『長江哀歌』に人生を教わる | ケセラセラ通信日記

『長江哀歌』に人生を教わる

20日の土曜日、恒例の映画観賞会でジャ・ジャンクー(賈樟柯)監督の『長江哀歌(ちょうこうエレジー)』(06年)を見た。ジャ・ジャンクーという名前は数年前から知っていて、見たい見たいと思っていたのだが、ほとんど見逃していて、唯一『三人三色』(01年)というオムニバス・ドキュメンタリーの一編を見たきりだった。
その一編だけでも、彼が並々ならぬ力量を持っていることは察せられたが、『長江哀歌』は『三人三色』で抱いていたイメージを超え、さらに幅広いスケールの大きさを感じさせてくれる映画だった。具体的には、ドキュメンタリーのような劇映画を想像していたのだが、それに加え、演劇的でもあり、シュールでもあり、ユーモアさえ漂っていたのだった。
何より感心したのは、その世界観で、これが37歳の青年が撮った映画だとは信じられないくらいだ。
舞台は建設進む三峡ダムの周辺で、人心も含め混乱と破壊の中にある。そこに、山西省の田舎から、16年前に家を出ていった妻と娘に会うために一人の冴えない中年男が、そして2年前に出稼ぎに出たまま音信不通になった夫を捜して30代ぐらいの看護師が出てくる。二人は同じ山西人だが、知り合いではなく、物語の中でも出会いそうで出会わない。互いに内に秘めた思いを持ち、捜していた人に巡り会うと、相手との関係の中でそれを確かめるように吐露し、見事に自分の人生を選び取る。それは、男にとっても女にとっても、決して楽な道ではない。しかし、男も女も、充分に考え抜いてその道を選ぶのだ。うーん、参りました。
最初は冴えない中年男と見えたハン・サンミンが、ラストシーンでは雄々しいヒーローに見えてくるのだ。木村拓哉のHEROどころじゃない、この苛酷な人生をどう生きるべきかを、寡黙に身をもって教えてくれる男の中の男だ。
ジャ・ジャンクーは、どんなに世界が荒廃しても、絶望的でも、人には人の生きる道があり、それがいかに厳しい道であっても、そこを踏み外さなければ大丈夫だ、と言っているような気がする。しかも、社会の最底辺でいちばん辛い目に遭っている人々の中で、同じ眼の高さで。
37歳の青年監督に、そういう世界観を提示され、「そうですね。でも、私にできるでしょうか」と感じている56歳も困ったものだが。ともあれ、これでジャ・ジャンクーから目が離せなくなったのは確かだ。
映画製作も苛酷を極めたらしく、広い中国ではロケ地・奉節(フォンジェ)の言葉が分かりにくく(ジャ・ジャンクー監督も、サンミンと同じ山西省の出身)、そこで2005年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞を受賞した『水没の前に』の二人の監督が大いに活躍・協力したというのは、嬉しいエピソードだった。
撮影はユー・リクウァイ(余力為)で、ソニー製の小さなHDVカムというキャメラを使っているらしく、その写真がパンフレットにも載っているが、そんなキャメラだとは信じられないくらい美しく、瑞々しい映像だ。大衆的な恋の歌とともに、キャメラが長江の川面を滑りだすシーンでは、なぜか泣きそうになってしまった。

さて、今回の映画観賞会の参加者は、Nさん、K先生、Yさん、Hさん、初参加のYさんだった。初参加のYさんはご自宅が遠く、また連日のハードなお仕事のため、映画を見てすぐ帰られ、残る5人で居酒屋へ。
居酒屋では、その日見た映画の話が出たり出なかったりするが、この日は映画を肴に盛り上がった。あのUFOや飛び上がる廃墟は何だったの? という話から、K先生には李白や水滸伝の話を教えていただいた(もう忘れたけど)。私は、「そもそも、ダムの底に沈むはずの建物を、なぜあんなに必死になって壊すの?」という疑問を呈したが、納得のいく答えは得られていない。どなたか、ご存知じゃありませんかね。
まあそんなこんなで楽しくおしゃべりし、私はいささか飲み過ぎて、昨日(21日)は一日中頭ズキズキで、何もできませんでした。