精神病院で過ごした土曜日【3】
5月末にボホニツェ精神病院で催された Mezi Ploty フェスティバルでは、敷地内の20ヶ所ほどで音楽や演劇のパフォーマンスが行われていました。上の写真は、東欧系ユダヤ人の民謡をルーツに持つクレズマー音楽を演奏するグループです。舞台の前で女の子がくるくると回りながら、実に楽しそうに踊っていました。
ロック音楽を奏でる若者たちのバンドもいました。フロントマンの青年は二つのキーボードを行き来して、エコーやフィードバックの音響効果を存分に発揮した音楽を演奏していました。基本的なコード進行を使ったロックでしたが、若者の反逆精神と繊細なロマンチシズムが率直に伝わってきました。
ある場所では若い女性たちのダンス・グループが舞台狭しと踊っていました。背景に流れていたアンビエント・ミュージック(環境音楽)と呼ばれるスタイルの音楽は、水滴が落ちるような音、何かが引っかかれている音、機械が動いているような音といった音源を調合した、微妙にリズミカルな音楽で、不思議な雰囲気をかもし出していました。古典的なダンスではなく、モダン・ダンスとも言えない抽象的な踊り方からは、人間の身体が持つ表現の可能性を感じさせられました。
このフェスティバルに来る前に、The Plastic People of the Universe という歴史的なグループが演奏すると聞いていたので、楽しみにしていました。
ご存知の方も多いと思いますが、1968年、「プラハの春」と呼ばれる事件がチェコスロヴァキアで起こりました。共産党体制に反対する改革運動を鎮圧するため、ソ連率いるワルシャワ条約機構軍が国境を突破して侵攻し、国全体を占領下に置いた事件です。この「失敗した革命」の後、1989年に「ビロード革命」が成功するまで、チェコスロヴァキアの国民は共産党体制下の閉塞した生活を強いられました。
この時代の反体制運動において原動力の役割を果たしたのが、文学・音楽・演劇といった文化的な創作活動でした。「サミズダット」と呼ばれる違法の雑誌が流通したり、市民の住居といった隠れ家で政情を風刺する演劇が催されたりと、人々はあらゆる表現の場で反旗を翻しました。ビロード革命の後に大統領となった劇作家ヴァーツラフ・ハヴェル (Václav Havel) もこの中の一人でした。
反体制のサブカルチャーにおいて最も活躍したロック・グループが The Plastic People of the Universe です。Frank Zappa や Velvet Underground といった1960年代の音楽に影響されたスタイルだと言われていますが、現在はロックとフリージャズが混合した独特なサウンドを持っています。政府から活動を禁じられたチェコ詩人の作品を歌にしたり、各地の田舎でコンサートを行った彼らは、前述のハヴェルと同じく、幾度となく逮捕され、投獄されました。
上の写真でサクソフォンを吹いているのはヴラティスラヴ・ブラベネッツ (Vlatislav Brabenec) です。おっとりとした外見からは想像できないパワフルな演奏で、顔を真っ赤にして力を込めながら、フリージャズの旋律を巧みな指使いで奏で上げました。彼は曲によってはクラリネットも演奏しました。





