HとMとRがEZチルを作り上げる

イージーチルが Hello! Project と Movie と Ramen について綴った備忘録です。


テーマ:
\ゴースト・バスターズ!!/

見ました。2D字幕版。

1984年の第一作、1989年の第二作から30年弱の時間を経て製作された第三作。物語として継続性はなく、キャラクターを一新してのリブート版です。


こいつが超面白かったんですよねー。

とにかくテンポが良い
ギャグがキレてる
バスターズのキャラが良い
中盤以降のツイスト展開が良い
アクションも良い
ゴーストとのバトルが新鮮
ラストのちょい泣き展開が良い

こんな感じで、大満足でした!

オープニングはゴースト登場を描いていてバスターズのキャラは出ません。このシーンがクラシカルな雰囲気のホラー感に満ちていて、世界観を端的に表現していたと思います。

続くシーンで主人公的存在のエリンが登場。演じているクリステン・ウィッグは『ブライズ・メイズ』(見なきゃ)でも、本作の監督ポール・フェイグと主演監督コンビを組んでいて、相性バッチリ。

大学の教員として勤めているものの、正規雇用してもらえるかどうかの瀬戸際。物理学の教授を目指して真面目に仕事しているのですが、過去に「ゴーストが実在する事を証明しようとした本」を共著で出版していた事がバレて、正規雇用がフイになりかけたり。

シンプルにまとめられているとはいえ、エリンの立場の弱さに男女平等の実現がまだまだ遠いものであるという事が表現されているわけです。これ以降も女性の行く手を阻む男性キャラがたびたび登場。

捨てたはずの過去が浮上し、今の自分を苦しめる。かつての共著が勝手にオンライン配信されていたため、かつての友人であるアビーの元へ殴りこみをかけます。アビーを演じているのはメリッサ・マッカーシー。これまた『ブライズメイズ』(マジで見なきゃ)に出ている女優さん。研究にしか興味がない典型的なナードキャラ。

ここにパンクな若手エンジニア・ホルツマン(女性)を加えた3人で、冒頭のゴースト屋敷へ調査に。ここまでの流れも丁寧で、分かりやすくて、笑えて、スムーズ。すごくテンポが良いです。

屋敷でゴーストに出会った3人、ゴーストにゲロをぶっかけられたエリンは逆に大興奮。大喜びでビデオカメラにゴーストが実在した事をアピール。その様子がYouTubeにアップされている→それを見ているエリンの上司→説教された上に解雇されてしまう、という流れには心底感心しました。表現としてすごく上手いしリズミカル。

著書の扱いで袂を分かっていたエリンとアビーが再びゴースト研究でタッグを組む。アビーは自分が所属する学校に研究費上乗せを申請するも、これまた追い出されてしまいます。ここでも女性に対する厳しさを嫌味っぽくない形で表現してて見事。3人を追い出す雇われ校長の憎たらしいギャグ演技が笑えます。

独立してオフィスを借り、スタッフを雇用することにした3人。ここで登場するのが超無能男ケヴィン。演じるはクリス・ヘムズワースakaマイティ・ソー。

正直このケヴィンにまつわるギャグが吹っ切れててめちゃめちゃ笑えました。「ここまでの馬鹿なキャラクターは見たことない!」と思いました。しいて言えば『IDIOCRACY/26世紀少年』レベルの馬鹿。

このキャラクターも、男性による女性への「ルックス至上主義」をメタ的に批判するのに使われています。見た目完璧だけど何も出来ないキャラ。そんな女性キャラがいても違和感がないのに、男性キャラとして登場すると強烈な違和感につながり、もはやギャグとなってしまう。

ここで女性たちが男を見た目で選んでしまうと、これまでの映画と同じになってしまうじゃないか、という批判もありましたけど。なんでもないような選択によって彼女たちは自分たちとニューヨークを危機に陥らせているので、ちゃんとキャラクターに責任を負わせている。

しかも面白い展開、笑える展開、観客が見たかったクライシス描写につながってるんだから、これはもう、是とすべきでしょう。

4人目のバスターズとして、地下鉄職員の顔デカ黒人おばさん(としか言いようがない)パティが加わります。「あんたたちは科学を知ってる。私はNew Yorkを知ってる!」と言うセリフはグッと来ました。

この流れで「人材が集まるまでは素晴らしかったので、資金集め/スポンサー集めに苦労する描写があったら良いなー」と思ったのですが、開発費に苦労する描写は一切無かったですね。すごいマシンを次々と作っていく展開を見てると「そんな金どこにあったんだよ」と感じざるを得なかった。安定した収入を得るべく就活してた負け犬たちの逆襲劇でもあったはずなので、「金が無かったけどクリアした」という展開に論理性が欲しかった。

いよいよゴーストバスターズとしての活動が本格化。ライブハウスに出現したゴーストに対処すべく出動する4人!

ここのライブハウスシークェンスがすごく楽しくて、クライマックスへの期待感が急激に高まりました。ビームでゴーストを捕獲するという派手な描写、ライブの観客はゴーストを見ても演出だと勘違いして大盛り上がり、というギャグも良かった。

ただ、この場面で演奏してるバンドの描き方がぬるかったですね。悪魔が降臨してもおかしくないようなライブなら、デスメタルチックな世界観の奇怪なバンドとして登場させるべきだったように思います。そこは監督のセンスが届かなかった部分だと思う。

ゴースト・バスターズとしてメディアデビューした4人でしたが、そこで立ちはだかるのが分からず屋な人間たち。バスターズの4人は平穏な社会に混乱をもたらす存在として目を付けられ、圧力をかけられます。

そうしてる間に、某キャラクターによるゴースト増殖計画は進んでいき、弾けます。そのきっかけとなるのが、馬鹿なギャグ要員として機能していたケヴィン。悪魔が憑依した彼はマッチョな肉体に邪悪な知性を携えてラスボス的存在になります。このツイスト展開、素直に楽しめました。

エリンとアビーのケンカ別れなどもありつつ、ゴースト大発生を止められなかったバスターズ。ゴーストとの大戦争に挑む事になります。クライマックス。

ここでも、ラスボスを倒すというゴールの前に「武器を取り戻す」「4人で合流する」「車を取り戻す」などの小さなクエストをクリアしていく楽しさを内包しています。うまい。

ゴーストの造形も、ねぶた祭り的というか、巨大バルーン型のゴーストが迫ってくるのは画的に楽しい。ここだけでなく、全体として3Dをめいっぱい活かした作品なので、まだ未見の方は3D版で観るのをオススメします。

アクション自体の描き方もかなりフレッシュで、コメディが得意なだけの監督ではないなと思いました。ホルツマンが二丁拳銃スタイルで颯爽と戦う姿を見た瞬間、カッコ良すぎて泣きましたね。

クライマックスではケヴィンを正気に戻そうとバスターズが奮起するわけですが、

「ケヴィンにはイラつくけど、それでも大好きなの!」
「そうよ!(何も出来なかった彼だって)電話も取れるようになったんだから!」

と訴えるシーンが笑えます。いわゆる「萌え」感情を発露する場面。長所ばかりを愛するのが人間ではない、という人間のおかしさ。斬新だと思います。

巨大モンスターとして◯◯◯◯◯◯◯マンが登場。マシュマロでなく違うものがモチーフになるところにもケヴィンの馬鹿さが関わってくる。ケヴィンおいしすぎ。

最後はベイマックスのパクり展開とも言える構図になって、エリンとアビーが友情を再確認。エリンの贖罪によって危機を脱するという、綺麗なオチになってました。

というわけで結果的に大満足。

テンポの良い展開で物語が停滞せず、合間にハイレベルなギャグがてんこ盛り。画的にも派手だし、キャラも分かりやすい。ケヴィンという強烈なボケ役を笑いと展開にうまく取り入れている。

ここまでしっかりした映画に対して「なぜバスターズを女性にしたんだ」と批判するのはピントがズレまくりだと思います。むしろ「バスターズが女性で何が悪い?」とさえ思いました。

「アメリカで不評らしい」というニュースは日本にも悪い形で伝わっていて、見るのに消極的な方も見かけますが、実際に見れば「フェミニストに迎合した駄作」という評価が間違っている事は伝わるはず。

結論、面白いです!オススメします!
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X-MEN アポカリプス

見ました。

前売り券を買い、公開初日(祝日)に仕事を終えてからの観賞。好きな俳優も沢山出てるし、予告編もカッコ良い。面白い映画が見られるのではないか?という当たり前な期待感を抱いた状態で見ました。


その期待は裏切られました。残念!

今作のラスボスは「地球上で最初のミュータント」という設定のアポカリプス。いかにも古代エジプト文明の権力者な風貌。

こいつを演じてるのは『DRIVE』のムショ帰り旦那役でお馴染み、オスカー・アイザック。(スター・ウォーズ:フォースの覚醒にも出てますって!)

なんですけど、役者の原型がほとんど残ってないゴテゴテのメイクに大袈裟なコスチューム、真っ青な顔色。表情はほとんど動かず、ジジイ然としたたたずまい。

そもそもミスキャストだし、やってる役者の身長が低いからカッコ良さも威圧感も無い。セリフなどの芝居も旧態依然とした大王様テイスト。

その上撮り方も雑で下手くそ。街中や大自然の中で日光を浴びて立っているアポカリプスを見るたびに違和感が生じるのです。画面の中で浮いてる。異物感。おまけに配下のミュータントと並ぶと身長で負けてるからすごくカッコ悪い。

タイトルにもなっている強大な敵をいかに演出するのか?というハードルに対して製作陣がどのような工夫を凝らしたのかがほとんど感じられないです。

アポカリプスがなぜ強いのかというと、超常的な儀式によって1000人以上のミュータントの体と能力を乗っ取ってきたから。設定上ではそうなってますが、実際にどのような能力を使えるのかがよくわからない。

前半で簡潔に説明すればいいんですけど、特に掘り下げないし掘り下げたくないからお茶をにごすばかり。

古代からの眠りから目覚めたアポカリプスが復権を目指して最初にとった行動は「街でミュータントを直接スカウト」。エジプト・カイロの街中を青い顔の老人が徘徊する姿はギャグにしか見えません。

最初に出会うミュータントは、派手な能力を使って露店商の売り上げを盗むチンケなこそ泥として登場するストーム。エジプトのストリートチルドレンにミュータントがいるのは別にいいけど、落とし所のために出発点や過程があっけなく犠牲にされてるんですよ。

目の前で人間が砂と化したのを見て、さらには人間を土壁に一体化させるという恐るべき能力を見たストームはすぐさまアポカリプスの手下になる。戦いを仕掛けて歯がたたないとかなら分かるけど端折ってるわけです。

「他に強いミュータントは知らないか?」「一人思い当たるわ」と、ミュータントによる地下格闘大会で勝ち抜いていた(ショボいなあ)エンジェルを紹介。背中に翼が生えていて飛ぶ事ができるというだけのキャラ。登場シーンの格闘大会も見どころが無いグダグダっぷり。

アポカリプスが現代のミュータント4人をスカウトして「新・フォー・ホースメン」を配下に得るくだりがことごとく雑だったと思います。

もっと根本的な問題を突けば「飛べる」「天気を操る」「なんでもぶった切る」「金属を操る」という能力の悪者によって作られるドラマには限界があるんじゃないか?と思ったりします。それらの能力を活かしたフレッシュなアイディアなどはほとんど見られなかったですよ。

それでも、似たような能力者で超面白い作品にしてみせたシビルウォー:キャプテンアメリカという例があるので、製作者のセンスと情熱次第だとは思うんですが。

プロフェッサーXことチャールズ・エグゼビアを中心とした「いいもん」ミュータントチーム、いわゆるX-MEN側の物語も平行して描かれていくわけですが。特にドラマらしいドラマが無い。

新キャラとして登場する新たなミュータントがチャールズの元に集まってくるのを描くわけですが、「ミュータントだらけの学校に転校生がやってくる」みたいな構造を改めて見つめ直すと…幼稚で面白くないなーと。

目から強力なビームを出すサイクロップスなんて個性的なキャラクターなのに、登場・導入がすごく平凡でガッカリ。しかも演じてる役者のルックスもカッコ悪いしなあ…

X-MENが行動を起こす動機が特に無いから、ジーン・グレイ(フェニックス)というテレパス能力者(新キャラ)に世界崩壊の予知夢を見せたり、旧作の人間キャラに偶然ラスボスを目撃させていたり、レイヴン(ミスティーク)があっさりマグニートーの情報をつかんでいたりして、何かが起きそうだぞ怖いぞ感を盛り上げていくんですが。基本的に受け身で、危機感が薄いまま展開していくのが全然ノレない。

情報を統合して「なんかヤバいのが目覚めたらしい」と確信したチャールズは、全世界の人間の意思を見通す超テクノロジー「セレブロ」を使って情報収集するも、アポカリプスにハッキングされてしまい自由を奪われ、なんだかんだで拉致される。

よくわからないけど学校で大爆発が起きるのですが、その爆発からミュータントたちを救ったのが、たまたまそのタイミングで学校を訪れたクイックシルバー。「ものすごーーーーく速く動ける」という能力を持ったミュータントである彼はミュータントを1人1人安全に避難させる。

このクイックシルバー。彼が本気になると周りの存在は超低速になります。彼の活躍するシーンは見ていて楽しい。もはや能力自体がギャグのようなものなんですけど、ここまで行くと反則でしょう。チートでしょう。時間を止めているに等しいんだもん。見てて楽しいんだけど、作品全体のトーンや世界観からは浮いてるように思います。

爆発の後で政府機関が学校を襲撃してミュータントたちを拉致していきます。この展開になって「やっと話が転がってきたか…」と感じたのですが、このくだりがまたしょうもない。

連れ去られた先(ミュータント研究施設)でウェポンXと呼ばれている時期の若きウルヴァリンが登場するんですが、ゲスト出演でちょっと暴れさせるためだけに主要キャラたちを移動させたとしか思えない強引さ。また続編の伏線になるかもしれませんけど、ストーリーラインを止めてまで描く必要ないでしょ。

ウルヴァリンのアクションも描き方が下手でアイディアも無いし分かりにくいしカット早すぎるし…

X-MEN側の展開と同時に、「どこかの山岳地帯でアポカリプス軍団に囲まれた状態のチャールズ」を並行して描いているんですけど、同じ構図のシーンを3~4回に分けて描いてるのが本当にバカバカしい。「いい加減そこから移動しろよ」「チャールズいつまで寝そべってるんだよ」とかつまらないツッコミを入れざるを得ませんでした。

この辺が疲労感のピークで、「間抜け…」「締まりがない…」「キマってない…」こういう罵倒が頭の中をグルグル駆け巡ってました。

この映画のクライマックスが盛り上がらないのは、ラスボスのアポカリプスの設定がズレまくってるからなんですよ。1000人のミュータントの能力をコピーし、肉体を乗っ取る事で転生し続けてきたというキャラクター。クライマックスでもチャールズのテレパス能力をコピーするために転生儀式を行おうとします。X-MENたちはそれを阻止しようとし、フォー・ホースメンは儀式を守ろうとする。

つまりクライマックスが大規模バトルになっていくにも関わらずアポカリプスの強さがほとんど描かれてないんですよ。冷めるわ!

眠れるじじいは置いておいて。X-MEN対フォーホースメンという、本来戦う必要の無い者同士の争いって燃えるシチュエーションのはずなんですけど、これもブライアン・シンガーの実力不足が否めず。ミュータントそれぞれの能力をどう引き出し、どれだけフレッシュな描写を生み出すかってところがダメダメ。シビルウォーとは雲泥の差。

一番ひどかったのはストームが風で飛ばした車をビーストがキャッチし、それを投げ返したらストームの元へ飛んでいき、その車をサイロックがスパッと真っ二つに切るところ。

サイロックのカッコ良さを表現したいのは分かりますが、だからといって車を投げ返されたストームが飛んできた車を見て「ヒィッ!」と萎縮する演出を挿しこむのが全く理解できない。かつてはハル・ベリーが演じたほどの人気キャラ・ストームが、ちょっと反撃されただけでビビってしまう、その演出手法には激しく落胆しました。

マグニートーがアポカリプスに従い、裏切る展開もロジックが薄すぎてドラマ性がまったく感じられない。また次の作品でも悪そうな奴と仲間になって、ちょっと反省して改心…そんな展開を見せられるのかと思うと、マグニートーのカリスマ性も地に落ちたなと感じました。演じてるマイケル・ファスベンダーの演技はものすごい迫力なんですけどね。

マグニートー改心、サイロック改心、乗っ取られそうだったチャールズも発想の転換で反撃、X-MENたちは能力覚醒。その流れでアポカリプスを倒してバンザーイ!

怒涛のクライマックス!にしたつもりかもしれませんが、個人的には「ひどいものを見た…」としか思えなかったです。窮地に陥ったチャールズが「HELP ME... HELP ME!!」とどストレートに懇願してる姿とか「なんじゃそりゃ」とドン引きでした。過去作のセリフを伏線として引っ張り出してくるのもくだらない。

とどのつまりこの映画は、シリーズのファンとかX-MENのファンを喜ばせるための小細工ばかりが目立って、1本の映画としての完成度を二の次三の次にした脚本になってるように思います。

突然変異のミュータントが世界に現れる、それによって生まれるドラマ。という設定自体が限界に来ているように思うのですが、それなりに興収は稼いでいるみたいなのでシリーズとしては続くのかなあ? ただし前作から比べると世界興収で300億円ほどダウンしてます。コケてはいないけども…

変身できるだけでやたらと持ち上げられているミスティークも、中の人であるジェニファー・ローレンスが「もうこの役は演じない」と宣言したらしいし、ウルヴァリンのヒュー・ジャックマンも同じく勇退。主要キャスト陣にも見限られてるんじゃないですか?

ルッソ兄弟が生み出したシビルウォー:キャプテンアメリカの圧倒的な完成度と比べると、目も当てられないような出来だった今作。これはどう考えてもオススメできません。同じMARVEL COMICS原作とはいえ、アベンジャーズがディズニーで、X-MENは20世紀フォックス。そこでも差が付いてしまうんですかね。

もっと具体的にダメさを掘り下げたいところですが、こんなところで勘弁を。
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シング・ストリート 未来へのうた

こちらの映画、Twitterで絶賛している方がチラホラ見られたので平日休みの日にフラッと見に行ったのですが、結果としてボロボロ落涙してズルズル鼻水を垂れ流すことになりましたとさ。

http://gaga.ne.jp/singstreet/


さっそくあらすじを追っていきます。

1985年、アイルランド・ダヴリンで暮らす主人公コナーは、不仲の両親、ニートな兄、生真面目な妹と暮らす平凡な高校生。

両親は子供達に対し「知っての通り我が家は経済的に苦しい」「検討の結果、教育面でコストカットすることにした」「コナー、プロテスタント系の高校へ転校してくれ」と言い出す。

「雄々しくあれ」を校訓に掲げたシング・ストリート高校へ行くはめになったコナーは、無秩序な生徒たち、崩壊した授業などを目にして愕然とする。

ヤンキーにケンカを売られて顔にアザを作ったコナーだったが、それをきっかけにクラスメイトの一人と仲良くなります。

下校途中、アパートの前で暇そうにしていた女子を見たコナーは積極的に話しかける。「君も学生?」「私はモデルよ」「僕のバンドのMVに出演してくれないか?」「あなたバンドやってるの?」「ああ。彼がプロデューサーさ」

口八丁で彼女の電話番号をゲットしたコナー。「よし、バンドを結成するぞ!」「What!?」

主人公がバンド結成を決意して物語が動き始めるまでのテンポがとても早く、様々なキャラクターの登場に無駄がない。

主人公がいかに不遇な状況に置かれているのかを不必要に強調していない。バンドで現状打破するぞ!みたいな悲壮感を出来るだけ描かないようにしているところが逆に新鮮でした。

惚れたあの子を振り向かせるため、バンドでMVを撮るという嘘を既成事実化しようと奔走するコナー。バンドメンバーが増えていく展開についても、かなりハイテンポで描いています。メンバーそれぞれの個性をしっかり掘り下げる事もせず、さして苦労もせずにバンドメンバーが集結するところは、ジャンルの定石からすると逆行してるかもしれない。

しかし切り詰めてテンポ良く描いていく中にも凝縮された笑いや楽しさがしっかり盛り込まれているので、決して味気ない映画にはなっていないんです。バンドあるあるを描きたい映画ではない。もっと普遍的な価値観を描いているんですよ。

いかにも80年代らしい黎明期然としたMusic Videoを撮影するコナー達。デヴィッド・ボウイに影響されまくりの派手なメイクを施した大人未満の高校生。ミュージカルにも近い音楽の使い方で、力強く前進する物語はすごく魅力的。音楽の力を信じているジョン・カーニー監督ならではのタッチなのです。

この映画からは「理想と現実のギャップ」というテーマを感じました。

コナーは学生としての自分、裕福とはいえない家庭の次男としての自分といった現実と向き合いながら、理想のバンドと理想のバンドサウンドを作り出すためにひたむきに生きようとしています。

TVの中でカリスマ性を放つあんなバンドやこんなバンド…彼らに比べたら自分たちは幼稚で未熟。敵うはずがない。

それでもやるんだよ!唄うんだよ!

金が無くてもMV撮るんだよ!

若者達のすごくシンプルな情熱が胸を打つのです。バンドマンとして生きる事で、しがらみばかりの現実がコナーの中から重みを失っていく。バンドマンとしての苦悩こそが彼にとっての現実に変わっていく。

バンド映画でありながら、音楽関係者に認められてスカウトされ…とか、評判が評判を呼んで人気者に…みたいな展開は皆無。

金もコネも名声も縁がなかったあの頃、つまり初期衝動だけで突っ走っていたわずかな期間を切り取った物語なのです。

仲間達とのかけがえのない一時、ヒロインとの距離感が少しずつ変化していく様。たったそれだけの事を軽快に描いているからこそ、この映画が素晴らしいのだといえます。

しかし本作はしっかりとしたクライマックスをいくつか用意していて(ズルい)、その名の通りに見ていた私を大号泣させてくれたわけですが、そのうちの1つが小さな港でのMV撮影シーン。

ヒロインがワンピースドレスを着たまま海に飛び込むカットを撮ろうとするところで、飛び込んだフリをしてカメラからフレームアウトするという段取りだったのですが、本番でヒロインは実際に海にダイブして主人公たちを慌てさせます。

それを見たコナーも衣装のままで海へダイブして彼女を引き上げ、その流れからキスするわけですが。

海へ飛び込んだ直後にヒロインは「中途半端はダメ。なんだって本気でやらなくちゃ!」と、年下の主人公を諭すのです。

飛び込まなきゃ始まらない事ってありますよね!それこそが初期衝動の意味ってもんでしょう!(泣) 本気になれることを探し続けて、それでも本気になれない我々を尻目に、100%の本気で何かに挑む人々を見た時、僕らは心を揺さぶられてきたじゃないですか!

リハーサルを行っている時点で「ヒロインが実際に飛び込んだら感動的だな」と自分の中に期待がふくらんだのですが、その期待に応えてくれただけでなく、さらに大きな感動を演出してくれる。もうこの段階で「この映画、最高すぎるだろ…」状態でした。

気持ちが冷える間もなくドキドキな展開が続き、続くクライマックス「3本目のMV撮影」がやってきます。シチュエーションとしては

もしかしたらこの撮影にヒロインが来ないかもしれない

という不安を抱えた状態。体育館を使い、エキストラも用意する気合いの入れよう。しかしコナーはそんな「現実」とも向き合うのです。理想に少しでも近づくために、唄う!唄う! しかし視線の先にある体育館のドアはいつまでも開かない…

そんな切なさ1000%のシーンを、「思い描いていた理想のMusic Video」と「スカスカの体育館で演奏する無名バンド」を交互に描く事でめっちゃめちゃ感動的な名場面にしているんですよ!!

この「理想のMV」がいかに泣けるものなのか、説明はしません。伏線を見事に回収する場面でもあります。

すでに鼻水はズルズルなのですが映画は物語上一番のクライマックスへ。バンドにとって初めてのギグ(ライブ)。舞台は高校の文化祭。学生アマチュアバンドの最初の一歩といえばこういう舞台でのライブデビューですが、そこが物語のラストになっている。やはり初期衝動に関する映画なのです。

このラストシーンでもカットバックをうまく使ってものすごくエモーショナルな場面にしているのですが、ここまで盛り上げたラストにしては下手な演出もチラホラ見られて、ご愛嬌。

いくつかのバンドオリジナル曲を演奏し、ライブは大成功。ノリノリだった観客がバラード曲でドン引き、という描写もバンド経験者なら共感できるところなのでしょうね。

遅れて辿り着いたヒロインと主人公が結ばれる。喧騒を抜けだした二人は手をつないで走り出す…

若さならではの勢いそのままに物語が結末を迎えるところもテーマ性にリンクしていて素晴らし
いです。

脇役の使い方がとても上手い映画でもあります。主人公の相方として作曲を担当する天才メガネ君は、コナーが迷ってる時にいつも背中を押してくれるナイスガイだし、ケンカしか能の無い馬鹿の使い方も意外でした。

しかしなんといっても、コナーの兄であるブレンダンが!!超最高!!

大学中退して家でマリファナ吸ってるだけのダメ人間なんですけど、バンドサウンドの知識は豊富でレコードもたっぷり持ってる。バンド経験もある。

コナーはブレンダンの事をちゃんとリスペクトしていて、オリジナル曲が出来れば兄の反応を窺い、助言を求める。それに対してブレンダンはストレートに意見し、弟を導こうとする。主人公にとってのメンター的存在なわけです。

そんなブレンダンが終盤になって変化を見せます。主人公はそれにまずい反応を見せ、ブレンダンの怒りを買うんですが…主人公以上よりもこのブレンダンに感情移入してしまうようなダメな大人としての自分は、このブレンダン激怒シーンでもボロボロ泣いてしまいました。

不倫したり仕事辞めたり勝手なことばかりしている両親の元で長男として生きてきて、挫折した人間の孤独感。ジョン・カーニー監督は具体的に誰かをイメージしてこのキャラを描いたのか? とにかく愛される要素たっぷりのブレンダンの事が大好きになってしまいました。この役を演じたジャック・レイナーにも注目したいですね。

というわけで、予想以上に感動的だったSing Street。この監督の前作『Begin Again』は個人的にいまいちだったのですが(レビューはblogに残ってます)、今作はドツボ! まんまとやられました。親子でも、デートでも、孤独を感じてる男女でも! 万人にオススメできるさわやか感動作です。絶対に見るべし!!!
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