伝説の演技となれ!!~浅田選手の『鐘』とパノバ選手の『別れの曲』 | ツイズルのセカンドハウス

伝説の演技となれ!!~浅田選手の『鐘』とパノバ選手の『別れの曲』

今季の浅田選手の『鐘』のプログラムを見て、思い出した選手がいます。
新体操のビアンカ・パノバ選手です。

パノバ選手とは、1980年代後半に大活躍したブルガリアの選手です。
パノバ選手は、1987年にバルナで開催された世界新体操選手権で、史上初の個人総合・種目別の全12演技で10.00点満点を記録、全種目を制覇して注目されました。
そして、1988年のソウルオリンピックの金メダル大本命と言われていました。
しかし、ミスが出てメダルを逃しました。
けれど、メダルこそ逃しましたが、メダリストよりも、人の心に残った選手であると思います。

特に、ショパンの『別れの曲』を使ったクラブは、名プログラムとして見た人の心に今でも刻まれています。
そして、メダリストになれなかった原因になったのがこのクラブの演技でした。
予選で、4種目中、一番最初の演技がクラブで、その大技にキャッチミスが出たのでした。
当時の新体操は10点満点採点で、少し前から10点満点が連発されており、ミスをした時点でメダルがなくなったことは明らかでした。
特に、ソウルオリンピックでは、決勝で上位の選手が4種目とも10点という異常な状況でした。
パノバ選手も、決勝では、4種目を完璧に演技していますが、予選の点数が持ち点になるため、クラブの点数が致命傷となり、メダルを逃したのでした。

クラブという種目は、2つの手具を操らなければならないため他の種目に比べてミスが多い種目で、その特性から、速いテンポの曲で、乗って演技をするプログラムが多い傾向にあります。
そのクラブで、『別れの曲』のようなスローな曲を使うこと自体、驚きでした。
しかも、オリンピックシーズンに、です。
ミスが出た大技というのは、後方へのクラブ2本投げ・後転して背筋姿勢での2本キャッチという最高に難易度の高い技でした。
この技は非常に難度が高く、現在でもできる選手はほとんどいないと言われています。
さらに、曲がスローなため、速いテンポで乗って技を成功させることが難しく、究極の精度が求められます。
このプログラムは、さすがのパノバ選手も成功率をなかなかあげられず、そのため、オリンピック前の大会ではなかなか上位にいけないという状況でした。
けれど、パノバ選手もネシュカ・コーチも、このプログラムを決して変えようとはしませんでした。

YouTubeでは、技が成功した決勝の演技があがっていますので、ご覧になって下さい。
20年以上を経て、こうやって『別れの曲』の演技を見ることができるとは感激です。
UP主様、本当に感謝します。


Bianka Panova 1988 Olympic Games Clubs


1分15秒あたりに大技が出てきます。
この演技では、クラブをキャッチする時、両肘が少し曲がってキャッチしています。このクラブの演技は、当時、私は何度もテレビでリアルタイムで見ましたが、ピタリと決まる時には、肘が伸びた両腕先の手の中にクラブが吸い込まれていくような、そんな演技をしていました。
まさに神業でした。

単にメダルを取るためだけであれば、もっと乗りやすい曲で演技しやすいものを選べばよかったわけですし、ここまで難しい技を入れる必要もなかったわけです。
パノバ選手ほどの選手であれば、無難な技だけで10点満点を出すことは可能で、そうしておけば金メダルは固かったはずです。
アナウンサーも、最後のところで、「同じ10点を取るにしても、もう少し楽をして取る方法もあるんじゃないですか?」と言っています。

しかし、パノバ選手も、ネシュカ・コーチもその道を選びませんでした。
無難な演技でのメダルよりも、アスリートとしての最高の演技を追及したのです。

結果は、パノバ選手にとって最高のものではありませんでしたが、このクラブの演技で、確かにパノバ選手は伝説の選手となり、『別れの曲』に乗せたクラブの演技は伝説のプログラムとなったのでした。

オリンピック本番で失敗した選手を浅田選手に重ねるな、とお怒りになる方もおられるかもしれません。
でも、私には、2人のオリンピックや演技に対する姿勢がダブって見えて仕方がありません。
浅田選手の『鐘』を見るたび、パノバ選手の『別れの曲』を思い出します。
そして、パノバ選手の『別れの曲』を見るたび、浅田選手の『鐘』を思い出すのです。
新体操も、フィギュアスケートと同様、スポーツではありますが美しさもその対象となります。
しかし、スポーツである以上、難度の高い技に挑む姿勢というのは必要ではないかと思います。

今、パノバ選手が、この演技とオリンピックの結果についてどう考えているのか、それは私は知りません。
「無難にまとめておけばよかった。金メダリストの称号が欲しかった。」
そう考えているでしょうか?
私はそうは思いません。

女子シングルFSの時間が刻一刻と近づいて来ています。
残念ながら、パノバ選手は大技を決めることができませんでしたが、浅田選手は、きっと2回の3Aを決めてくれる、私はそう思います。

そして、パノバ選手が伝説となったように、明日のFSの浅田選手と『鐘』の演技は、後々まで語り次がれる、そんな伝説となることも、私は確信しています。