今年の新司法試験で出題されたことから、脚光を浴びた「転用物訴権」。民法を一通り勉強した人であば、概念ぐらいは知っているものの、いざ事例問題で出題されると、なかなか処理しにくい所だと思います。


転用物訴権とは、「契約上の給付が契約相手方以外の第三者の利益になった場合に、給付をした契約当事者が第三者(受益者)に対してその利益の返還を請求することのできる権利」と定義されています(潮見佳男『債権各論Ⅰ契約法・事務管理・不当利得』(新世社、2009年)346頁)。


判例としては昭和45年7月15日(民集24巻7号909頁。いわゆるブルドーザー事件)と、平成7年9月19日(民集49巻8号2805頁。いわゆるビル改修事件)の2つがあります。

昭和45年判決は転用物訴権を一般的に認めるかのような判示をしたのですが、平成7年判決は、転用物訴権の範囲を制限しました。そのことから学説上は、「実質的判例変更」があったものと位置づけられています(潮見・前掲書348頁)

ただし、平成7年判決は、小法廷判決ですから、最高裁が明示的に昭和45年の判例を変更したわけではないことに、注意が必要です。


転用物訴権については、肯定説、制限肯定説、完全否定説に分かれます。学説上は、完全否定説が有力のように思います(内田貴説など)が、判例は、上記のように一定の場面では、転用物訴権を認めることから、制限肯定説の立場と評価さています。これは加藤雅信説に従ったものとも言われます。


以上のことは、民法を一通り勉強されている方であれば、既に御存知のことであり、不当利得を扱う教科書であれば、書いてあることです。しかし、いざ実際の事案にぶちあたると、何が利得で、何が損失なのか、どのような理由から、「法律上の原因なく」にあたる(または当たらないのか)という点が、必ずしも確定できないように思われます。論点自体は誰しも知っていても、いざ事例となると、処理しにくい典型例かと思われます(刑訴の伝聞証拠もそうですね)。


しかし、事案処理がしにくいというのは、実は転用物訴権や、ひいては不当利得法の要件自体が、必ずしも明確でない点に「も」起因するのではないかと思います。第一、結論を出すことの前提となる、不当利得返還請求権の要件(事実)がどうなるのか、実はよく分からないのです。「条文の文言にあてはめればいいじゃないか」と言われるかも知れませんが、類型論に立った場合、類型によって、要件(事実)が変わってくると説明されることもあります(潮見・前掲書305頁と320頁を見てみると、侵害利得と給付利得で要件事実が変わることが示されています。要件事実が異なると言うことは、侵害利得と給付利得では、前提となる規範が異なる、ということを意味しています)。また、「利得」とは何か、「損失」とは何か、「法律上の原因」とは何か、ということは、明確に定義されているわけでもありません。


転用物訴権との関係で要件論を考えると、「法律上の原因」を形式的にとらえれば、利得が有償だろうが無償だろうが、法律上の原因はあると理解することは出来ます(内田貴先生は、この点を強調。手元に旧版しかなくて恐縮ですが、内田貴『民法Ⅱ債権各論[第2版]』(東京大学出版会、2007年)555頁)。無償であれば常に不当というわけでなく、無償である贈与契約や免除は有効に行うことが法律で認められているのですから、「法律上の原因」と理解することは可能です。これに対して、判例は、「法律上の原因」を実質的に解釈することで、一定の場合には「法律上の原因」は欠けると理解し、制限的に転用物訴権を肯定するわけです。しかし、判例は「法律上の原因なく」という文言を、解釈の上、明確に定義していないので、理解を難しくさせています。


思えば、不当利得法自体が、分かりにくいという印象を持つところです。

民法のテキストの該当部分を読むと、条文の文言からはじまるのではなく、いきなり公平説と類型説の対立の説明から始まり、たいていの民法研究者の手によるテキストでは、類型説が妥当、と結論付けられています。しかし、学説の対立によって、要件・効果や実際の事案処理で、どのような違いが出るのか、という違いが見えにくいのも事実だと思います。


なお転用物訴権が出題された、今年の新司法試験の民事系第1問(設問1)について。

出題趣旨では、転用物訴権という言葉自体の言及はありません。しかし、内容からして、転用物訴権の問題と理解するのが自然です。


出題趣旨 を読んでみると、どうやら上で挙げた判例を理解していることが、前提となっていることが伺えます。特に、「Bの受益が法律上の原因を欠くことについては,AB間の賃貸借契約を全体として見たときに,Bが対価関係なしに当該利益を受けたときに限られる」(4頁)という記述は、まさに平成7年判決の立場です。したがって、平成7年判決を理解していることが、答案から伝わらないと、評価は高くならなかったものと推測します。また、転用物訴権について学説の対立よりも、判例の立場を前提に、実際の事案の下で、「利得」、「損失」、「法律上の原因なく」を理解した上で、事実を評価することの方に、点数が割り当てられていたように思われます。


新司法試験の具体的な問題を通じて、転用物訴権や不当利得法の理解できていない部分、または、実は判例上も学説上も未解決の部分が明らかになったと考えています。また、具体的な事例から、考えさせてくれること、考えなければ行けないことは多数ある、と改めて感じた次第です。さらに、学説の対立にぶち当たったときは、単純にどの学説が良いかを考えるのではなく、当該学説をとったときに、具体的な事案で、どのような帰結になるのかまで、理解する必要があるなと、改めて感じたところです。