【冤罪・足利事件】「DNA鑑定は判断が恣意的」川上浩一先生の指摘❗️科警研所長偽証の疑い⁉️ | ☆Dancing the Dream ☆

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驚きですね‼️😱😱

「足利事件」は、科警研によるDNA鑑定が、”精度が低い”もの(MCT118型)だったために、犯人のDNAと容疑者にDNAが「一致した」などと鑑定を誤ってしまい、冤罪を生んでしまったという話だったはずだが、
そうではなかった⁉️😱

足利事件では、科警研所長が裁判で証人として、「当時、約30年前のDNA型鑑定の精度が低かった」と証言し、犯人と断定する決め手のDNA鑑定が信用性に乏しかったから冤罪が生まれたのだという話。この証言で冤罪が晴れ一件落着したのだという話は、通説になっていた。

科警研所長が裁判で証人として、そのように証言していたのだし、マスコミでもずっとそのように報道していたはずだ。

ところが……
先日の2/25土曜日のこと…
国立遺伝学研究所の川上浩一先生が、毎週恒例土曜に行う「#PCR検査と治療薬提供の拡充を求めます」のツイデモのあかたさんキャスで、この認識を翻す爆弾発言を!!
いや、2017年8月にすでにTwitterで指摘されてはいたのだが…。

ずっと裁判でもマスコミでも、”DNA鑑定の精度の問題だった”という認識で決着していたように思うが、川上先生のおっしゃる通り、そうではなかったとすると、とんでもない話である。

警察庁の科学警察研究所は、偽証をしたことになるのだろうし、世を欺いていたことになる。
これこそ、重大な犯罪では💢
冷血、鬼畜のような警察、検察の犯罪💢

しかも、足利事件だけでなく、「飯塚事件」でも、科警研の同じメンバーが、同じ悪事を働いた可能性もあるのだ。





6:29〜

川上先生:
あった、あったやっと見つけたよ(ご自身の過去ツイート)
そのDNAバンドの…この冤罪事件。

菅野さん:
足利事件ね。

川上先生:
うん。
当時、このPCRのゲルの写真でね。
これが「同一だ」というふうにして、(有罪)判決が出たらしいんですよ。

これは、プライマーを使って、PCRの結果だけど。ゲルの写真ね。元の写真のこれね。
「もっと感度の良い方法でやり直したから、”違うこと”が分かった」って言うから、だから「プライマーの場所を色々変えてやったら、もっと差がはっきり出た」って言うんだけども。
鑑定したというこのゲルの写真があって、まあ、2本、バンドが出てるじゃないですか。
それで「2本バンドが出たから同じだ」って言うけど。このゲル、ちょっと歪んでるんですよ。
電気泳動、こういうふうにものすごい下手くそなんだけど、これやった人。
こういうふうにちょっと曲がってるじゃないですか。
(下の)このバンドは、多分同じバンドなんだよね。だけどね、この結果ですら、(上の)このバンドとこのバンドを見たら、明らかにサイズが違うんだよね。
だから、「2本見た」と言うだけで、(左右)これとこれが同じだと言うふうに判定したら、卒業実験は不合格になるレベルで。


あかたさん:
笑!またそうやって。笑

川上先生:
それを当時、根拠にしてね、(左右)これとこれが同じだからというので証拠にしたって言うんだよね。
だけど、当時の技術であっても、このバンドと、このバンドがこれだけ違ったらね、これサイズが違うんだよね。そう。
だから、このゲルの写真… このゲルの写真、読売新聞だけが見せてくれたんだよ。
それがなかったら、このゲルの写真、見る機会がなかったんだけれども。
”このパターンを「同じ」としたら卒研に通らないレベル”って言ってんだけどね。
「”DNA鑑定の制度が上がったために”鑑定し直したら冤罪であることが分かった」と言うんだけれども、そもそもが、これ、「同じ」じゃなくて、恣意的に解釈されたのは間違いないですよね、って、そういうツイートをしたの。


横川さん:
それ、鑑定した人は一応専門家なんですよね?そういうことをやる…

川上先生:
それはどこがやるの?警視庁の…

菅野さん:
いや、あの、たぶん外部の大学の人ですよ。(※科警研では?法科学第一部?)

川上先生:
これを同じかどうかを判断するところまで、その大学の人がやったのかな?
ゲルを流すところはやったのかもしれないけど。

菅野さん:
それは警察が抱え込んでるんで。
20年くらい前の「Nスペ」であったんですよ。
そのDNA型だけで判断するのってヤバくない?っていう。
※なぜ、川上先生の話に仰天してシャープに反応しない?
 川上先生の指摘とはズレている話を展開…💧
 皆、川上先生の指摘が意味するところにピンときていない模様😅


川上先生:
DNA型だけで判断してもいいんだけども、「違う」ものを「同じ」って言ったらやばいでしょ!

菅野さん:
うん。で、そのDNA鑑定、DNA鑑定って言ってるけど、DNA鑑定って本当にそんなに正しいの?っていう、「Nスペ」やってたんですよ。

川上先生:
うん。

菅野さん;
それは足利事件じゃなくて、もう20年くらい前のNスペなんですけど、
(中略)DNA鑑定ってのは、ドヤ顔で言うてるけどあんまり当てにならへんのちゃう?ってことで、DNAで有罪にされたけど後に冤罪だって証明された人って一杯いるんですよ。

川上先生:
うん。でもね、このケーズを見たらば、それは、”DNA鑑定のせいにしているだけ”で、それこそ、”PCRの感度が悪い”と言っているのと同じで!
DNA鑑定(足利事件の制度が低いなどと言われたMCT118型のDNA鑑定)は、正しいんですよ。これで!
「違う人だ」と示しているからね!
「同じ人だ」と解釈したのは、判断までを含んで鑑定って言うんだったら、それも含まれているけれども。
PCRの結果自体は、(ゲルの写真の左右)これとこれは違うものだと言うことを示している。


菅野さん:
これを同じものだと言い張るやつは一杯いるんですよ。

川上先生:
それが…、それが問題だよね。
DNA鑑定っていうもののせいにしたらば、PCRとかDNA鑑定が精度が悪いようになっちゃうけども。
PCR検査を否定したり、感度が悪いような問題になっちゃうけども、少なくても、この検査は、結果は正確ですよ。


菅野さん:
そのNスペがね、DNA鑑定で冤罪になった人を4組くらい扱ってるんですよ。
殺人事件とか、窃盗とか、性犯罪の人がいたんですね(中略)
※スガノ寄席が始まる。いやいや。
 川上先生の指摘は科警研の所長の偽証につながる話だから💧


川上先生:
でもね、あの、こんだけで色々情報があるんです。
つまり、「バンドの数が何個か」というのと、「バンドのサイズがどうか」というふうに、色んな情報が出てくるんだけれども。
少なくとも、これに関しては、結果は正しいよね。
あの…、正確に解釈したら、冤罪は起きていない。

(以下略)

※みどり:ブログ主の声

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ロシュHP
PCRってなんですか?

https://www.roche-diagnostics.jp/ja/general/pcr.html


https://mobile.twitter.com/koichi_kawakami/status/898544322823372801


[青木理×宮台真司]飯塚事件は「取り返しがつかない」から再審却下なのか

足利事件
1991年8月27日 科警研がDNA鑑定を実施

  🔻半年後

飯塚事件
1992年4月22日 科警研がDNA鑑定を実施


二つの冤罪事件で、ほぼ同時期にDNA鑑定を行っている。
この二つの鑑定は「MCT118型」というDNA鑑定で、科警研の同じメンバーが行っている。







日弁連 飯塚事件
https://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/deathpenalty/q12/enzaiiizuka.html



本間龍のブログ
足利事件再審 検察の謝罪は口先だけだ

https://hommaryu62.hatenablog.com/entry/20100212/1265956169
本日の足利事件再審公判で冒頭、検察側が謝罪するという異例の展開があった。以下毎日新聞より。
http://mainichi.jp/select/today/news/20100212k0000e040067000c.html
<足利事件:論告わずか1分 菅家さん「物足りない」>
2010年2月12日 12時30分 更新:2月12日 13時29分
 17年余りの無実の罪を認める論告はわずか1分で終わった−−。12日、宇都宮地裁で開かれた「足利事件」の再審公判。
 論告で検察側は冤罪(えんざい)で自由を奪われた菅家利和さん(63)に無罪を求刑した。公判の担当検事は誤りを認めて謝罪したが、菅家さんが最も求めたのは、取り調べた元検事の謝罪。菅家さんは終始、険しい表情を崩さなかった。【立上修】
 検察側が無罪を求めたことで事実上の無罪判決が出たとも言えるが、菅家さんの心は晴れなかった。公判後の記者会見で「17年半を思えば、1分少々(の論告)じゃ物足りない。謝罪はあったが、1分少々では腹の底から謝ったとは思えない」と不満を述べた。
 会見に先立ち、菅家さんは、前夜に降った雪を踏んで宇都宮地裁に入った。午前10時、開廷が告げられると、弁護団席に座り、硬い表情で目を伏せた。
 検察側が無罪を求刑した論告。再審担当の検察官が「17年余りの長期間にわたり服役を余儀なくさせて、取り返しのつかない事態を招いたことに検察官として誠に申し訳なく思っている」と謝罪した瞬間、菅家さんは天井を見上げた。だが、検察官3人が頭を下げても、小さくうなずいただけだった。
 91年12月1日早朝、突然現れた刑事に任意同行を求められた。あずかり知らぬ罪を着せられ、釈放されるまでの6396日間も自由を奪われた。その罪を解くための論告は、わずか1分足らずで終わった。
 弁護側の最終弁論が始まり、捜査と裁判の過ちに言及しても、菅家さんは手元を見つめたままだった。公判の最後に、裁判所に対して冤罪被害者が二度と出ないように事件の真実を明らかにするよう求める意見陳述をした。
 ◇菅家さん意見陳述
 再審公判の最後にあたって、裁判所にお願いしたいことがあります。それは、なぜ何もやっていないのに私が犯人にさせられ、17年半も自由を奪われたのか。その原因をきちんと説明してほしいということです。そして、こうなった責任は誰にあるのかも、きちんと説明してほしいということです。
 森川(大司・元)検事福島(弘文)科警研所長は、私に謝りませんでした。それは納得できません。裁判所にはどうしても私に謝ってほしいと思います。
 私が間違って犯人とされたため、真実ちゃんを殺した犯人はいまだに逮捕されていません。本田鑑定が犯人のDNA型を明らかにしたのに、検察官はまるで犯人を逃がすようなことをしています。そのようなことは絶対に許されないと思います。
 自由を奪われた17年半は、本当につらくて苦しい毎日でした。私と同じように冤罪で苦しむ人が今後二度と出てほしくはありません。そのためにも足利事件の真実を明らかにしてほしいと思います。裁判官、どうか、私の17年半を無駄にしないような判決をお願いします。
(引用以上)
 この再審は法的に菅谷さんに無罪判決を出すための形式的なものなので、検察ははなから争う姿勢がなかったが、この謝罪は前回証人尋問された森川元検事が謝罪しなかったことに対する世論の反発に押された検察がしぶしぶ行ったものだろう。
 もともとこの再審における検察側・弁護側の目的は天地ほどの開きがあった。
 弁護側は再審の場で冤罪の構図と責任の明確化を求めたが、検察側は法的に(形式的に)無罪を言い渡すためだけの場としてしか認識していない。裁判所側も基本姿勢は検察と同じだが、少しだけ弁護側の言い分も聞いた、という程度に過ぎない。
 検察の謝罪はもちろん、口先だけのモノだ。
本当に「17年余りの長期間にわたり服役を余儀なくさせて、取り返しのつかない事態を招いたことに検察官として誠に申し訳なく思っている」のならば、その過程で起きたDNA鑑定のミスと自白強要についてなぜ一言も触れないのか。
 原因があってこその結果である。「DNA鑑定と自白強要が重なって致命的な冤罪になりました」とでも云うならまだしも、これでは「真相はよくわかりませんがとりあえず謝っておきます」程度のものでしかない。
 更に穿った見方をすれば「検察官として誠に申し訳なく思っている」という表現は、「検察全体」ではなく「今回の公判担当検事」として、という意味にもとれる。個人としては謝罪するが、検察全体ではないぞ、と改めて宣言しているようにさえ聞こえる。
 繰り返し述べるが、このような大事件の場合、真の謝罪と受け止められるのは集団のトップ、検事総長の謝罪だけだ。トヨタのリコールも結局社長が出てくるまで収まらなかったではないか。
 菅谷さんの言葉にあるとおり、この裁判を注視する人々が最も求めているのは「責任の明確化」である。菅谷さんの17年間を奪った「犯人」を明確化して責任を追及できなければ、結局はこの再審も茶番である。
 来るべき3月26日の判決で、警察・検察・裁判所それぞれの具体的な責任の所在について少しでも触れることができるのかどうか、また、判決を受けて検事総長の謝罪があるかどうか、更に注目したい。


精度の低い鑑定結果が冤罪を招いた女児殺害の「足利事件」
https://healthpress.jp/2015/08/dna-8.html
 今回は精度の低いDNA鑑定の結果が冤罪の遠因となり、その後、最新のDNA鑑定によって無実が立証された足利事件について話そう。
 1990年5月12日午後7時頃、栃木県足利市内のパチンコ店から4歳の保育園児Mちゃんが行方不明になる。翌13日、渡良瀬川の河川敷でMちゃんの遺体を発見。同日夜、県警科学捜査研究所はMちゃんの半袖下着に付着した精液斑の血液型をB型と鑑定。11月末、警察は聞き込み捜査で内偵し、幼稚園バス運転手の菅家利和さん(当時45歳)の借家を訪問。捜査令状なしで室内を捜索し、勤務先へも刑事が聞き込みを行う。そして約1年間、菅家さんへの尾行が続いた。
 1991年3月、勤務先への刑事の聞き込みが原因で、菅家さんは解雇・失業。6月23日、尾行中の刑事は菅家さんが捨てたゴミ袋を無断で押収、使用済みティッシュを回収。8月21日、科学警察研究所(科警研)は半袖下着とティッシュをDNA鑑定。 8月28日、警察庁はDNA鑑定機器費用概算要求(1億1600万円)を大蔵省に提出。11月25日、科警研は半袖下着に付着した精液斑のDNAとティッシュのDNAの鑑定の結果、完全一致と報告した。
 12月1日早朝、警察は菅家さんを逮捕状なしで足利警察署へ連行。夜中まで取り調べ、菅家さんに犯行の自白を強要。2日未明、Mちゃん殺害容疑で菅家さんを逮捕。 2日の朝、読売・朝日・毎日3大紙は、朝刊の全国版に「DNA鑑定一致。容疑者事情聴取」と報道。地元紙の下野新聞、東京新聞、産経新聞などは未報道だった。3大紙の地元記者にも情報が伝わらず、警察庁が特定の報道機関だけに捜査情報をリークしたと思われる。12月21日、菅家さんを起訴。 12月26日、大蔵省は警察庁のDNA鑑定機器予算要求(1億1600万円)を復活折衝で認可した。
 1993年7月7日、菅家さんに無期懲役の判決。1996年5月9日、控訴棄却。2000年7月17日、最高裁判所の無期懲役判決が確定し、身柄が収監。2002年12月25日、再審請求。2008年2月13日、再審請求棄却、即時抗告。2008年12月19日、東京高裁がDNA型再鑑定を決定(逮捕から17年目)。2009年6月4日、再審の開始が決定される。
 記者会見で菅家さんは「検察と栃木県警に謝罪してほしい。刑事たちの責めが酷かった。『証拠は挙がってるんだ、お前がやったんだろ』とか『早く吐いて楽になれ』と言われた。始終無実を主張したが、受け付けて貰えなかった。殴る蹴るの暴行、頭髪を引きずり回されたり、体ごと突き飛ばされるなどの拷問に等しい暴行を受け、15時間も取り調べられた。刑事たち、検察や裁判官も許す気になれない。全員実名を挙げて、私の前で土下座させてやりたい」と涙ながら話した。
 2010年3月26日、宇都宮地方裁判所の佐藤正信裁判長は「当時のDNA鑑定に証拠能力はなく、自白も虚偽であり、菅家さんが犯人でないことは誰の目にも明らか」と判示して、菅谷さんに再審無罪を言い渡す。そして「真実の声に十分に耳を傾けられず、17年半の長きにわたり自由を奪うことになった。誠に申し訳ない」と深く謝罪した。
低い鑑定精度で犯人と断定した警察・マスコミ・司法の犯罪性と残酷性
 事件の経緯を追えば追うほど、見えてくるのは何か?
 警察の予断と偏見による連行、暴力、脅し、自白強要の違法性。1000人に1人の低い鑑定精度にもかかわらず、捜査に都合のいいDNA鑑定だけを楯に「同一人物であると断定」した警察の犯罪性。警察のリークを無批判に追随し、事実無根のでたらめな報道を繰り返したマスコミの非人間性。警察のDNA鑑定を鵜呑みにしたまま、いたずらに真実の究明を怠った検察庁や裁判所の怠慢性。警察とマスコミと司法が意図的に作り上げた冤罪事件の残酷性。そのために、ひとりの罪もない人間の17年もの人生が剥奪された。その償いきれない大罪と重責は厳しく弾劾されるべきだ。
 決して忘れてならないのは、冤罪事件の背後にある忌まわしい真相だ。事件直後から警察庁は、DNA鑑定機材を全都道府県警に配備することを企図していた。予算要求は大蔵省に一旦は拒まれたが、その復活折衝するためにはDNA鑑定の高精度を大蔵省にアピールする必要に迫られていた。ちょうどそのタイミングで、菅家さんは恰好のアピールのターゲットになる。警察は、精度が劣ったDNA鑑定を乱用してでも、菅家さんを犯人に仕立て上げなければならなかった。
 現在は、4兆7000億人に1人という高い鑑定精度で、本人がほぼ特定できる。しかし、当時のDNA鑑定の精度は、1000人に1人程度の低精度だ。つまり、日本全国に12万人もの該当者がいた。この程度の鑑定精度なら、「同一人物であると断定」は絶対にできないし、冤罪事件の温床に成り果てるのは火を見るよりも明らかだ。

 佐藤博(さとう・ひろし)
 大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。





「DNA鑑定低かった」足利事件再審で科警研所長(09/12/24)

足利事件のやり直しの裁判で、警察庁の科学警察研究所の所長が証人として出廷し、「逮捕の決め手となった当時のDNA鑑定は識別能力が低かった」などと証言しました。
 (=約30年前のDNA型鑑定の精度が低く、信用性に乏しかったという意味。


菅家さんの冤罪証明し真犯人を追う 清水潔さん「潜在する危機伝えることこそ報道」
速報
毎日新聞 2021/1/24 05:00(最終更新 1/24 05:00) 有料記事 3499文字
 「足利事件」の冤罪(えんざい)の可能性を指摘するキャンペーン報道は、清水潔さんが取材を初めてから半年たった2008年1月、日本テレビの報道番組「ACTION 日本を動かすプロジェクト」で始まりました。菅家利和さんと犯人のDNA型が一致したという裁判所の認定は変わっていませんでしたが、取材で判明した疑問点を次々と報じていきました。
 あえて通常のニュースではみられないナレーションも採用しました。「もし〇〇ならば」という問いかけです。「もし菅家受刑者が無実であるならば、五つの幼女殺害事件はすべて未解決ということになる」。菅家さんがDNAの再鑑定を望んでいることを伝え、「我々はこの5件の幼女連続誘拐殺人事件を徹底的に検証していく。同一犯による事件の可能性はないのか。犯人は今もどこかに潜んでいる」と訴えました。夕方のニュースや報道番組で次々と、キャンペーン報道を続けました。
 報道を始めた翌月、清水さんの心がくじけるような出来事が起きました。「足利事件」の再審請求を宇都宮地裁が却下したのです。5年間、放置されていたようにも見えた再審請求でしたが、まるでキャンペーン報道に合わせたかのような突然の却下でした。清水さんは「警察や他のメディアの冷笑が聞こえてくるようだった」と振り返ります。「自分は根本的に間違っているのか」と自問を繰り返したといいます。
 しかし、DNAの再鑑定も行わないままの門前払いは許されない、と思い直し、報道を続ける決意を新たにします。菅家さんも東京高裁に再審の即時抗告をしました。
 そして、キャンペーン報道から1年近くがたった時、ついに事態は動きました。東京高裁がDNA鑑定の再度の実施を決定したのです。再鑑定の結果、検察側、弁護側双方の鑑定人がそろって「不一致」、つまり菅家さんと犯人のDNA型は一致しないと結論づけました。
 あわてた検察側は、殺害された松田真実ちゃんのお母さんにさらなるDNA鑑定の協力を求めました。お母さんは検察庁に出向き、真実ちゃんのへその緒を提出しました。清水さんはお母さんに同行を許されました。取材を通じて、深い信頼を得ていたのです。
 検察庁は、「不一致」の結果が出ても、菅家さんが殺害したとの立場を変えていませんでした。いろいろな釈明を続ける検察官にお母さんは言いました。「おかしいですよ、やっぱり。誰が見ても違うものは違うんですよ。菅家さん、あえて『さん』と言いますが、捜査が間違っていたのなら、ちゃんと謝るべきです」。そして、子どもを諭すように検察官を叱りました。「ごめんなさいが言えないでどうするの」。この言葉が事態を決定づけます。
 清水さんはいくつもの番組で、お母さんのこの言葉を流し続けました。放送の翌日、弁護団は記者会見を開き、「遺族がここまで言っているのに、なぜ釈放しないのか」と検察を非難しました。
 放送から4日後、菅家さんは釈放されました。栃木県警本部長は「長い間つらい思いをさせたことを心からおわび申し上げます」と報道陣の前で菅家さんに頭を下げました。宇都宮地裁で開かれた再審では、無罪判決を言い渡した後、裁判長が言いました。「菅家さんの真実の声に十分に耳を傾けられず、自由を奪う結果になりました。裁判官として誠に申し訳なく思います」。さらに裁判長と陪席裁判官の2人が一緒に立ち上がり、深く頭を下げて「申し訳ありませんでした」と謝罪したのでした。
 では「真犯人」はどこにいるのか。清水さんは、菅家さんの冤罪を証明する取材と並行して、新たな容疑者の割り出しを進めていました。

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桜井昌司『獄外記』ブログ(布川事件の冤罪被害者)
福島弘文

2009-12-25 | Weblog
https://blog.goo.ne.jp/syouji0124/e/6abc610d0edcc4373807c0a24c751d2c
元信州大学で法医学教授をしていて、今は科学警察研究所長をしている。
昨日、足利事件公判に出廷して、菅家さんを犯人にした科学警察研究所の行なった鑑定に付いての妥当性を証言した。
俺はDNAに付いては無知に等しい。検察とのやり取り、弁護団とのやり取り、何れも理解出来ないところが多々あった中で、感じるところは二つあった。
その一つは、非常に多弁なところだ。質問を外れて延々と話し、何度か注意されても質問に的確に言葉を返せいでいるのを見て、どこか思考経路か言語経路に瑕疵があるのではないと感じた。が、最後まで聞いて、そうでは無いと判った。
もう一つは、科学警察研究所の鑑定を批判した筑波大学の本田教授の名前が出されたり、その本田鑑定のことになると異様に反応して冷静を欠いた言葉になることだった。福島氏が信州大学教授のとき、本田氏は助手だった。出藍の誉れ。DNA鑑定における助手の才を認め得ない、何かがあったのかと感じさせる、異常なほどの本田氏に対する敵意だった。
福島氏の証言全体は、かなり不公平だった。本田鑑定を批判するときは、その鑑定にバックアップ記録が無いことなど、色々と多弁に語ったが、科学警察研究所の鑑定にもあったバックアップ記録の不存在には「仕方ない」などど語って平然としていた。
証言を聞く中で科警研鑑定に不信を感じたのは、当時の鑑定資料を示す記録が開示されたとして法廷に公開されたときだ。
当時、科警研は、菅家さんのDNA鑑定が犯人と一致したとして写真を二枚残していて、これが犯人の根拠にされたのだが、福島氏は写真が二枚なのは二度試験したと言うことで二度で充分だと語った。しかし、その当時の鑑定資料によれば、約120回分の鑑定をする資料が抽出されたとある。
おやおや?だよね。
120回も鑑定をする液があったのに、たった二度しか試験をしなかったなんて、本当かい?
しかも、その二枚の写真は、非常に不鮮明で、信州大学教授だった当時に福島氏は、写真に不鮮明があれば、その結果は廃棄して再試験しろと論文として発表したほどの代物でしかなかったのだ。
布川事件で、当時の捜査幹部は指紋を合わせられないかと鑑識員に指示した。足利事件では、科学警察研究所がDNAを合わせたのではないか?
福島弘文は、二回しか試験をしなかったと語るが、120回の資料液の総てを使って検査し、たまたま菅家さんのDNAと似た感じの不鮮明な写真を得た二枚を証拠にしたのではないか。福島証言のお粗末さを示したのは、「写真よりもネガは鮮明に出るもので、鑑定者はネガで判断したと思う」と語ったのに、その肝心なネガは科学警察研究所には無くなっていたのだが、それを仕方ないものと看過したことだ。本田鑑定のバックアップ記録不足を責めながら、自らは容認する、科学者として、こんな恥ずかしい話はあるまい。
はっきりしている。そのネガがあっては不都合だから廃棄処分をしたのた。消し去ったのだ。
福島弘文は、とうとう菅家さんに科学警察研究所の行なった行為を詫びなかった。鑑定ミスとしてすらも詫びずに帰った。
最後まで聞いて、福島弘文は思考経路や言語経路に欠陥があるのでは無いと判った。頑なに科学警察研究所の権威を守るために、ひたすら言い訳を考えてのものだったから、あんな言葉になったのだ。
科学警察研究所、そして警察と検察は、今後も証拠を「合わせた」冤罪を作り続けることだろう。


平成ニュース 【冤罪】足利幼女殺人事件 当時のニュース(1991年)


足利事件の有罪確定を担当した最高裁亀山裁判長のインタビュー映像