プーペガール

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2012-02-16

Legal Quest家族法改訂へ

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前田陽一=本山敦=浦野由紀子
『民法6 親族・相続 第2版』
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641179172


条文、定義、制度趣旨、判例を中心とし、家族法をまんべんなく取り扱う家族法のテキストです(同書の「はしがき」参照)。私自身は、この本を気に入っており、読了後にかつてコメントを付したこともあります。

http://ameblo.jp/espans/entry-10753233863.html


ご存じの通り、親権をめぐって、民法の一部改正が行われています。当然、本著もそれに対応するものでしょう。これから学習される方は、それに対応する本を用意するのが無難です。

(古い本で勉強すると、改正部分が短答式試験で出題された場合、間違えます)


実務で家族法の問題は多数あると共に、司法研修所への入所が相当であるかを判定する司法試験でも、民法の短答・論文共に、家族法が出題されており、司法研修所への入所を目指す方は、家族法の学習は必須です。



2012-02-16

いわゆる「憲法4人組」改訂へ

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4月上旬とのことです。


野中俊彦=中村睦男=高橋和之=高見勝利
『憲法1 第5版』
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641131187
  
野中俊彦=中村睦男=高橋和之=高見勝利
『憲法2 第5版』
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641131194


2012-02-16

有斐閣の本次々改訂へ

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新刊は少ないですが、改訂される本は多数です。


刊行予定(有斐閣ホームページ)

http://www.yuhikaku.co.jp/newbooks/comesoon.html


新学期前の3月以降に多いです。


法科大学院生の多くが使うであろうと思われるテキストの類が、改訂されます。

法科大学院入学予定の方のblogなどを見ていますと、法科大学院で使うテキストを今のうちから買いそろえようとされている方も見られます。予習のためと思われ、それはそれで大変結構ですが、このように改訂されることもあるので、十分にご注意下さい。


で、理想を言えば、テキストの改訂は新学期の開講前後ではなく、前学期の閉講後あたりが望ましいと思います。


というのは、法科大学院時代は、新学期のはじまる前に、テキストの一読をすることが求められているからです。現に最近は、法科大学院の先生方が、入学ないし進級前に、指定ないし推奨テキストの一読を求めることも多いのです。


しかし、開講前にせっかく読んだのに、開講後に改訂されては、予習した方が(経済的に)損をする、ということになってしまいます。古い版を読むことにも意味がある、と言えばそうかもしれませんが、法科大学院生の経済的能力にも限界はあります(先生方と違って、法科大学院生が著者や出版社から謹呈を受けることは、ほとんど考えられません)し、やはり改訂前の本を買わせるのは、避けるべきだと思います。


かつてのように学部中心の時は、開講前後の改訂でよかったと思います。学部生が、授業のかなり前にテキストを買って、予習することはまれだったように思いますので(自分自身、学部時代は、開講前後に買っており、開講より前に買った例は、-もともと自習用に使っていた場合を除いて-ほとんどなかったと思います)。しかし、法科大学院制度が始まった今は、これまでの慣行は改められるべきだとは思います。


他方で、執筆者からすれば、改訂するのにはまとまった時間が必要なのだろうと思います。で、改訂時期を早めれば、改訂作業も当然早まるわけです。例えば、前学期の閉講前後(長期休暇前)に改訂書を出そうとすると、学期中に改訂作業を行わなければならなくなります。そうなれば授業等の準備と重複し、それはそれで大変なものだと思います。また、急ピッチで刊行されて、誤字・脱字だらけでの本でも困ります。それゆえ、改訂時期を早めることは、厳しいのも現実です。


(潜在的)読者としての現時点の対応としては、やはり出版社に問い合わせたりするなどして、改訂の情報を適宜キャッチすることだろうと思います。


2012-02-13

微妙な事件

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裁判員一審が無罪、二審が逆転有罪。

しかし、最高裁が再逆転無罪判決。


判決日時
最判平成24年2月13日
裁判要旨
1 刑訴法382条にいう「事実誤認」の意義
2 刑訴法382条にいう「事実誤認」の判示方法
3 覚せい剤輸入等被告事件について,被告人の故意を認めず無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81993&hanreiKbn=02


判決文

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120213161911.pdf


直接の論点は、刑訴法338条の「事実の誤認」の解釈問題。


理論上は本判決の言うとおりだと思うのですが、いざ具体的な事実関係を前にすると、微妙な判断だと思います。

高裁が有罪判決を下したのも、理解できなくはありません。


(私が感じた)2つのこと。

1つ目は、この判例は、今後、被告人・弁護人側に不利になる可能性もあること。

本件は一審無罪→控訴審有罪でしたが、逆、すなわち、一審有罪→控訴審無罪、

の場合にもあてはまります。

というのは、本判決の文言を見る限りは、一審が有罪か無罪かで、場合を分けていないからです。

もちろん、本判決の事案が一審無罪、控訴審有罪の事案ですから、逆の場合に言及する必要はないので、一審有罪、二審無罪の場合は、判断を変える可能性も否定はできません


2つ目は、このような判決が出ると、捜査当局としては、やはり自白をとることに力を入れるおそれがあること。

本判決は、検察官が主張する間接事実から、故意を認定できないとした、一審の判断を尊重しています。

おそらく、検察側は、「これだけの間接事実を挙げてもダメなのか?」と落胆していると思います。

間接事実からの故意の認定はもちろん慎重であるべきですが、「ならば自白をとるしかない」という流れになっては、行きすぎた捜査活動への懸念もうまれます。


ともかく、最高裁の一審重視の姿勢が顕著にあらわれた判断です。

高裁や最高裁で争えば良い、という姿勢では、大変です。


2012-02-10

学説を学ぶ意義。しかし・・・

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法学セミナー2012年3月号

http://nippyo.co.jp/magazine/5791.html


【最終回】刑事訴訟法入門 23/緑 大輔
刑事訴訟法と学説――「学説」を学ぶ意味をめぐって

北海道大学の緑先生が、刑事訴訟法と学説の関係について、論じられています。

研究者にありがちな、「法科大学院生・司法試験受験生は、判例べったりでけしからん」という説教ではなくて、慎重に学説を学ぶ意義を論じようとされています。この姿勢は好感を持てました。


緑先生がこのような記事を連載の最終回に書いたのは、やはり「判例・捜査実務べったりの勉強姿勢はやめて欲しい」というメッセージが含まれているんだろうと思います。


ただ、皮肉な言い方をすれば、緑先生の連載をわざわざ読むような人は、「刑訴は判例・捜査実務だけ学べばいいんだ」というスタンスの人ではないように思いますが。


さらに、実際に受験生の答案を採点する、試験委員の採点実感等を見ると、「もっと判例を深く勉強して欲しい」というメッセージが出ており、法科大学院生や受験生は、むしろそちらの方に力点を置くべきではないか、と思うわけです。


例えば、憲法の試験委員は、今年の採点実感で、

http://www.moj.go.jp/content/000082799.pdf


「内容的には,判例の言及,引用がなされない(少なくともそれを想起したり,念頭に置いたりしていない)答案が多いことに驚かされる。答案構成の段階では,重要ないし基本判例を想起しても,それを上手に持ち込み,論述ないし主張することができないとしたら,判例を学んでいる意味・意義が失われてしまう」


と述べており、判例の理解が答案に示されていないことに、不満をもたれています。


あと、法科大学院生や受験生が、判例・実務べったりと言うわけでなく、むしろ特定の学説に、無意識のうちに引きづられている面も強いように思います。


例えば、逮捕に基づく捜索・差押え(220条)。

多くの受験生は、緊急処分説で書くわけですが、判例の立場はそうではないはずです(最判昭和36年6月7日参照)。

そもそも、逮捕に基づく捜索・差押えに関する事例問題において、220条の文言(「逮捕する場合」、「必要があるとき」)から離れて、いきなり法的性質を論じるのは、正しい思考方法とは思えません。


また、(現行)民法でも、売買契約の担保責任(特に瑕疵担保責任。570条)について、実務はあたかも純粋な法定責任説かのように理解されている方も多いのですが、個別の判例を見ていますと、不特定物に一定の要件の下で、瑕疵担保責任の適用を認め(最判昭和36年12月15日)、また、(純粋な法定責任説からは認められる余地がないとされる)履行利益賠償についても、数量指示売買の事案で、認められる余地はあると示しており(最判昭和57年1月21日)、判例の立場は一概にいえません。


ここからは全くの推測で、責任は持てないのですが、瑕疵担保責任についての事例問題が、新司法試験で出題された場合(なお、第2回新司法試験民事系)、「瑕疵担保責任→法定責任説→不特定物は適用外、信頼利益賠償のみ→あてはめ」と一刀両断する答案でも、不合格にならないとは思います(多くの受験生がそう書くから)が、必要に応じて、例えば不特定物への瑕疵担保責任の適用の可否が問題になっている事案では、前掲の昭和36年を引用し、履行利益賠償の有無が論点になっている事案では、昭和57年の判例を引きつつ、事案との関係で考えている答案の方が、高得点がつくような気もしています。


また今年の民事系第1問では、転用物訴権が出ているわけですが、肯定説と否定説の対立を延々と書くよりも、やはり昭和45年(ブルドーザー事件)と平成7年(ビル改修事件)の2つの判例の理解を示した上で、本件事案ではどうなるのか、ということを問うていたように思います。それが出来ていれば、学説上の有力説である転用物訴権否定説にあいさつしなくても、相当な高得点がついたように思います(あくまで推測ですが)。


色々と書いてきたわけですが、私としては、法学部や法科大学院生、司法試験受験生は、「学説軽視」と言われる覚悟で、条文と判例を学び、理解することを最優先すべきだと思います。もちろん、ここで言う「判例を学ぶ」というのは、単に判例の存在を、判例六法や予備校が出している択一六法の類で知っているだけではなく、判例がどのような事実関係の下で示されたものなのか、類似の事案が出題された場合に、それが判例が妥当する場合なのか、それとも妥当しない場合なのかを見極める力を身につける程度までに、学習することだと考えています。


もちろん、余力があれば(判例・実務に批判的な)学説に手を出してもよいと思います。しかし、法学部・法科大学院の限られた時間の中では、条文と判例を理解することで、時間切れになってしまうのではないかと思います。特に最近は、年々のように、新たな立法(会社法)や法改正があり、条文は増え(しかも、精密に作られている)、また、判例は次から次へと出てくる(百選がずっと刊行されているからといって、各科目100個だけ判例を理解すればよいものではありません)わけで、条文と判例をしっかり理解するだけでも、大変な時代になったと思っています。昔は条文も少なくて、判例も少なく、学説が自由に論じる余地が広かったですが、今は条文も判例も出てくる中で、自由に論じにくくなっている気がします(時の経過の必然ですが)。比喩的に言えば、パズルのピースが少しずつ埋められつつあるようなイメージでしょうか。緑先生の記事では、学説の重要性を主張する見解を引用しているわけですが、それはいずれも昔の世代の方々によるもので、今の時代(条文・判例が多数ある時代)に、そのままま当てはめることができないようとも思います。


司法試験受験生に、どうしてもに既存の条文・判例を批判する力を問いたいのであれば、それこそ既存の条文・判例を批判させるような問題を司法試験で出題をするしかありません。しかし、司法試験が必ずしもそうなっていないのは、やはり出題者が、「司法研修所に入所したいのであれば、既存の条文・判例をしっかり理解して、それを具体的事実の下で、使いこなせる力を、まずは身につけてほしい」というメッセージがあるからなのでは、と推測しています

2012-02-09

平成24年司法試験の出願状況について

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平成24年司法試験の出願状況について(法務省ホームページ)

http://www.moj.go.jp/content/000083783.pdf


ついに、今年の司法試験から、予備試験合格者が参入します(その数、95名)。

また、ごくわずかですが、「法科大学院課程修了見込者で,同課程修了の資格に基づいて受験するが,同課程を修了できなかったときは司法試験予備試験合格の資格に基づいて受験する」人が、6人います。

この人達は、法科大学院在学中(最終学年)に予備試験に合格した人、ということになります。

(なお、最終学年以外の人は、この6人に含まれていませんので、法科大学院在学中(最終学年以外)で、予備試験に合格された方は、存在すると思われます)

なお、この6人の方は、法科大学院を修了できない場合は、予備試験合格者として司法試験の受験することができるわけですが、予備試験に合格できるだけの能力がある人が、法科大学院を修了できない、ということは考えにくいです。



2012-02-09

あのとき勉強「しなかった」から今がある?

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社会の第一線で活躍する人が、「学生時代、○○を勉強しておけばよかったと思う」とこぼされることは少なくありません。法律の世界でも、新司法試験の試験科目以外の法律(企業法務では、金融商品取引法や保険法)や、法律分野以外の知識が重要(外国語、会計、経済学など)になるので、法曹実務家の方の中にも、そういうことをこぼす人は少なくありません。
 
しかし・・・。
 
仮に昔に、それらも勉強していたら、どうなっていたのか?
 
というのは、「学生時代、もっと○○を勉強しておけばよかった」と言う人は、たいてい学生時代に、別のこと(就活や国家試験の勉強)にきちんとエネルギーを割いた上で結果(例えば、司法試験合格とか、有名企業への就職とか)を出して、今があるからです。
 
例えば、企業法務分野の新人弁護士さんが、「会計とか、金融商品取引法とか勉強しておけば」と後悔することがあるとします。しかし、法科大学院時代に、それこそ企業買収の問題を、会社法に留まらず、金融商品取引法、官公庁や証券取引所が示すガイドラインの類まで手を広げ、果ては会計や税金などの法律以外の問題などまで、本格的に勉強していたらどうでしょうか。もちろん、それはそれで一つの成果にはなったかもしれません。しかしその反面、他の法律科目、特に新司法試験の科目の勉強が手薄になったりして、その方は、そもそも司法試験に合格できず、弁護士になれなかったのかもしれません。すなわち、この弁護士さんは、「金融商品取引法とかは勉強せずに、その時間を司法試験の勉強に集中していたから、司法試験合格し、弁護士になれた」とも言えるわけです。
 
いくら合格率が、旧司法試験に比べて高くなったとはいえ、新司法試験の合格者の合格体験記を読むと、ほぼ全ての合格者が新司法試験合格のため、100パーセントに近い力を、合格のための勉強に力を入れているように思います。(法科大学院生以外が、新司法試験科目以外のことに関心を持たないことは問題として)外野で非難する人も少なくないのですが、決して高くない合格率、法科大学院生の不合格後の進路は必ずしも広くないことからすれば、やむを得ないと言うべきでしょう。
 
もちろん、あれもこれも手を広げて、何でもマスターできる人は、極めて少数ながらいます。例えば、法律も、経済も、数学も、外国語も何でも出来る人。確かにいます。しかし、それはやはり少数なんだと思います。
 
はっきり言えば、勉強して意味のない分野はないんだと思います。例えば、法律とは全く関係ない本を読みあさることだって、法律家になるために意味のないこととは言えません。でも、それが「新司法試験合格という観点から見ると」、「就職活動で勝ち抜く観点から見ると」という前提をつけると、やっぱり意味のある勉強、意味のない勉強というのは出てきてしまうのが現実だと思います。
 
確かに、「あのとき勉強していれば」もっと別の世界が待っていたのかも知れません。しかし他方で、「あのとき勉強しなかったから今がある」とも言えるような気がしています。
 
身近なところでいえば、司法研修所への入所を目指すために、司法試験の合格を目指す人は、やはり司法試験合格のために全ての力を注ぐべきだろうと思います。周囲から、「あいつ、脇目もふらずに受験勉強をしているよ」と言われるぐらいがちょうどいいのだと思います。例え、合格後、就職後に、「あのとき、○○も勉強していれば」と思うことはあるかもしれませんが、「○○」を勉強した結果、逆に司法試験に不合格になっては、それこそ何にもなくなってしまうので。
 
昔であれば、「色んなことを勉強して、まわりみちするのも悪くない」と言えるかも知れません。しかし今は、大競争時代、格差社会です。「勝ち組」と、「負け組」にはっきり分かれる社会です。「勝ち組」は恵まれ、「負け組」には決して恵まれたとは言えない生活が待っています。しかも、「勝ち組」は勝ち続けるために、自己に有利なルールを設定することができます(競争社会のルールをつくり、評価するのは、「勝ち組」です)ので、「負け組」が、「勝ち組」ことは、簡単なことではありません。そのような社会では、目先の勝負に「勝つ」という目標達成のために、取り急ぎ意味のない勉強を切り捨てるのは、合理的なんだと思ったりもします。

2012-02-03

法曹の養成に関するフォーラム第7回会議より

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法曹の養成に関するフォーラム第7回会議(平成24年1月27日開催)
http://www.moj.go.jp/housei/shihouhousei/housei01_00083.html

新司法試験と予備試験の結果について

http://www.moj.go.jp/content/000084045.pdf


既に公表されている資料をまとめたり、別の角度から分析したものですが、

各法科大学院のこれまでの司法試験合格者数、合格率がよく分かります。


司法試験はあくまで個人戦なので、法科大学院別の成績は関係ないとは言えば関係ありません。

極論すれば、どの法科大学院でも、司法試験に受かる人は受かり、落ちる人は落ちるのです。


しかし、不思議なもので、それでも法科大学院別の合格者数、合格率は年によって乱高下しているわけではありません。


2012-02-03

意外と知られていない本かも

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『〈判例から学ぶ〉民事事実認定』(有斐閣、2006年)

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/4641113920


〈判例から学ぶ〉民事事実認定 (ジュリスト増刊)/伊藤 真
¥3,150
Amazon.co.jp



(現物の)目次を見ていただくと分かりますが、多くは裁判官、特に司法研修所教官や経験者の裁判官も目立ちます。研究者の先生も書かれていますが、有名な民法、民事訴訟法の研究者の先生ばかりです。


全て読んだわけではないのですが、いくつかの項目について読んでみたら、勉強になった記憶があります。法科大学院生や司法試験受験生の必読文献というわけではありませんが、この本の存在を知っていることは、何かの役に立つと思います。



2012-02-02

請求が認められるためには・・・

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この記事。


浦安液状化:住民27戸が提訴 三井不動産に7億円請求(毎日jp)

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120202k0000e040158000c.html

 

本件の住宅売買が特定物売買とした上で、瑕疵担保責任(民法570条)に基づく損害賠償請求という訴訟物が第一に考えられます。
 
そこで法的に問題になる点としては、第1に、民法570条にいう「隠れた瑕疵」にあたるか、という問題です。さらにこの要件は、「隠れた」と「瑕疵」の2つの要件に分解することができます(「隠れた瑕疵」という要件を一元的に把握する学説もありますが、ここではおいておきます)。
 
まず「瑕疵」要件ですが、瑕疵担保責任の法的性質の如何を問わず、個々の契約の趣旨に照らして目的物が有すべき品質・性質を欠いていること、という主観的瑕疵と解するのが通説です(潮見佳男『債権各論Ⅰ契約法・事務管理・不当利得 第2版』(新世社、2009年)82頁参照)。したがって、本件の売買契約において、一定規模以上の地震が発生しても、液状化による被害が発生しない品質を備えている必要があったかが問題になると思います。三井不動産側としては、東日本大震災規模クラスの大地震が発生しても、液状化による被害が発生しない品質を備えているということは、本件の目的物が有すべき品質・性質にはあたらない、と主張する可能性があります。
 
次に、「隠れた」の要件ですが、判例・通説によると、買主の瑕疵についての善意・無過失を示すとされています(ただし、判例は「不表見の瑕疵」という枠組みを採用しているとして、学説とニュアンスが若干異なるという指摘もあります。潮見佳男『債権各論Ⅰ契約法・事務管理・不当利得 第2版』(新世社、2009年)84頁)。本件の買主に、液状化の危険がある土地であることを知っていた者は、おそらくいなかったと思いますし、また、購入したのは業者ではなく、消費者ですから、液状化の危険がある土地であるかを調査する義務があったとも言えません。したがって、買主の善意・無過失についてはクリアできると思います。
 
第2は、期間制限の問題です。民法570条が準用する566条3項では、「買主が事実を知った時から1年」とあります。東日本大震災が発生した2011年3月11日から、本件提訴まで1年が経過していませんから、この問題はクリアできます(1年の期間制限についてどの学説に立とうとも、1年以内に訴えを提起すれば、この要件はクリアできます)。
 
しかし、記事では、「東日本大震災により、市内の約85%が液状化し、住宅約8500戸が傾くなどの被害を受けた千葉県浦安市で、80年代に分譲されたタウンハウスの住民が、損害賠償を求めて立ち上がった」とある点が気になります(アンダーライン等は、ESP)。というのは、次のような判例が存在するからです。
 
最判平成13年11月27日民集55巻6号1311頁
「買主の売主に対する瑕疵担保による損害賠償請求権は,売買契約に基づき法律上生ずる金銭支払請求権であって,これが民法167条1項にいう「債権」に当たることは明らかである。この損害賠償請求権については,買主が事実を知った日から1年という除斥期間の定めがあるが(同法570条,566条3項),これは法律関係の早期安定のために買主が権利を行使すべき期間を特に限定したものであるから,この除斥期間の定めがあることをもって,瑕疵担保による損害賠償請求権につき同法167条1項の適用が排除されると解することはできない。さらに,買主が売買の目的物の引渡しを受けた後であれば,遅くとも通常の消滅時効期間の満了までの間に瑕疵を発見して損害賠償請求権を行使することを買主に期待しても不合理でないと解されるのに対し,瑕疵担保による損害賠償請求権に消滅時効の規定の適用がないとすると,買主が瑕疵に気付かない限り,買主の権利が永久に存続することになるが,これは売主に過大な負担を課するものであって,適当といえない。
 したがって,瑕疵担保による損害賠償請求権には消滅時効の規定の適用があり,この消滅時効は,買主が売買の目的物の引渡しを受けた時から進行すると解するのが相当である
 
長々と引用しましたが、要は瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権についても、民法167条1項の規定の適用があり、判例によれば、引渡しから10年の期間制限(時効)にかかる、ということです。
 
そうなると、本件訴え提起より、本件土地が10年前に引き渡されている場合は、損害賠償請求権が時効によって消滅している可能性もあります。
 
当然、原告代理人はこの判例の存在を知っていると思いますから、この判例が本件事案の射程外であるという主張をすると思われます。1つの考え方としては、次のようなものが考えられます。
 
「上記平成13年が引渡し時点を起算点としているのは、引渡し以後であれば、瑕疵を発見することができる、という点にある。しかし、本件のような液状化のリスクは、専門家ではない者にとって発見することは不可能に近く、また、発見する義務もないと言うべきであることから、引き渡されても発見できる瑕疵とはいえない。したがって、本件事案で引渡し時点を時効の起算点とするのは不当であり、平成13年の引渡時を起算点とする判例の射程は、本件事案に及ばない」
 
以上の論理が裁判所に認められるかはもちろん分かりません。

 
さらに賠償範囲の問題もあります。記事では、「地盤改良工事費や建物の取り壊し費、慰謝料などを支払うよう求めた」とあります。しかし、瑕疵担保責任についての法定責任説では信頼利益のみの賠償を原則とするので、地盤改良工事費や建物の取り壊し費が認められるのかは議論の余地がありそうです。
 
この問題に関して、法定責任説は信頼利益のみを原則(※)、契約責任説は履行利益を認める、と言われるわけですが、いざ具体的な問題となると、何が信頼利益で、何が履行利益かは判別しにくいところです。また我が国の民法典の条文を素直に読めば、信頼利益と履行利益の区別はしていないわけであり、両者の区別をそもそもすべきなのかが問われる必要があります(学説上は、両者の区別に懐疑的なものも見られます。私もこれを支持します)。もっと言えば、履行利益、信頼利益概念を操作してしまえば、何とでも言えるわけです。なお、瑕疵担保責任の損害賠償請求における損害賠償の範囲の論点は、第2回新司法試験民事系第2問で出題されています。
 
※法定責任説の代表格と言えば、我妻栄先生が思い浮かぶと思います。しかし、我妻先生の瑕疵担保責任のところの記述をみてみると、「買主に過失がある場合には-契約締結上の過失の責任に一歩を進め-履行利益の賠償責任を負うものと解すべきではあるまいか」(我妻栄『債権各論中巻一(民法講義Ⅴ2)』(岩波書店、1957年)272頁)と説明しています。
 
なお、以上の問題から分かるように、瑕疵担保責任についての法定責任説か契約責任説かという立場決定から一義的に決まるものではありません。法律学は自然科学ではないので、性質が決定されたからといって、内容が一義的に決めることはできません(極論すれば、説の内容を操作すれば、何とでも言えるわけです)。現に法定責任説にも色々なバリエーション、契約責任説にも色々なバリエーションがあるわけです。
 
以上は瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権が訴訟物としての法的問題について考えてきました。しかし、本件訴訟は別の訴訟物ということも考えられます。それは、民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求権です。
 
この場合は、過失責任ですから、709条の「過失」の有無が問われることになります。具体的には、被告である三井不動産が分譲当時に、巨大地震による液状化の危険を予見し、また予見できたか、その上で、対策する義務があったかが問題になることでしょう。
 
また、不法行為に基づく損害賠償請求権でも、不法行為の時から20年という除斥期間(除斥期間と性質決定するのが、判例・多数説)があります(民法724条後段)。ですので、分譲(売買)を不法行為とすると、除斥期間にかかってしまう可能性があります。したがってここでは、損害発生時が起算点である「不法行為の時」とした、じん肺訴訟の判例(最判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁)が、本件にも妥当することを、原告側は主張しているものと思われます。
 
これに対しては、契約関係のある場合は、不法行為責任が認められないとの主張も考えられます。しかし、判例は請求権競合説なので、契約関係があることをもって不法行為責任が否定することは考えにくいです。
 
というわけで、色々と法的問題の多い訴訟であると感じる次第です。


追記、不法行為に基づく損害賠償請求権を訴訟物としていることは、明らかになりました。


液状化被害の住民、三井不動産を提訴 千葉・浦安(朝日新聞デジタル)

http://www.asahi.com/national/update/0202/TKY201202020134.html



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