2011-08-01 11:00:00

追悼・宮路武

テーマ:ブログ

 四半世紀にも渡り、同じゲーム作りに携わる者として、時々仕事上でも縁の深かった宮路武君(タケちゃん)が、去る29日に亡くなった。

 最初に出会ったのは雀荘だった。淡々と打つタケちゃんなんだけど、メガネの奥の目はいつも笑ってたのが印象的。その後、時々雀荘で出会う麻雀仲間だったのだが、確率的な読みとリスクを考えた勝負が堅実だったなぁ。どちらかと言うと勝負師だけどね。


 その頃は兄・宮路洋一君(兄くん)と一緒にゲームアーツをやっていて、池袋の開発に遊びに行ったこともあった。「ぎゅわんぶらあ自己中心派」のゲームとかを作ってる奥から、
「遠藤さん、見て見て、これ!」って無理やり見せられたのが「シルフィード」の開発バージョンだったんだけど、
「すごいでしょ、これフラクタルを使って地形作っているんだ!」って細かく説明してくれたんだけど、その時遠藤は思ったのだった。

「今は遠藤もプログラムも書いてるけど、ここまでプログラムに情熱は傾けられないや」ってね。ちょうど「ファミリーサーキット’91」や「ワールドサーキット」なんかで、まだまだプログラムも書いていた頃の話。兄くんもタケちゃんが居たからアグレッシブに動けたんだろうね。


 本当に時々会って熱くゲームの話をしあう仲だったのだが、2000年に「21世紀に残したいゲーム」という雑誌の特集企画で一緒になった時に、

「これからは携帯電話でゲームをする時代になると思って、こんな会社を作りましたよ!」ってジーモードの名刺を出して来た。遠藤も携帯電話のゲームに注目していたところだったので、雑誌の取材が終わってから色々話をして「面白そうだな」と言ったら、次の日に開発器材を送ってくれた。

遠藤雅伸公式blog「ゲームの神様」-G-mode創業1周年
 黎明期の携帯電話アプリは作るのがすごく面白かったね。上の写真は携帯アプリが配信され始めた頃の写真、この頃はどうやって低スペックの携帯電話でゲームを動かすのか、とにかくパズルを解いてるみたいな仕事だったのを覚えている。タケちゃんが作ったゲームに、遠藤が曲を付けているとかのタイトルもあったかな(笑)。
遠藤雅伸公式blog「ゲームの神様」-NOKIA S40のラリーゲーム
 その後、ジーモードが海外展開に力を入れるというので、色々と手伝いをしていたのだが、その中で一度だけ、あまりに端末のスペックが低くて、開発者諸君が投げ出したタイトルを2人で作ったのは面白かったな。とにかくタケちゃんがプログラムの高速化をするのだけど、遠藤がグラフィックデータの持ち方とか、コリジョンデータを高速サーチに対応するフォーマットに変えたりとか、双方で相手がこちらのやろうとしていることを理解し対応できる前提で、スネを削り合うようにビット単位の高速化をやったですよ。
 上のアニメーションがその時作ったゲームのスクリーンショット。国内版もあるので、遊んだことがある人もいるかもね。

遠藤雅伸公式blog「ゲームの神様」-2005年「三国志年代記」を作ってた頃
 2005年に遠藤が「三国志年代記」というゲームを作って、三国志マニアのタケちゃんにプレイヤーとしてやってもらったってのもあったね。豪華なデバッガーなんだけどw、ヘビーユーザー並みのゲームリテラシーを持っていながら、ライトゲームの本質を理解していて、ちょうど同じような指向を持っていたんだろうと思う。
遠藤雅伸公式blog「ゲームの神様」-CEDEC2008ではモバイルセッションを一緒にやった
 2008年のCEDECでは、モバイルゲームを総括的にゲーム開発者に紹介するセッションを2人で担当したこともある。タケちゃんは人前に出るのを恥ずかしがる方なんだけど、一度出ちゃうと熱く語る人だったのだよ。なので遠藤としては、ことあるごとにタケちゃんを人前に出してたかも。特に「我々」という言葉の出現度が高かったのは、人との和を重んじていたんだね。
 それで言うと、まだ誰も「ソーシャル」という言葉を口にしていない時代に、コミュニケーションとコンテンツの融合を考えていて、それを「ソーシャル」と呼んでいたのはさすがの先見性だった。
遠藤雅伸公式blog「ゲームの神様」-ごきげんチャンネルという動画コメントアプリ
 それを形にしたのが、動画上にコメントを表示していく「ごきげんチャンネル」というサービス。各種モーションを使えるアバターが画面下に出て、それが吹き出しでコメントしていくという、今のニコ生みたいなサービスだね。多くのユーザーが、ワンセグのテレビ放送を一緒に見ながら、コメントして盛り上げるというものだったんだけど、ワンセグ放送のメインストリームが今は携帯電話に移っていて、サービス自体は終了してしまった。動画としてのアーカイブが残されているので、興味のある人はこちら
遠藤雅伸公式blog「ゲームの神様」-G-mode10周年パーティーにて
 昨年、病気で一時入院していたんだけど、退院してからは何かしょっちゅうカミさんとゴルフ行ってたりとか、それでもちゃんと仕事はしてたりとか、たまにゲーム談義もしていて元気だったのに。とはいえ、大のビール好きで、絶対割り勘で居酒屋なんか行きたくない1人だったのが、暴飲しなくはなったかな。最も年齢考えると当たり前なんだけど。
 上の写真はG-modeの10周年パーティーで、結局ゲーム談義になって「我々が今後・・・」とやってるタケちゃん。別に遠藤はタケちゃんの言う事を聞いていないわけじゃないぞ、念のため。


 遠藤が亡くなったと知ったのは、本日のG-modeのリリースでなんだけど、日本のゲーム史の一角を担う人物だったことはファンの人なら忘れないと思う。常に新しいゲームの形を模索していた盟友の分まで、今後も日本ならではの新しいゲームを考えていきたい。

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11 ■nori

もう1年以上経ってしまったのですが言わせていただきます。
宮路兄弟のおかげでメガCDに魂が吹き込まれた。

セガハードを買って本当に無駄がなかったと思えた。
ソニック興味本位で買ったのは間違いないが、それ以外にも本当に良い作品だと太鼓判を押せるタイトル達だった。
永久に忘れることは出来ない作品群だった。
 最近の自分の周りは経済状況が潤ったのは違いないがアレ程の満足感はもう味わえないのだと思うと正直残念でならない。

10 ■無題

正月というまとまった休日を得られ、
色々と懐かしのゲーム動画を見ていた流れで
大変今更ですがこの訃報を知りました。

初めて出会った宮路さんの作品が「Lunar EB」。
次に買ってからメーカに気づいた「ガングリフォン」。
以降はいつの間にやら過去の作品も含め買い漁るほどのファンになっていました。
宮路さんの作品は、映像面もさることながら
ストーリーや音に対するコダワリがひしひしと伝わるものばかりで、
隅から隅まで、その作品への愛を感じられました。
(その愛が誌面で伝わらないのが非常に悔しくて・・・)

今現在、ゲーム会社ではありませんが、IT系に務めているのも、
9割方宮路さんの影響といって過言ではありません(笑)

宮路さんとの接点は、一プレイヤーとしてでしかありませんが、
今でも最も尊敬する人物だと胸を張って言えます。

数々の愛ある作品、本当にありがとうございました。
ご冥福をお祈り申し上げます。

9 ■ご冥福をお祈りします

 亡くなられたことは、今知りました。
 大変驚きました。
 メガCDで、、大学時代に天下布武というゲームをして衝撃を受けました。いまだに、たまに遊んでいます。これだけ長期に遊べるゲームはおそらく二度と出会えないでしょう。ネットで調べても、このゲームはいまだにコアなファンがいることはよくわかります。
 天賦の才がありながら若くして亡くなられたこと、大変残念です。ご冥福をお祈り申し上げます。

8 ■いろいろあるよ

 もう25年来の付き合いになるから、本当にブログには書けないようなことも裏にはあるよ。でもそれは、悲しんだり悔やんだりするものではなくて、これからどうするか?に繋がることなんだけどね。
 ゲームクリエイターはお互い仲の良い繋がりがたくさんある。それぞれがリスペクトし合ってるからこその関係なんだけど、感覚的には「戦友」的なのかも知れない。何と戦っているのか?それは既成概念だったり常識だったりするのかも・・・。
タケちゃん曰く「そこを何とかできないかなぁと思うんですよ」ってことだ。

7 ■神様への手紙として

 はじめまして、遠藤様。

 ゼビウスでまず魂を抜かれ、ガングリフォンで完全に骨抜きにされた愚か者でございます。

 そういった意味でも、遠藤様と宮路氏がお知り合いであったという事実に驚きを隠せませんでした。何か通じるものがあったのかもしれませんね。

 宮路氏の作品には情熱がとても溢れていて、挑戦すること、し続けること、あきらめないことなど、そして勇気をたくさん分けていただきました。

 いつか恩返しをどういう形でもいいからできれば、そう常常思っていた中での、まさかの急逝。悔やまれてなりません。

 せめて、ゲームの神様に「ありがとうございました」の一言を添えた手紙を届けてもらおう、と思い、書き込みました。

 尊敬していた方の死は自分にとっても痛手ですが、いつか天国でお会いしたときに胸を張れるよう、頑張っていきたいと思っています。

 宮路氏が残してくれたゲームに込められた情熱のように・・・・・・

6 ■技術の人

 ゲーム作りにおいては、ソフトウェアの技術で問題を解決しようと努力する人でしたね。アイディアで突破できる部分も、できれば正攻法で、みたいなところもあったけど、完成度を上げる努力は惜しんでいなかったかな。

 いつでも遊ぶ人のことを考えている風なんだけど、実は自分で遊ぶのが好きだったしww

 そうそう、初めて会った時はまだ10代だったね。大学に合格したのに、兄くんのゲームアーツに転身しちゃったのだよ

5 ■思い込み

実はずっと年上だと思ってました。

4 ■ありがとうございました

MSXしか買ってもらえなかった子供の頃
シルフィードは憧れのゲームの一つでした。
友達の家で初めてプレイして期待を裏切らなかった素晴らしいゲームだった事を覚えています。

宮地武さんの製作された作品は製作者のエゴがプレイヤーにとって全てプラス方向に向いていて、そのエゴにプレイヤーの期待と妄想力を乗っけても優れた世界観やゲーム性で少しもブレない安心感と安定感がありました。
どの作品もすごく面白かった。

ありがとう
ご冥福をお祈りします。

3 ■ご冥福をお祈りいたします

シルフィードやガングリフォンが大好きでした。
面白くてセンスがあって、もっと多くの人に知ってもらいたいゲームばかりだったように思えます。
こんな素晴らしい作品群を世に送り出してくれたことにひたすら感謝です。

2 ■10000近いPVなんですが

「我々の記事にコメントがついてないなんて、何か寂しいですよね」とか、タケちゃんが言ってそうだったので、コメントありがとうです。

1 ■ご冥福をお祈りします

コンシューマゲームももちろんですが、宮路さんが携帯ゲームの礎を築いてくれたおかげで、たくさんのクリエイターが生まれました。
感謝の言葉しかありません。

ご冥福を心よりお祈り致します。

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