$ラストテスタメント クラシック-デフォルメ演奏の探求-イタリアのトルコ人

ロッシーニの「イタリアのトルコ人」。それは、当たりをとっていた「アルジェのイタリア女」の同趣向の二番煎じであり、ロッシーニ・リバイバルの中、現在でもディスクの数は決して多くはありません。それが、コケッティッシュで機知に満ちたヒロインの登場する魅力作であると認識されたのはごく近年のことでした。wikipediaでは70年代になってからとありますが、認知を受けて盤が増えたわけではありません。ヒロインの造形で決定的な盤が97年のシャイー指揮のもの。ここでバルトリが強烈な印象を放っています。シャイーはカバリエとも録音しており、作品は掌中にあり、よりロッシーニ的なニュアンスで新盤があります。ほかはスミ・ジョーを起用したマリナー盤など。こうした復興の遥か以前、54年にガヴァッツェーニ指揮のもと、カラスがフィオリッラを歌った当盤が登場しています。カラスのベルカント・オペラの復興。そこにはベッリーニ、ドニゼッティと同様に、ロッシーニも射程に入っています。ヴェルディのヒロインたち、プッチーニの「トスカ」といったベルカント以降の作品の一方、ベッリーニの「ノルマ」、ドニゼッティの「ランメルモールのルチア」といった圧倒的なものがある一方、カラスのレパートリーとしたロッシーニの二作「セビリアの理髪師」「アルジェのイタリア女」が、ロッシーニ・リヴァイヴァルにつながらなかったことはなぜか?そのいずれもが高い評価を得ているのです。しかし、実際に70年代のロッシーニ・リヴァイヴァルの立役者はアバドにはじまり、そこでヒロイン造形したのはベルガンサをはじめとした次世代の歌手であり、そこにはゼッダのクリティカル版が大きく寄与していました。ベートーヴェンがロッシーニに言ったという「君はブッファ、セビリャの理髪師のような作品をたくさん書くべきだ」。それはブッファの最盛期であり、そして、その歴史はやはりベルカントの時代、ドニゼッティの「ドン・パスクヮーレ」に終わる。リヴァイヴァルで明らかになったのが、こうしたブッファ作品だけでなく、「セミラーミデ」といったセリア作品でした。その後の世代もシャイーをはじめ、役者が揃った感があり、アバドも「ランスへの旅」の復活をはじめとした、この人ならではのこだわりを見せています。
 クリティカル版。これ以降、ロッシーニの音についての考察は無視できないものとなりました。シャイー盤の解説には、ロッシーニにはトルコ男の視線に置き換えてのブッファ創作が頭にあり、そしてけっして二番煎じとはいわせないアイデアを盛り込んだ旨が記されています。そもそも、「アルジェのイタリア女」が当たりをとったことに、気をよくしたスカラ座がロッシーニに委託したのです。台本はロマーニ。リヴァイヴァル以前、カラスが取り組んだ時点で、ロッシーニ作品で唯一、演奏の機会があったのが「セビリャの理髪師」でした。すでに、序曲ばかりが演奏会で採り上げられ、オペラ全曲の演奏は極めて少ないという状況。若隠居と、天才の浪費。ロマン派の多くの天才と同様、10代にして作品を書き、21歳ですでに最初の当たり作「ブルスキーノ氏」「タンクレーディ」をものにしており、機知と高い音楽性を要求する音楽をものにしていた作曲家はすでに過去のものとなっていたのです。唯一、残っていた「セビリャの理髪師」。これ1作でも畢生の作ですが、そこにはヒロインのロジーナがメゾであるという設定です。作品には独唱者でソプラノは一人も出てきません。カラスの残したものが復興というより、時代の様式に即した復元ともいうべきものだったこと。そして、より真価を発揮している「イタリアのトルコ人」のフィオリッラでは、「アルジェの女の二番煎じ」といった印象がつきまとったのでした。作品が詩人というドラマの進行役を設け、心理的に複雑なものを要求する、メタオペラ的な内容を持っているという認識は90年以降のものであり、カラスの時代にはそうした意識はありません。本作が奇想天外な面白さを発揮するという前に、濃厚な劇場での体験を豊富に有する声の響宴。ゲッダにロッシ=レメーニと歌手をかかえ、ひたすら音楽的に把握しようというものです。ロッシーニの若隠居の遠因に、新しくはじまったオペラが、次第に音楽からドラマ性の重視に傾き、機知と知的な音のコントロールを要求するロッシーニのスタイルが時代と乖離していったこと。すると、すでにクリティカル版を用いた盤を聴いた耳にもガヴァッツェーニ、カラスの試みの斬新さを再評価してもいいはずです。劇場の雰囲気。歌手のそろっていた時代。ロッシーニ復興のまえに、カラスのもうひとつの側面。作品に含まれた多くの仕掛けはまだ見出していませんが、演奏は決して古びていません。

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1幕フィナーレ Conducor - Fabio Luisi