【DiGRA公開講座】不可能を可能にする~メタルギアにおける制作コンセプト~ | 遠藤雅伸公式blog「ゲームの神様」

【DiGRA公開講座】不可能を可能にする~メタルギアにおける制作コンセプト~

 小島秀夫氏は日本を代表するゲーム作家である。
 今回の公開講座は、氏の代表作である「メタルギア」シリーズの制作コンセプトの紹介から、日本のゲームデザインの典型的な手法を知る良い機会となっている。その内容を分かりやすくまとめ、遠藤なりの解説をつけてみた。新しいモノを作る方法論の1つとして、参考にしてもらいたい。
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◆不可能の壁
 人生には様々な障壁がある。壁と自覚していないほど越えることが容易なものから、越えるのが不可能なものまで。しかし「不可能」と決めているのは実は「人の思い込み」で、前例のあるものは「可能」ないものは「不可能」という先入観があるに過ぎない。その既成概念を覆すことで、不可能の壁は越えることができる。やったことが無いことを初めてやるからこそ、評価もされるのだ。
 では、ゲームデザインにおける壁とは何なのか?それは実現したいゲーム内容と、ハードウェアやテクノロジーとのギャップになる。もちろんハードは徐々に進歩しているので、壁の高さは時代によって異なる。それぞれの時代で不可能の壁はを越える手段は、アイディアであり新しいメカニクスデザイン(*1。そして「不可能を可能にすること」こそ、モノ作りのモチベーションの源泉になる。

◆潜入ゲームの誕生「METAL GEAR」
 86年頃のアーケードゲームは、映画「ランボーII」の影響などもあって「コンバットゲーム」がヒットしていた。これをMSX2で作るのがミッションだった初代「METAL GEAR」は、MSX2のスプライト表示能力の限界に直面した。スプライトというのは、画面上を移動する自分や弾などの表示で、ハードウェア性能による制限から、横方向には8つまでしか並べることができない(*2。弾を撃ち合うコンバットゲームでは、弾や敵兵士が9つ以上並び、存在し攻撃してきているのに、それが見えなくなってわからない不具合が生じてしまう。コンバットゲームはMSX2にとって「不可能の壁」だったのだ。
 ここから壁の突破にむけて、逆転の発想が始まる。まず弾が見えなくなるのが困るのなら『撃たない』コンバットゲームはできないか?というもの。そのためには『戦わない』必然性が必要で、映画「大脱走」('63)からインスパイアされ『逃げる』というキーワードに辿り着いた。ゲームで『逃げる』のは受動的であり、格好も悪いので、その能動的な姿勢である『隠れる』から業界初の『潜入・ステルスゲーム』が誕生した。
 こうして生まれた8ビット時代の「METAL GEAR」は、視界を持った敵や監視カメラに見つからないように、敵のパターンを読んで進む、アクションパズルのゲーム性を持っていた。MSX2は横方向のスクロールができないという制限から、マップは画面切り替えによって表現している。また敵のAIはこちらを発見するために周回するモードと、発見したプレイヤーを攻撃するモードの2つがある。発見したというモードの切り替えを、プレイヤーに記号化して伝えるため、発見した兵士の頭上に「!」マークを出す工夫をした。これはシリーズを代表する演出として、グラフィックが十分にリアルになった最新作でも踏襲されている。

◆エリア潜入ゲーム「METAL GEAR 2」
 背景画像を、1ドットずつ上下左右にズラすことができる機能を「スクロール」と言う。前述のように、MSX2は横方向へのスクロールをハードウェアがサポートしていなかったので、広いエリアを表現することに適していない。つまり敵の支配下にあるエリアを潜入していく、という本格的な潜入アクションが次の「不可能の壁」となった。
 シームレスにエリアを表現することはできないのだが、2次元的な広がりを表現する方法はないか?まずは画面外の敵の動きなどもリアルタイムで処理することにより、エリア内での一貫性を持たせ、その情報をプレイヤーに伝えるために、周囲の状況をレーダーとして表示した。このレーダーも最新作まで踏襲されているギミック。
 また、視覚だけでなく敵兵の五感を表現することにもトライ。聴覚による物音モードを追加して「?」マークによる「気付き」を入れた。これにより、わざと音をさせて相手の注意を別方向に向けることが可能になり、潜入アクションとしても完成度を上げた。さらに敵兵の視界の判断が直線的だったものを、扇型にしてリアリティを高めている。なお、嗅覚の取り込みにも挑戦したが、収拾がつかなかったため断念した。
 そしてAIを細分化も行った。今までは周回と警戒の2種類しかなく、画面を切り替えると警戒モードが解除されていた。これを、敵が巡視しているだけの「潜入モード」、潜入者が発見されたら追尾攻撃される「危険モード」、潜入者が追尾を振り切ったら見失った地点で待機する「回避モード」に分割。回避モードで一定時間が経過すれば、再び潜入モードへと戻る。このようなモード変化によって、流動的な緊張感の演出が可能となった。
 こうして「METAL GEAR 2」('90)ではアクションパズルから、2Dのエリア潜入ゲームへと進化したのである。

◆3D空間へ「METAL GEAR SOLID」
 「立体的な潜入アクション」が次の目標となったメタルギアだったが、3D表現のハードウェア的な限界が次の不可能の壁となった。検討の結果、現行機での実現は難しいと判断され、シリーズはしばらく休止状態となる。再び始動したのは、94年末のプレーステーション登場がキッカケ。今まで越えられなかった不可能の壁が、ハードウェアとテクノロジーの進歩によって不可能ではなくなった良い例だ。
 3D化にあたってのゲームメカニクス変更は、ユーザーによる自由な視点変更、スコープなどのギミックの追加、フィールドの立体化になる。ハードウェアの機能を利用したチャレンジとして、実写ムービーの使用、ポリゴンによるリアルタイムムービーシーン演出、ボイス収録がある。
 視点については「俯瞰」「主観」「ビハインド(主人公を後方から見る)」の3つを設定、それぞれ「操作性」「臨場感」「映画鑑賞的表現」を重視している。フィールド立体化の制作過程では、レゴブロックとCCDカメラを使ってプレビズを行った。スネークの声には大塚明夫さんを起用したが、シリーズのイメージになくてはならない印象を付けることに成功している。また、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語版も作成、多言語対応した初めてのゲームでもある。
 こうしてメタルギアシリーズは3D空間へ発展、映画的演出を取り入れることにも成功した。今見ると、ポリゴンモデルに顔のテクスチャがないとか、物理計算をするパワーがなくてバンダナがなびかないあたりに時代を感じる。

◆臨場感を高めた「METAL GEAR SOLID 2」
 00年にPS2が発売され、ハードの描画力が向上した。ただしアーキテクチャ的には大きな変更のない正常進化なので、新たなメタルギアは「リアリティ」を追及することを目的とした。キーワードは「環境」「世界観」「演出」になる。
 環境について最初に手掛けたのは60fps化。フレームレートを前作の倍とすることで「ダグラス・トランブル効果(*3」を狙っている。さらにエフェクトを強化し
・雨の表現
・カメラレンズの表現(曇る、雨滴など)
・小物の物理計算(バンダナがなびくなど)
などを行って、空気感や温度なども伝わる臨場感が得られている。
 世界観構築のためには、入念な取材やスタッフの研修を行った。船のディテールを再現するためにコンテナ船や、舞台となるニューヨークへも足を運んだ。そこでNYPDの爆弾処理を見学し、軍事アドバイザーにも参加してもらって、リアルを追及している。
 演出面では、それまで見送っていたモーションキャプチャーを導入し、表情や動きを大幅に改善した。
 メカニクス的には
・ヘッドショットなどの部位ダメージ
・エルード(ぶら下がり)
・ロッカーに入る
などの要素を追加している。

◆力押しで突破「METAL GEAR SOLID 3」
 新しいハードが登場しない中、MGS3のプロジェクトは開始された。いままでのMGSを振り返ると、屋内、屋外の違いはあれ、全てのステージが立体表現が容易な「人工物」で構成されている。そこで人工閉鎖空間から脱却することを目指し、無謀にもとりあえずジャングルを作って見た。当然処理能力の限界を超えていて、動作が重いのだが「イケる!」。今回の「不可能の壁」は処理能力の限界となった。
 描画負荷による処理落ちを回避するために、描画エンジンを作り直し、さらに30fpsにフレームレートを落として安定化させた。キャラクターのリグも一新し、グレアの処理も追加している。またオンラインの実装にも取り組んだ。
 メカニクス変更は、キーワードを「サバイバル」に置き
・HPとは別にスタミナゲージを設けた
・発見されにくいカモフラージュ
・動植物を利用するフードキャプチャ
・ステイタスを回復するキュアー
などの要素を入れた。
 舞台となるジャングルのモデルとして、屋久島、奄美大島への取材を行っている。また野戦に対する講習を受け、実地で屋内クリアリング、CQC(*4の演習にもスタッフを参加させた。
 前作の演出面で大きな成果を見せたモーションキャプチャーについては、セットを作ってかなり大々的に取り組んだ。
 こうしてメタルギアシリーズは、自然環境への潜入に成功する。普段は知恵で越える壁だが、今回は完全に力技によるアメリカ的な直登だった。

◆何でもできる?「METAL GEAR SOLOD 4」
 06年に発売されたPS3は、MultiCore時代にふさわしく「何でもできる!」と言われ、ブルーレイ、ハイビジョン、オンラインと一気にハードの性能が上がった。一部のはっぴょうでは「何でもできる」と言われ、ひょっとしたら不可能の壁はないのか?と思われたのだが、実際には正常進化の想定内だった。そこで目標は「新たな潜入感」の創出に置かれ、宇宙なども検討されたが、最終的には「状況への潜入」に決定した。
 世界の紛争地帯をモデルとし、戦況と洗浄によって刻々と変わる状況。多対多が戦っている中に、立場を変えて潜入していくこと。それを実現するゲームデザインは「世界設定力」が必要になる。
 リアルな表現も必要で
・シェーダー
・物理演算
・5.1chサウンド
などが新たに採用され、実写とCGを合成したムービーにも本格的に取り組んでいる。
 制作にあたって恒例となっている取材は、「野戦」の講習と「スカウト」の訓練を行い、目隠しでキャベツを食べるなどの体験を積んだ。これらはレベルデザイン(*5を含めたゲーム世界の構築に役立っている。
 メタルギアシリーズの完結編とも言える本作品は、PS3で最も売れているソフトとなっている。

 ゲームにおける「不可能の壁」は、プラットフォームの進歩、ゲームデザインの進化によって突破されている。特にハードウェアの限界が制限となる場合、新しいアイディアが突破の原動力となる。不可能と思われていることの90%は、アイディアによって可能になってしまうのがゲームデザインの妙である。
 もちろん技術的なブレークスルーによる正面突破もある。海外の主流は、むしろ技術主導のゲームデザインなので、この傾向が強い。しかし日本のゲームの多くは、独特のアイディアで壁を越えており、それが日本のゲームの面白さにも繋がっている。だから…
 「ゲームは遊ぶより創る方が面白い」のだ。
ゲームの神様・遠藤雅伸公式blog-壁を越えていくメタルギアシリーズ
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(*1 メカニクスデザイン
 ゲームのシステム、ゲーム性を担う部分を最近は「ゲームメカニクス」と呼ぶ。狭義のゲームデザインに同じ。
(*2 スプライトが横に並ばない
 当時のラスタースキャンの描画は、走査線方向に1ライン描画する際に、ラインバッファに描画走査線上のスプライトのデータを順に書き込んでいく。この際デュアルラインバッファという方式では、1つのラインを表示している最中にもう1つのラインバッファにデータを書き込み、それを交互に続けることで画面全体を構成する。1つのラインバッファにデータを書き込むために許された時間は、1ラインを走査線が書く間だけで、当時のハードウェアの能力では8個で時間切れとなっていた。実際にそれ以上のスプライトを並べても、より上になるスプライトはバッファに書けない=表示されないのだ。
(*3 ダグラス・トランブル効果
 動画による効果の1つで、断続的な映像であっても、秒間の描画枚数が45fpsを超えるとリアルな動画として人は認識するというもの。
 ダグラス・トランブルはスタンリー・キューブリックに見出され映画「2001年宇宙の旅」の特殊効果を担当した人物。映画「サイレントランニング」で監督も務めたが、特殊効果の世界で数々の画期的手法を生み出している。なお、トランブル効果は一般的な用語ではなく「ショウスキャン」という名前で知られている。
 人の視覚は断続的な光をチラツキ(フリッカー)として認識する。これが秒間45回以上(個人差あり)の明滅になると連続光と錯覚するため、動画表現はそれを超える努力をしている。例えばアナログテレビの場合、秒間30枚の画像を、走査線の奇数と偶数の2回に分けて表示し、あたかも秒間60枚のように見せているし、映画は秒間24枚の画像を使っているが、映写する際にシャッターを1枚の画像について2回開き、秒間48回に分けていたりする。
 日本のアニメなどでは、秒間24枚の画像に3枚ずつ同じ物を使って手間を省いた結果、逆に「アニメらしい動き」として認識されていたりする。
(*4 CQC
 Close Quarters Combat(近接格闘)の略。
(*5 レベルデザイン
 メカニクスデザインに対し、ストーリー作成、マップの構成、パラメータの設定などの作業をこう呼ぶ。日本的な用語だとゲームプランニングだろうか?
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 コンセプト優先のゲームデザインでは、ハードウェアの制約やゲーム性の追求から、逆転の発想をすることが遠藤も多い。例えばファミコンの「ファミリーサーキット」「ケルナグール」など。そこから生まれた新しいコンセプトが、新たなゲーム性を生むことは往々にしてある。
 この傾向は日本で成功したゲームクリエイターなら、誰でも通過しているように思う。最近のゲームクリエイターは、自分が持っているイメージ自体がゲームの枠内の収まってしまうのだろうか、あるいはゲームにしか自分の知識の引き出しがないのか、発想の転換から新たなコンセプトを生み出していく人が減っている。中には「塊魂」「Let's TAP」のような作品もあるので、若手クリエイター諸君も頑張ってほしい。