「ジャバウォックの詩」 | 【 未開の森林 】

「ジャバウォックの詩」



夕火(あぶり)の刻、粘滑(ねばらか)なるトーヴ
遥場(はるば)にありて回儀(まわりふるま)い錐穿(きりうが)つ。
総て弱ぼらしきはボロゴーヴ、
かくて郷遠(さととお)しラースのうずめき叫ばん。

『我が息子よ、ジャバウォックに用心あれ!
 喰らいつく顎(あぎと)、引き掴む鈎爪!
 ジャブジャブ鳥にも心配るべし、そして努(ゆめ)
 燻り狂えるバンダースナッチの傍に寄るべからず!』

ヴォーパルの剣(つるぎ)ぞ手に取りて
尾揃(おそろ)しき物探すこと永きに渉れり
憩う傍らにあるはタムタムの樹、
物想いに耽りて足を休めぬ。

かくて暴(ぼう)なる想いに立ち止まりしその折、
両の眼(まなこ)を炯々(けいけい)と燃やしたるジャバウォック、
そよそよとタルジイの森移ろい抜けて、
怒(ど)めきずりつつもそこに迫り来たらん!

一、二! 一、二! 貫きて尚も貫く
ヴォーパルの剣(つるぎ)が刻み刈り獲らん!
ジャバウォックからは命を、勇士へは首を。
彼は意気踏々(いきとうとう)たる凱旋のギャロップを踏む。

『さてもジャバウォックの討ち倒されしは真(まこと)なりや?
 我が腕(かいな)に来たれ、赤射(せきしゃ)の男子(おのこ)よ!
 おお芳晴(かんば)らしき日よ! 花柳かな! 華麗かな!』
父は喜びにクスクスと鼻を鳴らせり。

夕火(あぶり)の刻、粘滑(ねばらか)なるトーヴ
遥場(はるば)にありて回儀(まわりふるま)い錐穿(きりうが)つ。
総(すべ)て弱ぼらしきはボロゴーヴ、
かくて郷遠(さととお)しラースのうずめき叫ばん。

「ジャバウォックの詩」 ルイス・キャロル作 (沢崎順之介訳)


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前回のチェスの絵画シリーズについて調べている間、「鏡の国のアリス」の和訳を初めて読みました。訳者によって読み具合が異なるのは言うまでもありませんが、読んでいて腑に落ちなかったのが、この本に出てくる「ジャバウォックの詩」の訳文でした。そこで満足できる翻訳があるか探ってみると、何と最低でも27人もの訳者の手で、それぞれ異なる解釈をされていました。

古典イギリス詩の構成を保つ原文は、2つ以上の単語を組み合わせた造語、同音異義語、擬声語などを巧みに盛り込んで英語が持つ可能性を弄んでいます。この意味と無意味の狭間で揺らぐ不可解なナンセンス詩を、日本語という全く違った言語環境で再現するのは難業だろうと察せられます。

'Twas brillig, and the slithy tobes
Did gyre and gimble in the wabe;
All mimsy were the borogoves,
And the mome raths outgrabe.

この詩の最初の段がどう翻訳されているかを見ると、全く同じ原文に基づいているにも拘らず、訳者によって実に個性的な差異が認められます。参考として気に入った訳文を掲載します。平仮名が多い文は声に出して読んでみると面白いです。

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夕ぐらだよ、ぬめらかなトーヴ、
ぐるぐらなける、ずどり、
よわじめな、ボロゴーヴ、
みどぶーやから、きっきーな。

(北村太郎)

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ゆうげるじ、どんきなアナゲルク、まひろにて、くるしりきりけた。
ボロボーキーらは、ふらづいて、さまるくミドブー、ほえっずる。

(宗方あゆむ)

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ゆうげ火に しなぬるトーブ
回(かい)してうがつ穴 一面
あわすぼらしいボロゴーブ
いとくまた ラース さえほゆめん

(安井 泉)

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あぶりどきに、柔汚なトーブたち、
回動し、空孔する、前後面にて。
すっかり哀弱なボロゴーブ
ちからのラースが吠笛す。

(原 昌)

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日傾ぎ、炊ぎの時
ぬめやかな錐角獣(トーヴ)はその螺旋角もて丘腹を刳る
日時計の下に巣喰う珍獣どち泣鳴して右往左往す
山嵐鳥(ボロゴヴ) 鮫口獣(ラース)は錐角獣(トーヴ)の錐揉の音を聞き
塒(ねぐら)の危うきを知り 恐れ戦慄(おのの)く

(石川澄子)

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そは夕餉 タグリ焼きに かかるころ
ぬるちょろり アナトカゲ舞い 細い穴
うすみじめ オンボロ鳥 ひょろひょろり
道迷い ウロウロり豚 うなさえり

(藤田英時)

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午後の四時だった。
やわらかく、ねっとりしたトーブが
芝生を回って、錐のように穴をあけた。
ボロゴーヴはすっかりしおれていた。
道に迷った小豚は
くしゃみをするように鳴き声をあげた

(般若敏郎)

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【 参考サイト 】

ジャバウォックの詩

『鏡の国のアリス』言葉遊びの翻訳

柳瀬尚紀著「ナンセンス感覚」