ケンとカズ [インディーズが示す邦画界の光明] | 冷やしえいがゾンビ

冷やしえいがゾンビ

めっきりノータッチですが、メインは映画に関する垂れ流し。

ケンとカズ

見ました。

http://www.ken-kazu.com/

映画秘宝の記事、Yahoo!映画に並ぶ絶賛レビューを参考に、そこそこの期待値で渋谷ユーロスペースへ。「やっぱり『FAKE』にしようかなー」と迷ったあげく、この作品をチョイス。


1人の映画作家の個性と情熱が存分に発揮された素晴らしいインディーズ映画に出会えました。

ざっくりとした総評から書きます。

映像全般のセンスが素晴らしい(自分には真似できない…)。構図を切り取るセンスだけでなく、編集でもさらに上質な画を目指す意識の高さ。

画面の質の高さだけでなく、ストーリー展開にもグイッと心をつかむ牽引力がある。クライマックスに至るまで展開が読めない。

役者の演技が素晴らしい。鬱屈した感情を画面にダイレクトにぶつけるような熱さがあり、それでいて全てを吐き出しきれないやりきれなさも感じさせる。

そもそもキャスティングが素晴らしい。個性的な顔立ちの役者がそろっているが、どこかで見た事があるような、身近な誰かを連想するような配役。

音楽にもかなりのこだわりを感じさせる。画との合わせ方も含めてインディーズとは思えないクオリティ。

…画、物語、配役、芝居、音楽、編集。これだけ揃っていれば傑作というに相応しいと言わざるを得ないですね。

以下、ストーリーを追っていきます。ネタバレ注意!!

ケンとカズ


アヴァンタイトル。ケンとカズとテルは、離れたところに留まっている車を別のワゴン車の中から見ている。3人の中では下っ端であるテルは、2人に命じられて監視していた相手に因縁を付けに行く。テルが降りた後でケンとカズはくだらない事で口論を始める。

目を離している間にテルが監視対象だった男たちにボコられている。ケンは車を発進させ、テルを救出する。男2人をボコったケンとカズは、覚醒剤を売っていた男たちに「勝手に売るな」「ここはうちのシマだ」と脅し、運転免許証を持ち去る。

北野武的な世界観のユーモア&暴力描写を内包した良いオープニング。観客への宣戦布告とも言えるようなハードコアなバイオレンスを期待していたので少々物足りなかったですが(評価基準が韓国映画)、顔面へ躊躇なく蹴りを入れるカットなど、けっこう頑張ってると思います。

このシーンが終わって、タイトル。ケンとカズ。

「ただのオープニング」=キャラ紹介と世界観表現のためのシーンかと思ったのですが、のちの展開にちゃんとつながっていく。その点で自分はこの映画をなめていた部分があります。

表向きは自動車工場で働いているケン(とテル)。「工場なんか知るかよ」とはぐれ者状態のカズ。彼らの周囲の人間との関係性が的確に描かれていきます。ケンとカズは昔からの腐れ縁。ヤクザの藤堂の元で覚醒剤の売人として端金を稼いでいる。

ケンには恋人がいて、妊娠している。彼女の前ではカタギを装っており、今の生活から抜け出す事を常に考えているが、踏み出せない。

カズは痴呆症の母親と2人暮らし。母の存在は誰にも明かしていなかったため、その事実を知ったケンとの間に嫌な空気が漂い始める。

ケンには恋人との未来があり、カズには母親との過去がつきまとう。それでも2人は先の見えないチンケなシャブ売りを続けていくしかない…こういった状況設定を自然に構築していくストーリーテリングは本当に素晴らしいです。

起承転結の「転」がやってきます。カズはオープニングでボコった売人の元締めである安倍と結託して別ルートからシャブを仕入れて稼ごうとします。それは現在の兄貴分である藤堂への裏切りを意味します。

安倍に交渉をもちかけたカズに対し、ケンは「聞いてねえぞ!」「何考えてんだ!」と激昂。

カズの企みについて観客が認識するタイミングと、ケンがそれを知るタイミングが同じ。だからこそケンに感情移入できるし、「おぉ、そう来たか!」という意外性とストーリーが一気に加速したかのようなドライヴ感を実感できるのです。

もうこの時点で自分はこの映画の虜になっていたのかもしれません。

ほとんどのヤクザ映画で見られる「抗争が激化して泥沼化」という構図とは一線を画するツイスト。かといってボスを裏切る展開がものすごく斬新というわけではありませんが、話の運び方がとても上手いのでグイグイ引き込まれていきます。

藤堂を裏切ったカズ、そのカズに歯向かう事が出来ないまま流されていくケン。2人が藤堂を裏切った事で「バレるかバレないかサスペンス」という視点が生まれます。

藤堂はいつもニコニコして明朗快活なキャラ。2人に対しても常におおらかな態度の、やさしくて馬鹿な兄貴分として描かれます。その藤堂の右腕として同行している田上は対称的なクールキャラ。ケンとカズの動向・言動を常に観察し、観客は「田上にバレたらどうなってしまうのか」というスリルに同調することが出来ます。

こういった要素の使い方も見事。『インファナル・アフェア』ばりの緊張感に満ちた名シーンを、制作費激安の自主制作映画で再現できてるんだから凄いですよ。

ヤクザもんとしての立場が危うくなっていくのと同時に、恋人/母親との関係も崩壊に向かっていく。そして、いつも一緒だったケンとカズが決定的に決別する瞬間がやってきます。

かなり早い段階から、カズがケンに対して「うるせえ」「黙ってやれ」「おまえもやれや」みたいに再三脅しているため、ケンとカズのパワーバランスは平行に保たれているわけではありません。カズの圧力をはねのける事が出来ないままズルズルと付き合わされているケン、という構図が出来上がっています。

そんなケンが自らの意思で未来を選択する瞬間。これはまさしくカタルシスなのです。ケンと観客が抱えたストレスこそが伏線として機能している。

しかしカタルシスは瞬間的なものであり、幻想でもある。ヤクザ社会からの脱出というケンの願いはどこにも届かないまま潰えてしまいます。

クライマックス直前、あるキャラクターが作中で覆い隠されてきた一面を露呈。一気に緊張感が高まります。このミスリードも上手いですね!映画を見た帰りにスーパーで◯◯◯買っちゃったし!

クライマックスでは、個性的なルックスを有する◯人の役者が、韓国映画でお馴染みの「顔相撲」を見せてくれます。誰が生き残るのか、誰が脱落するのか…全ては顔面の説得力で決まる! クローズアップ多めのカメラワークで切り取られる顔面芝居。

それぞれタイプが違う顔なのに身近な誰かを連想させるよう…冒頭でも書きましたが、このクライマックスで改めてキャスティングの見事さを強く実感しました。集大成ともいうべき熱い芝居を見せつける役者陣!監督の演出力にも圧倒されます。

救われないし、カタルシスも消失したようなエンディングですが、だからこそ心地良い。満ち足りた気分で見つめるエンドロールでした。

館内の証明が灯ると同時にスクリーン前に現れたのが…製作脚本監督編集を担った小路紘史、ケン役のカトウシンスケ、カズ役の毎熊克哉の御三方!

軽い挨拶(深々と頭を下げる姿が好印象)の後で、観客からの質問に答えてくれました。

撮影終了までにかかった費用が250万円
編集に入ってからさらに100万円
撮影は40日間+追加撮影で10日間、合計50日
撮影終了から編集を終えて完了するまでに2年間かかった
元ネタとなった短編バージョンの『ケンとカズ』がYouTubeで見られる
最も影響を受けたのは韓国映画。ポン・ジュノ、ナ・ホンジン。他にもアメリカのインディーズ作品など
ロケ地は千葉県市川市。地元警察の「偉い人」にも取材した
カズ役の毎熊氏は監督と専門学校が同じで旧知の仲
ケン役のカトウ氏はオーディション初日に見せた演技で役を勝ち取った

など。主演俳優のギャラは内緒だそうです。

ロビーでサイン会が開催されたため、チルもパンフレットを買って並びました。

毎熊氏には「自分が最初に撮った自主映画に出演した役者にそっくりです」「彼にもヤクザ役をやってもらいました」と伝えました。

カトウ氏には「どの場面の撮影が辛かったですか?」と尋ね、「クライマックスと、その直前のシーン」と答えてもらいました。

2人の主演俳優には「別の作品で『この顔』に再会できるのを楽しみにしてます」と伝えました。

そして小路監督。チルより7歳年下。20代でこの映画を作り上げた注目の映画作家!僭越ながら「オープニングにもう少しインパクトが欲しかった」「タイトルが出てからは一気に面白さが増した」と率直な感想を。

さらに「キム・ギドクの影響は受けてますか?」と尋ねると「キム・ギドクはほとんど見てないんですよ」との回答。意外でした。韓国映画の中ならポン・ジュノ作品が大好きなもよう。ポン・ジュノのように、常に作家性を発揮するような映画人になってほしいです。

そして「アメリカのインディーズでいうと『NARC』とか…」と発言!「えぇっ!NARCですか!?最高ですよね!!」と思わず大興奮。麻薬取締官の潜入捜査を描いたジョー・カーナハンのデビュー作。「DVD持ってますよ!」「Blu-rayが出ないんですよねー」そんな会話が成立した事で個人的に舞い上がってしまいました。

もっと色んな話がしたかったものの、後ろ髪をひかれる思いでユーロスペースを去りました。

監督&主演俳優と直接お話ができ、パンフレットには3人のサインまでいただいてしまった。その状況で冷静な批評が出来たかは分かりませんが、メモ書きを読みながら振り返ってみてもやはり素晴らしい映画だったと思います。

小路監督が次回作でどのような作家性を見せつけてくれるのか、そこにポン・ジュノのような繊細かつダイナミックな意欲を感じられるのか、ものすごく楽しみです。

全国で上映している作品ではありませんが、個人の情念が無いと生み出せなかったであろうこの映画はインディーズ映画ならではの凄みを味わえるという意味で掛け値なしの傑作です。今年見ておくべき日本映画!

『ケンとカズ』、おすすめします。