2010-10-16

虎にしびれて

テーマ:読書
小杉なんぎんさんが、自著を送ってくださった。書名は『虎にしびれて』、サブタイトルに「歌集 阪神タイガース」とある。新書判、208ページ、KKロングセラーズ発行、定価800円。オビ(実は表紙に印刷されている)には「前祝い! 阪神タイガース優勝!」とあって、それがちょっと哀しい。
ケセラセラ通信日記-虎にしびれて

小杉さんとは、15年前に一度会ったきりだ。私が三五館という出版社の大阪支社で仕事をしていたころ、その事務所で会った。当時は「小杉なんぎ」というペンネームを使っておられた。いわゆる持ち込み原稿について話をお聴きし、編集者としての意見を申し上げたのだったと思う。小杉さんによれば、「僕の話を2時間も誠実に聴いてくださって、世の中にはこんな人もいるのかと思った」というのである。我が事ながら、「ほんまかいな!?」と突っ込みたくなる。
その折の原稿は、自由短歌というのか、日々の思いを形式にとらわれずに短い歌にしたもので、面白くユニークな切り口だったが、三五館での出版には至らなかった。
つまり私は、小杉さんが望んでいた出版を断った立場の人間である。その私に15年を経て自著を送ってくださるとは、なんと律義なことだろう。さっそく読んでみた。
《恋人にフラれてしまったかのような凡打の濱中そんな顔する》
《審判の右手が上がるその前にマウンド降りて江夏輝く》
《ホームラン狙うボールは高目だとわかっていながら投げる藤川》
など、阪神ファンなら「よく言ってくれた!」と膝を叩きたくなるような、ニヤッと笑いたくなるような歌が170首収録されている。通読して思うのは、その観察眼の確かさ、鋭さである。好きこそものの上手なれ、というが、よく見ているなあと感心する。各首の横には、解説というか補足というか、歌の内容につかず離れずの短い文章も載っている。その両者のバランスが絶妙で、これもひとつの芸だと思った。
この本で、小杉さんが40年来の阪神ファンだということを初めて知ったが、イラストや4コマ漫画も手掛けておられることに驚いた。そのイラストは、選手のシルエットだけが描かれ、これも「分かるやつには分かる」というシブさなのだ。
小杉なんぎんさんが、短歌の改革という志を持続しつつ、地道に創作活動を続けてこられたことに敬意を表し、同時にこのたびの出版を祝福したいと思う。だが、小さな出版社からだし、マスコミにも取り上げられていないので、販売面では苦戦しているようだ。今日、紀伊國屋書店の梅田本店に寄ったら、スポーツ本のコーナーに、棚さしで2冊置いてあったが。
明日(17日)の午後3時~7時ごろには、梅田歩道橋の上で著者自らが本を売るそうだ。阪神ファン、そして短歌・川柳・俳句などに興味のある方は、ぜひ行ってみてください。明日が晴れることを祈ってます。
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2010-10-13

油断

テーマ:ヨーガ
映画観賞会と重なったり、ぎっくり腰をやらかしたりで、ほぼ3週間ヨーガ教室に行けなかった。行けないまま長崎旅行に出発し、そこでは当然記念写真を撮ってもらう。その写真を見てガクゼンとした。「俺って、こんなに太ってるのか。と言うより、こんなに腹が出ているのか」と……。
醜い! こんな自分は見たくない! 消えてしまいたい!
ぎっくり腰になったのは出発の4日前で、旅行に行けなくなると同行の友人に迷惑がかかるので、安静にこれ努めた。つまり寝てばかりいた。それもあって太ったのだと思うが、3週間のヨーガ・ブランクも影響していると思う。若いころと違って、この歳になるとすぐ太ってしまう。油断大敵である。

というわけで、旅行から帰ってすぐ、ヨーガ教室に行った。「お久しぶりです」と声をかけられ、「3週間ほど全然来れなくてね」と答えると、「でも、体形なんかもほっそりされて」と言われ、「ええー、とんでもない」となった。これで《ほっそり》なら、俺って普段どれだけ太ったイメージを持たれているのかと、逆にこたえた。太めの人に対しては、気安く「太った」の「痩せた」のと言わぬのが心遣いというものであろう。私もしょっちゅう言ってしまうのだが。

さて、久しぶりのアーサナ(ヨーガの姿勢・ポーズ)は、やっぱりきつかった。特に私の苦手なハラ・アーサナ(鋤の形)では、よっぽど辛そうに見えたのだろう、指導者がほかの人より早く「はい、やめて」と声をかけてくださった。ヤレヤレ。
ケセラセラ通信日記-ハラ・アーサナ(鋤の形)
ヨーガ本来の目的は痩せることではないのだが、今はなによりも痩せたいと思う。邪道なのは分かっているが、それがモチベーションとなってヨーガに励めれば、それはそれで良いことではないかと思っている。
しかし、煙草値上げを機の禁煙もできなかったし、このダメ人間に結果が出せるのだろうか。
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2010-10-12

長崎の旅

テーマ:日常
連休を利用して、年若い友人と長崎旅行。3日間で主要な観光スポットは回り、名物といわれるものも食べた(トルコライス、シャーベット状のミルクセーキ、長崎ちゃんぽん、豚の角煮、カステラなど。「吉宗(よっそう)」の茶碗蒸しは食べそこねた。夜の8時に店が閉まるんだもの)。
印象深かったのは、長崎原爆資料館と国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館、そして軍艦島。
原爆資料館は、展示物が豊富で見せ方も計算されていて、じっくり時間をかけて見ることができた。展示されている写真の多くが、山端庸介(やまはた・ようすけ)という従軍写真班員が撮ったものだと知る。記録しておくことの重要さを思った。
隣接する追悼平和祈念館のほうは、一転して静かな祈りの空間になっている。主要な施設は地下にあり、展示や説明は最小限にとどめ、光と水が効果的に使われている。2003年に造られたもので、設計は栗生明(くりゅう・あきら)。2006年に村野藤吾(むらの・とうご)賞を受賞している。私は自然に、原爆による犠牲者たちに手を合わせる気持になった。来館者が少なかったのが残念。
そして軍艦島だが、正式名称は端島(はしま)。いわゆる「廃墟」ブームで有名になった島だ。長崎半島から西に約4.5キロの沖合に位置する。見学通路が整備され、昨年から一般観光客も上陸できるようになった。長崎港から船で約1時間、見学に1時間という「軍艦島クルーズ・上陸コース」。その折にもらったパンフレットには、こうある。
《端島では、1810年頃に石炭が発見され、佐賀藩が小規模な採炭を行っていましたが、1890年三菱合資会社の経営となり、本格的海底炭坑として操業が開始されました。/出炭量が増加するにつれ人口も増加し、狭い島で多くの人が生活するため1916年には日本初の鉄筋コンクリート造の高層集合住宅が建設され、最盛期には約5,300人もの人々が住み、当時の東京都の9倍もの人口密度にまで達しました。/エネルギー革命により、エネルギーの需要が石炭から石油に移ったことで、出炭量も人口も徐々に減少し、1974年1月に閉山した後は、同年4月に無人島になりました。》
大正期から戦争中にかけては、朝鮮人や中国人労働者も多く、その過酷な労働条件のために「監獄島」と呼ばれていたそうだが、そんなことはパンフレットには載っていず、「……にお目をお向けください」と繰り返す案内係も一切触れない。
とはいえ、実際に見た軍艦島は壮観であった。見学通路は島の端を巡る。周囲全体からすれば、五分の一程度の長さか。柵が設けられ、そこから中へは入れない。見学広場が途中の3箇所にあり、そこで立ち止まって係員の説明を聞く。最盛期(1960年ごろ)の話が主だ。秋だというのに、日差しは強く、暑い。高い防波壁に囲まれているため、風は通らない。ここで働くことの厳しさを思った。目の前には、まるで映画のセットのような巨大な廃墟群が広がっている。空高くに、トビ(?)が4羽ほど舞っている。私は『フルメタル・ジャケット』(スタンリー・キューブリック)の一場面を連想していた。
保存と見学通路の延伸を望みたい。ちなみに、「軍艦島クルーズ・上陸コース」の料金は4300円だった。
$ケセラセラ通信日記-軍艦島(端島)風景
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