プラニバース:二次元生物との遭遇 | 【 未開の森林 】

プラニバース:二次元生物との遭遇


1984年、カナダの数学者A・K・デュードニー (A. K. Dewdney) によって著された「プラニバース」は原題を The Planiverse: Computer Contact with a Two-Dimensional World といいます。SF文学の一冊と見なされていますが、数学・物理学・機械工学・生物学・神秘学などの知識を注ぎ込んだ異質な世界観は空想小説というジャンルを超えており、著者の思想を寓話的に表現した傑作です。

まだ僕が日本に住んでいた頃、14歳だったでしょうか、この本を近所の図書館で見つけて「こんな世界があったのか」と驚かされ、強く印象に残りました。その後、少々歳をとって知識や人生体験を得てからアメリカで原書を読む機会があり、その想像世界の巧妙な仕組みに再度の興奮を感じました。


「もし二次元の世界があったら・・・」という設定の物語は、カナダのある大学の教室から始まります。コンピュータ科学の教授である主人公(著者)は、生徒達とともに二次元の仮想生態系をコンピュータ上に構築しました。原子や分子のレベルから組み立て上げられた仮想世界は徐々に生物を進化していき、次第に知性を持つアールデ人が生まれます。教授はそのアールデ人の一人「イェンドレッド」と接触することに成功し、不思議なことに、この仮想世界は実際に存在する二次元世界につながっていると発見します。




毎日のように教授や生徒と知的な会話を交わし、自身の世界観を超えた未知なる次元があることを確信した二次元生物のイェンドレッドは、ある神秘体験をきっかけに彼の世界で唯一の大陸を横断することになります。

「プラニバース」の話の筋は基本的に、イェンドレッドの旅に沿って、アールデ人たちが住む二次元世界を描写する旅行記となっています。それがどのように風変わりなものかというと、目の前に縄が垂れ下がっているだけで前方が何も見えなくなるという単純な例を挙げることで察せられると思います。本に含まれた豊富な挿絵や図を見ながら読んでいくと、極小に薄い平面世界に生きることが実にリアルに想像できるのが楽しいです。

この記事の初頭に掲載した画像にはアールデ人の消化器官が見られます。我々のような空洞の食管だとアールデ人は半分に分かれてしまうので、彼らの食管はジッパーのような構造になっており、口から飲み込まれた食べ物が徐々に下降していくあいだ、開いたり閉じたりします。

アールデ人の生体構造だけでなく、惑星や気象、建築物や社会生活まで、平面上での存在に適応した独自の世界体系を織り成しています。人々の行き来を妨げないように建物は全て地下に建てられています。釘は役に立たないため、建物は糊とテープで結合されています。ドアや椅子も特別な仕組みとなっています。また、彼らは二次元のゲームも考え出していました。


イェンドレッドの旅に伴って話に釣られていく内に、この本の醍醐味である神秘的な真髄に近づきます。彼の世界の東半分と西半分が出会う中心地に建てられた四角形の寺院で、イェンドレッドはある賢者を見つけます。その老人は三次元の方向に動くことを学んだので、ある一箇所でいきなり消えて、違った場所に現れるといったことが出来ます。つまり二次元の制約を超えてしまったのです。

老人がイェンドレッドに説くには、この三次元とは目に見えないもので、彼らの世界を包み込んでいます。どの方向を指しても三次元であると言え、またどの方向を指しても三次元ではないと言える。また、三次元の存在について知ったものは、それまで住んできた世界がいかに「平面的」であったかを学ぶ。

イェンドレッドが三次元の知識を得て間もなく、教授や生徒達との交信が途絶えます。何が起こったのかは明らかではなく、読者それぞれの想像にまかせています。

この最後の部分が僕にとって最も感慨深い点です。「プラニバース」を書いた作者は、ただ二次元の世界について書いているのではなく、三次元に住む我々に向けてメッセージを送っていると見えます。二次元生物のイェンドレッドが三次元を発見し、その神秘を解明しようと努力を続け、ついに彼の世界の制約を超越してしまうというストーリーは、我々も四次元というものに気が付いて、その意味を探れば新たに視野を広げることができるのだと呼びかけています。

この四次元とは一体いかなるものなのでしょうか。数学や理論物理学において時間の流れを意味するものだと片付けてしまう人もいれば、我々の想像を絶した希薄な生命体がうごめく霊界だと考える人もいる。人類の共同無意識や想像世界だという説明もあれば、存在自体が夢見てきた過去・現在・未来の全ての可能性が内蔵されたところであるという解釈もあります。その本質を探究する者は、二次元生物のイェンドレッドのように未知の世界を求める旅に出て、矛盾や不合理性をはらんだ超越的かつ深遠な真実を発見するのかもしれません。

・・・・・



プラニバース:二次元生物との遭遇 (工作舎)

カナダ、ウェスタン・オンタリオ大学コンピュータ・サイエンス科のA・K・デュドニー教授のクラスで、突如変異が起こった。シミュレーション深層に使っていたコンピュータのモニターに、YNDRD―イェンドレッドと名のる二次元生物が交信をしてきたのだ。四本の手と昆虫のような頭部を持ったこの奇妙な生物は、平面宇宙「プラニバース」の中にある高度な二次元文明の住人だった。デュドニー教授と学生たちは、イェンドレッドに導かれて、奇想天外なブラニバースへの旅に出発する。

【目次】

序 2Dワールドとの交信

1 円形惑星アルデ

2 海辺の家にて

3 大海フィディブ・ハール

4 首都イズ・フェルブルトへの道

5 地下都市での滞在

6 哲学者との出会い

7 ピュニズラ研究所

8 芸術都市セマ・ルーブルト

9 ダール・ラダムの高みに

10 古代神殿での体験

11 高次元への旅