第1ピアノ協奏曲、ハイティンク指揮のアムステルダム・コンセルトヘボウ(ロイヤル・コンセルトヘボウ)管弦楽団。67年のメータとの共演以上に管弦楽もスケールが大きく、それに伍するピアノも交響的なものとなっています。ブラームスにとってトラウマとなったほどの同曲の初演の失敗。曲の原型の一つには交響曲があり、のちの交響曲第1番の線的なもので織られた労作以上に交響的に響く瞬間があります。とくに冒頭のピアノが入るまでの長い管弦楽。ブラームスの疾風怒濤期に準えて、ブラームスの前に道を用意したシューマンの死というショック。若きブラームスが体験した悲しの情感が、劇性を伴って、ほとんどの素の姿で迫ってくるのです。当時の聴衆がついていけなかったのは、その非協奏曲的な要素です。ヴィルトゥオーゾタイプの曲を望まず、ほとんど管弦楽の中に配置するような曲。曲が成立の過程で経て来た改訂の跡は、曲を不安定なものとしました。こと、当盤の遅いテンポは、同じ組み合わせの演奏による第2協奏曲が50分ほどであるのに対し、それをわずかに上回るほどの長さとなっています。名曲解説全集での標準的な演奏時間は40分。その異様な風采の一端を理解できるかもしれません。たとえばメータは晩年のほとんど目の見えなくなったルービンシュタインとの76年の共演で、柄の大きい骨骼で演奏を展開することに開眼しました。ハイティンクも69年のアラウ、73年のブレンデルとの共演を経て、スケールを増していった結果としてのアシュケナージとの共演があります。宇野功芳評の中に前期のルービンシュタイン盤ほか、ツィマーマン(バーンスタイン指揮のもの)盤があげられ「マイクの位置が前ニ盤より近く、その直接音は生々しさのかぎりだ。実演では絶対にこのようには聴こえないだけに好き嫌いは分かれるだろうが、フォルテの凄絶さは比類がないし、ハイティンクも力いっぱいの熱演を示している。ただ弱音部がただ弱くなるだけで、寂しくならないのはメータやバーンスタインに劣る欠点といえよう」。この鳴り切る一方、決定的に寂しさを欠く点はアシュケナージも同様です。宇野評はこのあと、第2楽章のピアノのリリシズムを指摘。この楽章がメタロマンのブラームスを伝え、もっとも印象的な緩徐楽章の一つであることは、よく知られています。
「実演ではおのようには聴こえない」は、多かれ、少なかれすべての音盤にいえることですが、第2協奏曲が平準的な演奏であったのに対し、この極端な傾向が印象的です。時間は長時間ですが間延びすることはありません。自身のピアニズムから展開されるアシュケナージのピアノ。強奏であっても音が濁ることのないのはいつもの在り方。宇野評指摘の通り、ここにはピアノのバランスもある種の操作を経て拡大されたものになっていますが、これは通常通りであっても難しいことです。たとえば宇野評があげたツィマーマンは、録音当日のピアノの不備について不満を述べ(それがラトルとの共演につながる)、ブレンデルはのちのアバドの共演のバランスに満足いかず、さらにのちのライヴで自身の理想とするバランスを実現させていました。

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 当盤、ハイライト


 Vladimir Ashkenazy - Brahms - Piano Concerto No 1 - Los Angeles Po, Carl Maria Giulini.avi
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セル

ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲
管弦楽変奏曲の傑作。交響曲前、管弦楽の手法習熟のプロトタイプともいわれています。主題のハイドン的な管弦楽配置から、終曲のパッサカリア。主題の移り変わりは指揮者の腕の見せ所。セルらしい演奏です。

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 Brahms - Haydn Variations (Szell, Cleveland Orchestra, 1964)
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ブラームス
 67年録音。セルのブラームスの交響曲全集中の1曲、第2番の録音です。廉価での分売でも入手することのできるものです。悲劇的なベートーヴェンの調性であるハ短調で書かれた第1番は初期の構想から20年以上の月日が費やされた労作でしたが、第2交響曲はその翌年に書かれました。ブラームス44歳。ペルチャッハで書かれ、この時期のブラームスの作品には、北ドイツ人で構築で鳴らした作曲家の作品のうちに陽光がもたらされています。ホルン三重奏曲、ヴァイオリン・ソナタ第1番、ヴァイオリン協奏曲といった作品。その風光明媚を映し、「田園交響曲」にたとえらえることもある第2交響曲。ベートーヴェンの第5交響曲のハ短調、第6交響曲の「田園」に準えてのものですが、ヘ長調の田園交響曲に対し、ブラームス作品はニ長調です。柔の交響曲。奇数、偶数の作品での対応ですが、多くベートーヴェン作品でも「田園」を得意とする指揮者が手がけたものが効果を発揮することが多いものでした。53年のワルター、NYP、あるいは60年のコロンビア響、75年のベーム、ウィーン・フィル、88年のアバド、ベルリン・フィルといった録音です。古く、悲愴味に溢れた第1、第4交響曲ではなく、わずか4ヶ月ほどで書かれたこの作品に愛着を示したモントゥーやシューリヒトといった例があります。セルもまたブラームス作品以上にベートーヴェン指揮者ですが、ここでは第6交響曲はおろか、そのベートーヴェンは標題性を剝いだ純度の高い抽象的な音楽、フォルムで貫かれています。曲としては自然と人間。とくに崇高な4楽章にもっていくには作品への愛着が必要で、バルビローリやジュリーニ、最晩年のストコフスキーなど、そういった人間性をよく抽出した録音の代表格です。セルの演奏は「田園」というには近代的なオーケストラ、都会的なものかもしれません。
セルの合理性はときに冷たく、合奏力では4つある交響曲では第3交響曲にもっとも適性を示したものでしょう。第2交響曲での白眉は第3楽章の舞曲のリズム。ブラームスは二つの性格の異なる作品を並べることが多々あり、それは前作で実現できなかったことを次作に盛り込むといった性格のものでした。そこで第1ー第2、第3ー第4交響曲という構図ができるのですが、第3交響曲はすべての楽章が静かに終わっていくものであっても、内容的には柔の作品ではありません。また安易に軽重として採り上げるものでもありません。セルは冗談にお気に入りの交響曲を「ピアノ協奏曲第2番だ」と答えていました。交響的なものは、より交響曲ではないピアノ協奏曲に反映しているという見解でもあります。セルが土臭い田園的香りを表出するのに欠けていたわけではありません。ドヴォルザーク、コダーイといった作品の民族的なものにはユーモアがありました。ブラームスは全体を通して、ドイツの交響曲。形から解いているわけです。ロマン派での自由な楽想に対し、ベートーヴェン的主題労作は不自由なものとなっていました。ブラームス作では冒頭の3つの音が全曲を支配し、動機という最小の単位ですが有機的に活用されています。また第1交響曲に比し、低域の動きと、金管の活用は長足に進歩していました。高い合奏力。第4楽章で、そういった動きの細部がわかるのも、この年次の録音としては驚異的です。

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