母はよく働いた。
平日は鯛や鯵などをさばいて、干物を作り・・・
週末は民宿をきりもりし、いつも忙しそうに働いていた母だった。
寒いこの時期に夜遅くまで外に出て、魚をさばいている姿を
私は物心ついた頃から、ずっと見てきた。
手はいつもガサガサに荒れていて、ささくれ立っていたけれど、
その手で背中をさすってもらうのが、好きだった。
母はコロンコロンと太っていた。
その背中はとても広くて温かい・・・。
私は母の背中が好きだった。
母の座っている後ろに回り、
その広く温かな背にもたれ耳を当てる・・・。
母の話す声は私の耳からではなく、体全体から感じ取る事ができた。
母の声はとても心地がよかった。
母の丸太のような太ももに寝っころがって、
耳掃除をしてもらうのも好きだった。
私の誕生日にはいつもオムライスを作ってくれた。
大好物だったから・・・私だけいつもひと回りでかくて、
それが幼心にとても嬉しかった。
母の手術前の夜・・・私はお風呂の中でそんな事ばかり考えていた。
なぜ・・・母なのか?
なぜ・・・母なのか?
母は体に良いと言われる事は、とにかく実行する人だった。
食後に1本の炭酸飲料が胃腸の働きを活発にさせるから良いと聞けば、
夕食後、食卓には家族の人数分のキリンレモンが並べられていたし、
食後に1個のりんごが良いと聞けば、
山盛りのりんごが食卓にうずたかく盛られていた。
インスタントのものは、体に悪いと化学調味料も嫌っていた。
味の素・いの一番は使わない・・・。
粉末だしの素も使わない・・・。
天然昆布と自家製のだし雑魚とかつおぶしで
面倒でも、だしをとっていた。
それでもインスタントラーメンを食べたがる私たちに、
スープは飲まずに残しなさい・・・スープには
添加物がいっぱいだから、癌の素だ・・・と・・・。
父の健康を考え、娘の健康を考え、
母はがむしゃらだったのかもしれない。
私は生まれた時から気管支が弱かった。
『喉が痛い・・・』と言えば、枕を並べて看病してくれたし、
真っ赤な大きなイチゴを、こっそり私の為に買っておいてくれた。
そんな母が・・・なぜ?
そんな母が・・・なぜ?
そう思えば思うほど、涙はあふれる・・・。
シャワーの中で私は声を殺して泣いた・・・。
私は私の今の生活に夢中だった。
そんな日々の中で、少しでも母の事を思う時間があっただろうか?
いつも元気なのが当たり前だと思っていた。
どこか疲れていても、そんな歳なんや・・・としか声をかけなかった。
少しくらい痩せたって、気が付かないくらい、
私は母の事を見ていなかったのだろう。
手術の朝に点滴を押しながら、トイレに立った母の姿を見て愕然とした。
ふくよかな体は他人と見間違えるほど、痩せていたし、
私の好きだった背中がひとまわりもふたまわりも小さくなっていた。
もしもこの世に神様がいるのなら、
どうして母にこんな仕打ちをするのだろうと・・・。
どうして人の何倍も健康に気をつけていた母なのだろうと・・・。
・・・悔しくてならない。
・・・悔しくてならない。
母の病名は・・・・・・・・・・大腸ガン。



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