2013-02-22 17:00:00

追悼・飯野賢治

テーマ:ブログ


 飯野賢治君の思い出を、一次情報として書き留めておく。


◆ Dの食卓


 飯野君を知ったのは、やはりこの作品をプレイしたからなのだが、当時遠藤はこの作品を日本人が作った物だとは思っておらず、エンディングのクレジットで日本製だと知って、なかなかセンスのある作品だなぁと感心した。でも、そこに登場する飯野君の写真は、かなり日本人離れしていたから「オオカミウオみたいな人」として認識していたのだね。
 まぁ、ゲームの作り方にしても、クレジットロールの写真にしても、洋ゲーかぶれのええ恰好しぃ程度にしか記憶していなかったわけだけど。


◆ 初対面


 イベントのゲストとして同時にブッキングされていたのが最初で、多分ゲーム系のトークショーだったんじゃないかな。広い会場で事前に打ち合わせなどもなく、突然檀上に上げられてMCにふられながらフリートークするみたいな。記憶に間違いがなければ、獣神サンダーライガーのコスプレで時田貴司さんも参加していたように覚えている。
 檀上に上がってから、他のゲストが誰なのかが分かるような状態で、とにかく遠藤が最初にふられる係になっていて、この時飯野君は「遠藤さんが喜んでる方向に話を進めればOK」だと思っていたとか。終わってからやっと控室で話をする機会があって、遠藤は初めて会う人の場合は、事前情報は一旦捨てて白紙に戻した状態から新たに付き合いを始めるようにしているので、オオカミウオは消して、新たに「黒くてデッカイ男」として登録された。

 デッカイ男と言えば、何かの仕事で飯野君と伊集院光さんと一緒になって、いや遠藤も決して小柄な方じゃないんだけど、2人の共通の話題が大きなサイズの洋品店で、遠藤が聞いたこともないようなショップで、どれだけ大きい服を売っているのかという話に笑ったことがある。


◆ 恵比寿の事務所


 「事務所に遊びに来てくださいよ」と言われていたので、散歩がてらたまに恵比寿の事務所に行ったなぁ。キーボードとギターがたくさん置いてあって、一体何してるんだか分からないような場所だった。キーボードは5,6台くらいかな、スタンドに2,3台設置されていて、他は立てかけるように置いてあった。ギターは1本だけ遠藤のお気に入りがあったので、他は良く覚えていないけど、やはり5,6本あったかも。ちゃんとスタンドに立ててあったし。
 で、遠藤がお気に入りだったのは、Ovationの12弦。当時まだOvationは珍しくて、リラコードという一体型のボディが独特の響きだったんだよね。とまぁ、飯野君は音楽(演奏)好きで楽器好きだったわけだが、今思うと一度もまともに2人で合奏したことがないのが残念。
 一緒にプレイと言えば、ゲーム用の大きいテレビが置いてあって、ウチの息子が飯野君とトルネコやマリオで遊んでたなぁ。面クリアとかすると、一緒に踊っていたようなw


◆ 作品作り


 ワープには、やっぱり日本では珍しいAmigaが何台もあって、LightWaveで3D映像を作っていたのかな。飯野君はゼビウス1000万点プレイヤーでもあって、遠藤や宮本茂さんとかの作品が好きだったのだが、クリエイターとして立っていくには同じ路線を追従していてもダメだと考えていて、あえて表現としてまだ使いにくかった3DCGをメインに作品作りをしていた。もちろん、自分でモデリングやグラフィックもできるし、音楽もできるし、プログラムだって大丈夫ということでは、映画に近い表現の方が馴染むわけでもあるけど。でも、プレイヤーとしての根っこはアクションゲームだったんだろうね。
 何でもできるという意味では、サターンBASICが発売された時、2人で勝手に「24時間ゲームコンテスト」やろうぜと盛り上がったことがある。ゲームデザインはもちろん、モデリングして、グラフィックも描いて、プログラムもサウンドも全部1人で作るというもので、そんなイベントがあったら絶対出るぞ! セガさんに頼んで企画してもらおうと話していたのだが、他に誰がエントリーする? という話になったら、意外に3分野ともできる人が少ない。2人みたいな小粒wな参加者だけでなく、もっとメジャーなクリエイターにも声を掛けてと思ったのに、プログラムはやらない人とか、曲が書けない人しか思い浮かばず、結局断念したんだけどね。


◆ 向こう見ず


 よく「○○さんは引き受けてくれないだろう」と大物のブッキングを避ける人がいるけど、大物ほど訳の分からない物でも面白そうならやってくれるものだ。そんな中で遠藤も驚いたのが「板野サーカス」で知られる、超一流アニメーターの板野一郎さんに、3DOの「おやじハンターマージャン」のアニメーションを担当してもらったことだ。代アニの講師繋がりで話をもっていったっぽいね。

 この作品は、新宿ALTAがボスとなっていて、それが変形して動くというアイディア「ALTAが歩った」が飯野君はやりたかったらしく、「遠藤さん、ALTAが歩ったってどうですか? しかも板野さんがやってくれるし」と言っていたが、アニメ関係者から「板野の無駄遣い」と怒られたとこぼしていた。
 そんな大物ブッキングで遠藤が一番得をしたのが、マルチメディアグランプリ'95でD食が通産大臣賞を取った記念パーティーでのことだ。お祭り好きな飯野君は、結構な持ち出しでホテルでパーティーを開き、MCは局アナさん(記憶が定かではないけど露木茂だったかも)にやってもらって、権威があるんだかないんだか分からない賞を、広報の話題作りにしたんだろうね。で、そのパーティーの最中…
「遠藤さん、次の歓談タイムが終わる時に、あの辺に居てもらうといいですよ。絶対遠藤さんなら楽しめるから」と指示された。
 このパーティー会場は15m×25mくらいだったかな。長方形の部屋なのに、わざわざさらに細長くなるように長い壁に簡易ステージが設置されていて、スピーチするだけにしては分不相応にまともなPAが置いてある。ステージ前を避けるように円卓が配置されているので、歓談タイムはステージ前が広く空いている。で、動きが出てきたので、ちょっと不自然だけどステージ真ん中のかぶりつきの辺りに移動していたら…。
「ジャーン」とイントロが流れて暗転、袖から誰か出てきたと思ったら「ローラ~」と第一声、なんと西城秀樹さんだったのだ。「傷だらけのローラ」をヒデキまで数mの距離で、しかも一人だけ目の前に居るもんだから、ヒデキも遠藤に向かって「ロ~ラ~!」と歌ってくれたので、遠藤も大喜び! ナマのヒデキはカッコ良かった。その後、西城秀樹さんは色んなワープのイベントで、この曲を歌ってくれるんだけど、最初のローラはもう遠藤のために歌ってくれたようなものなのだw
「どう、よかったでしょ?」と終わってから聞かれたけど「ベタなものほど正攻法が効く」の典型だね。


◆ エネミー・ゼロ


 かなりのリスクを負ってでも、人を驚かせるのが武闘派の飯野君らしいんだけど、長い付き合いの中で一番「大丈夫かぁ?」と思ったのが、やっぱりプレイステーションエキスポでの電撃発表。飯野君がイベントの初回に絶対来て! と言うので、わざわざ出掛けたら真ん中のいい?席が取ってあって、あの「PSマークがSマークにモーフィング」するアレを一番最初に見た1人になった。
 PS1当時のSCEは、ソフト戦略においてはゲームに対する認識に多少現実とずれた部分があって、遠藤も3DのシューティングゲームをPSで作ろうとSCEに企画を持って行ったら、製作費が同人ゲーム程度しか出して貰えないとわかり、3D物はセガサターンで最初に出した。この時に相当額の製作費を出す判断をしてもらったのが、当時の副社長入交昭一郎氏で、飯野君もセガへの移転の話をするために、忙しい入交さんが飛行機でアメリカに行く機内に同行して、そこで話をしたとかも聞いた。つくづく行動力のある男だったね。
 ゲームとしてのE0は、テスト版で随分遊ばせてもらった。ローラが美人になっているのと、音を使ったメカニクスはOKだけど、遠藤がどうしても納得できなかったのがレベルデザイン。
「マップが広過ぎる」
「緊張を持続させる時間が長過ぎる」
「難易度が高くて、やる気なくなる」
などなど、改善案もありで意見したんだけど「いや、そこは譲れない」とコアゲーマーである自分尺度でしか見ていなかったな。これについては「そこを譲らないから、飯野君は二流なんだぞ!」と本人にも言ったけど、後に岡本吉起さんと飯野君の話をした時に「あいつは客が遊ぶところが見えてない」と合意したことがある。せっかく新規性の高いゲームを作っているのに、「ゲームはプレイヤーと作り手の戦い」な部分が好きなんだよね。


◆ 風のリグレット


 これはプレイヤーとして7回遊んだかなw。人の声が持っている魅力は、遠藤みたいな深夜ラジオ世代には心地いいんだろうね。当時ファンだった裕木奈江さんが出ていたのも良かったし。
 このゲームでは、入力が必要とされる部分で「パイプチャイム」の音がする。これはどっかに飯野君が出掛けた時に、奇麗な音だったからそれにしたと言ってたけど、発表会の時に300個買ったからお土産に配ると、遠藤も2つもらった。そのうちの1つは、今でも我が家の玄関のドアについていて、誰かが出入りすると奇麗な音がする。
 飯野君は派手に見えたけど、プロモーションとか世間への見せ方にお金を掛けていたので、プライベートは地味で堅実な方。まぁ、奥様は3DOで松下に出入りしていた頃に知り合った受付嬢(ここは本当かどうか怪しい)という美人(こちらは間違いない)なので、浮いた話とかもなかったしね。でも、誰かを応援するという話はよく聞いたな。宍戸留美さんが若くしてフリーで頑張っているから、何とかしてあげたいみたいね。


◆ ドリームキャスト


 Dの食卓2は、難易度がしんどくて遠藤は最後までプレイできなかったけど、この頃飯野君が一番困った話を1つ。
 当時セガはCSKの会長だった大川功氏が事実上のトップだったんだけど、飯野君の誕生日に大川さんから電話があって
「これからバースデーパーティーやるから来い、チケットは取っておいた」とのこと。
 場所はちょっと前に大川さんが美味しいワインを見つけて、普通の人なら何本単位で買うんだけど、大川さん基準なので酒造工場をブドウ畑ごと買ったおまけに付いてきたカリフォルニアのお城。で、飯野君が空港に着くと取ってあったチケットがファーストクラス…。仕方なくお金降ろしてチケット買ってお城まで行ったら、大川さんとか湯川専務とかオッサン達が、ドスの効いた声でハッピーバースデー歌ってくれたそうな。
 うれしくない訳じゃないけど、なけなしの貯金を叩いたので、しばらくは爪に火を灯すしかなかったとか。
「ボクらが『今、新宿で飲んでるから来いよ』って言う時に、相手の電車賃の心配はしないですけど、あれと同じ感覚が飛行機のファーストクラスって言うのは勘弁してほしかったですよ」このエピソードは、アイテム課金のゲームに月100万円も使ってしまう人の経済感覚を話す際に、よく利用させてもらっている。


◆ 最後に会った時


 最近はすっかり直接会うことがなくなっていたから、最後に会ったのも数年前になる。
「年賀状だけでなく、たまには飯でも食おうぜ!」と言ったら「西麻布にいい店があるんで、そこにしましょう」とのこと。「OLD VINE」というワインバーなんだけど、山形に行く機会があって、米沢牛がとても美味しかったから、そのプロモーションをやっていて、この店で食べられるからだった。飯野ファンの方は、今でもOLD VINEでは「米沢牛のステーキ」を食べられるはずだから、追悼集会などはこちらを薦めておこうかな。
 一時期香港でネットと不動産を繋いだ仕事とかをやっていたらしいことは、同じく香港と仕事していた時に伝え聞いていたが、やっぱり飯野君は新しいアイディアを形にした物とか、プロモーターとしての活動の方が合っていたのかもね。
「またゲームは作りますよ」と言っていて、ちょっと前に西健一君とiOS物をやったけど、パズドラとかも認められるようになったなか、今のゲーム市場にマッチした骨太のゲームを作ってほしかったな。

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コメント

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15 ■知らなかった

代アニで、音楽の講義を受けた。

当時、ナムコのCGシステムが使用されて、当時、F1と、ゼビウスをベースにCG製作をしたのも、今は、遠い思い出。

飯野賢治先生のご冥福をお祈りします。

14 ■無題

飯野さんがゲーム雑誌に載った時に、知人から「お前、ゲーム雑誌に載ったの?」と言われました。一度はお会いしたかった。

ご冥福をお祈りします。

13 ■無題

大手スクエニでさえももうドラクエとFFでしか勝負できない事態になっている。
任天堂も、ハードなどは出しているけどなんか迷走している。
飯野さんみたいな人を我慢してでも育てていく時代なんじゃないのかな?

12 ■Re:Re:追悼・飯野賢治

>王子さん

 長文おつ! しかし、こんなところで二次情報展開されても意味がないぞ。やるなら自分のブログにトラックバックしてやる方がいいな。
 さもなければ「王子」ではなく、本名で直接の連絡先を明らかにしてやってくれ。遠藤は一次情報として書いているのは、それだけの覚悟をして書いているわけで、ちゃんと真意を理解してくれないとダメだ。

 だからと言って削除しないところが、遠藤のネット観なので、これはこれでありがたくいただいておく。そして、体調管理には気をつけているのでありがと!

11 ■無題

E0のレベルデザインのくだりを読んで、ファミ通の浜村通信さんとやったらしいレビューについての議論を思い出しました。
http://nesgbgg.seesaa.net/article/95509705.html
曰く、「7点とか8点とか無難に点数つけるんじゃなく、2点か10点かでいいじゃないですか」と。
「レビュアーの個性出していけばいいじゃないですか」と。
この志向を商業ゲームでやれちゃう人が、この人の魅力だったんじゃないかなぁと思います。

10 ■Re:追悼・飯野賢治

■プレイヤーとしての根っこはアクションゲームだった

まさしく。

飯野さんの結果的に最後になった作品が『きみとぼくと立体。』割と素直なアクションパズルゲームです。
こうした小品に収まったのは制約があったからだと思いますが、こうした素直なゲームがリアルサウンドを経てリリースされたという事に感慨深いものがありました。

資金的な問題はあるにせよ、作家性重視の意欲が枯れたのか、逆に力みがなくなって作家性に無駄が無くなったのか…その判断が出来そうな次の作品を楽しみにしていただけに残念でなりません。

PS:遠藤さんの活動にも注目しております、いつまでもお元気で…いや出来る限りお元気で

9 ■Re:追悼・飯野賢治

■かなりのリスクを負ってでも、人を驚かせる

自分はまさに、これこそ彼のゲーム作りの関心の源泉であって美学だと思っています。

彼の著書「ゲーム」や、彼の出演した「情熱大陸」から、クラスの中に流行を作りだす才能に長けていて、それを楽しんでいたことが伺えましたが、たまたまその延長にゲーム作りがあったのではないかと。

だから古典的なゲーマーと作者の間にあった、明快な勝利条件が設定されていて挑戦する/される関係じゃなくて、目隠しされたままどこかに連れて行かれて目隠しを外したら「予想外の」光景を見せる奇妙なアトラクションの一連の体験を重視している。

自分が仕掛けたアトラクションの出口で客が達成したエリア数や点数のようなリザルトではなくて驚いた顔を見たい、その一点だけが彼の創作の源泉だったんじゃないでしょうか。

しかし、客観的に見ればD食やE0は、アローンインザダークや夢見館のホラーアドベンチャーのカテゴリで見られて「アレと違ってコレがダメ」みたいな軸や観点から比較・採点されてしまう現実。

納得感のあるリザルトがあって客が満たされなければいけない、ある意味で作家が奉仕しなければ売れない、容赦なくクソゲーという烙印を押されて仕掛けは水の泡…。

そこに、商業的な結果だけでなく埋め合わせできない挫折感があって、遊び方から比べようがない…理解されがたい更なるリスクをとって「驚かせたい」一心で作ったのがリアルサウンドだと思います。

8 ■Re:追悼・飯野賢治

とても貴重な一次情報をありがとうございました。
コメント欄で長文失礼します。


■「ゲームはプレイヤーと作り手の戦い」な部分が好き

ここはどうでしょうね…ゲーム内容は結果として、必要以上にそうなるしかないバランスになっていただけで、飯野さんの関心の中心はそこだったのかな?と。

というのも、彼は著書「ゲーム」の中で、糸井重里さんのマザーに衝撃を受けたと書かれていました、あの従来のゲームの文法にないラスボス。
それまでの業界の文脈にはない人が、クリエイターの人格中心、言いたいこと中心で作って成立させているという事に感銘を受けていたようです。

つまり、ビートたけしの挑戦状→糸井重里のマザーの系譜にあるのが彼のスタイルで、バランスよりも「作家性」が特に重んじられた時代の旗手だった自分の売りを客観的に、あるいは無自覚に尊重していたのだと思います。

だからこそ、彼のゲームを期待する層も遠藤さんや岡本さんのようなゲーム作りの歴戦のベテランから見たら稚拙で、受け入れられないデザインに肯定的で…そんな時代の追い風がありました。

ワープという独立した小規模な会社の生存戦略として、彼のタレント性を前面に押し出す事が合理的な背景がありました。

逆に言えば、個性を殺して優等生的なバランスを重視すれば売上げが1~10万本位伸びたとしても、「嘘をついたような負い目」や「顔や生き様が記憶に残らない」ようでは不本意だったのではないかと。

7 ■無題

直接の面識はないけれど、2人めのお子さんが生まれた時になんとなくおめでとうメールしてみたら、きちんと返信してくれましたね。しかも結構長文で。律儀な人なんだなと思いました。ご冥福をお祈りします。

6 ■無題

遠藤さんとも対談された氏の「スーパーヒットゲーム学」という本は私のバイブルです。クリエイター個々人のゲーム哲学が分かる名著でした。

5 ■Re:無題

>玉木さん

コンテンツに対し「おもしろくない」「つまらない」と評するのは児戯に等しい。「難易度が高い」「テーマのフックが弱い」など、ちゃんと分析してから出直して来いw

4 ■無題

ゲームもPRの仕方も、とにかくオリジナリティあふれる印象がありました。
合掌。

3 ■無題

飯野さんは、作るゲームが全く面白くないのが玉に瑕でしたね。

2 ■初めて会ったイベント

さらに追加情報で、そのイベントは司会が渡辺浩弐さんで、ゲストには薗部博之さんも居たとか。

1 ■初めて会ったイベント

 時田さんから補足情報もらいました。武道館で行われたファミ通のイベントです!

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