今週も日曜日が巡って参りました。


この頃、時がたつのを早く感じます。


それでは、皆様に少しでも楽しんで頂ける事を祈りつつ、


「ジアルの日記」をお贈り致します。


「2385年9月8日。

今日は会社に行く前に、テインのお宅に映像通信をお送りして、夜に伺っても宜しいかどうかをお聞きした。ビューアーにテインが出て下さって、

『今日の夜は、エリムはいませんよ。貴女への「お餞別」の総仕上げを手配しているところでしてな。それでも良ければ、いらっしゃい。ケーキの新作を食べさせて下さるのですか、嬉しいですな。』と仰って下さった。

今日は下書きした記事を直し、編集長に2回チェックを入れられてから、「これでいいわ。」とOKが出た。その後は、「ピオニー」の各所に入れるイラストを描いて一日を終えた。終業時間になり、一旦家に帰って、ケーキを包んで着替えてから、テインのお宅へ向かった。テインのお宅では、夕食を用意して下さっていて、ケーキはデザートに頂いた。テインは黙って二口ほど食してから、

『感動的な味ですな。エキゾティックでいて、優しくて暖かい。』と評価して下さった。

『本当、美味しいわ。』ミラさんも褒めてくれる。

『こんなに美味なケーキに、私が名前をつけては勿体無い。ネーミングセンスが悪いとこの前タキタに言われましたからな。ガイウスに頼みましょう。ミラ、ちょっと出掛けてくるぞ。』と仰って、テインはコートを着始めたので、私も急いでコートを着た。

スターフリート・アカデミーの必修科目にラテン語が加わって以来、この昔の言葉で子供に名前をつける人が増え始めたと聞いている。ジェームズ・ティベリウス・カーク船長がその典型だ。

そのガイウスという方も、その一人なのだろうと私は推測していた。

テインはホバータクシーを拾って、途中で年代物のブランデーとカシスのリキュールを買ってから、テイン探偵社のビルで下りた。テインと一緒にビルの地下に下りると、そこにはホロデッキのアーチが有った。

『コンピューター、テインアルファ6だ。』テインがわざわざギリシャ語のアルファベットでプログラム名をつけているのだから、何か特別なプログラムに違いないと思いながら中に入ると、中はオデットの夏である今の外気温よりさらに暑く、ギリシャ風に見える建物が点在する平野だった。

テインはその中でも大きくて立派な屋敷の一つに足を向け、家令と思しき赤毛の老人に、

『ガイウスは在宅か?』と尋ねた。

『はい、イシス様とお食事をなさっておいでです。お取次ぎいたします。』と言って、その老人は一旦家の中に入り、それから私たちを主人夫婦と思われる2人のいるお部屋に案内してくれた。

ローマ風のトーガを着た中年男性が座っていて、その隣りには奥様と思われる若い女性が、体の線が透けて見えるセクシーな服を着て座っていた。2人共、父やテインやエリムと同様に「偉そうな人オーラ」を発している。父とテインたちとの違う点と言えば、テイン達は自分たちのTPOに合わせて、「親しみやすい人オーラ」に切り替えられる事だ。どうしたらそんな事が出来るのか未だに分からないが。

『おお、テイン。久しいな。ドミナ(貴婦人)など連れてきて、どうしたのだ?お前は連邦には貴夫人は殆どいないと言っていたではないか。』と、ガイウスさんらしき人は言う。

『違うわ、ガイウス。この人はドミナではなくてレジナ(女王)よ。」とイシスさんらしき女性が言ったので、私は驚いてしまった。

『どうして分かったのですか?』と聞いたら、

『簡単よ。貴女の首には、「メーディア」と書かれたペンダントが下がっているじゃないの。「メーディア」とは、「統治する女」「よく考える女」の意味ですもの。それを身につけている貴女は女王でしょう?』と言って、イシスさんは笑った。

『一応女王の称号を頂いている身ですが、このペンダントは、たまたまゲームで当たって、割と気に入って身につけているだけです。』

『まあ、それは最高の幸運じゃないの。それはメーディアの女神が貴女を守護する事を約束したのよ。』とイシスさんは仰る。女神様に気に入られるような事をした覚えは無いのですが、と心の中で呟いた。

『ところで、テイン。何の用かな。酒を届けてくれただけとも思えんが。』ガイウスさんが仰る。

『ああ、こちらのジアルさんが作ったケーキに名前をつけてもらおうと思ってな。私のネーミングセンスでは役不足だと思って。』

『その通りだ。「テイン探偵社」などと何のひねりも無い名前でよくやっているな。マルクスよ、紅茶と皿とナイフを持て。』ガイウスさんは、家令の老人に命じた。数分後に、青ガラスのお皿と、金のティーポットとティーカップのセットが運ばれて来た。

『まあ、ガラスのお皿なんてとてもエキゾティックですね。と言ったら、

『私たちには、これが日常なのよ。この時代には釉薬のかかった上質の陶器は無いから、代わりに表面の滑らかなガラスを食器にするか、素焼きの食器を使い捨てにしているのよ。、もっと後の時代のプログラムに遊びに行った時には、瀬戸物を楽しんでいるけれど。』とイシスさんは仰った。

『あの、あなた方は、』と私が言いかけると、

『勿論、自分たちがホロプログラムだって知っているわよ。しかも、割と有名な人間を元にして作られているものだから、モバイルエミッターで外へ出る事は禁止されているの。その代わり、どんなプログラムでも楽しめるようになっているわよ。』

そう話している間に、若い女性の召使が恭しくケーキを切ってガラスの皿に盛り付け、金のティーポットでカップに紅茶を注いだ。

『美味いな、高貴にして滋味ある味だ。』一口食して、ガイウスさんはそう言ってくださった。

『そうだろう、何か相応しい名前を考えてくれ。』

ガイウスさんは暫く考えてから、

『「アイア」はどうだ?失われたコルキスの水上黄金都市だった首都の名前だ。』

『おお、流石はガイウスだ。名案だな。ジアルさん、これでどうですかな?』

『はい、とても良い名前だと思います。バルハズルさんにもそう伝えます。』

と私は答えた。ケーキを食べ終わると、飲み物がお酒に代わり、ガイウスさんとテインはリラックスして話し始めた。

『ところで、カエサリオン君はどうしているんだ?』とテインが聞くと、

『ああ、あいつか。庭師や、彫刻家や、画家のところに入り浸っているよ。政治にも王女にもあまり興味が無いようだ。そろそろ親として心配になってきたな。』とガイウスさんは答えた。

『いいじゃないか、お前みたいな無神経な男の息子が、クリエイターになるなんて、もうけものだぞ。』

カエサリオン、という名前が、頭の隅に引っ掛かった。何処かで聞いた事のある名前だ。5分程考えて、それはジュリアス・シーザーとクレオパトラ7世との間に生まれた息子の名前だったと思い出した。つまり、ここにいるのはシーザーとクレオパトラ夫妻なのだ。私は思わず、隣りにいるイシスさんをまじまじと見つめてしまった。目の前にいるのは黒い髪で茶色の目が知性的だが、どこにでもいそうな顔の白人女性だ。

『やっと気がついたのね。でも貴女は早いほうよ。』と言って、イシスさんはクスクス笑った。

『貴女も、後世に書かれた出鱈目な史料を見たのね。プルタルコスを読んでごらんなさい。私が十人並みだって書いてあるから。女は顔で男をものにするわけではないのよ。』イシスさんは、おおらかに笑う。

『どうしてイシスと名乗っておられるのですか?』

『私はイシスを崇拝していたし、イシスと同じ女王という立場だったからよ。』イシス、もといクレオパトラ7世のホログラムは、私の問いに微笑んで答えた・

あなた達は、清潔で美味しいものが有って、理不尽も少ないいい社会で生きているが、風情が少ないね、とガイウスさんもといジュリアス・シーザーのホログラムは仰っていた。シーザー夫妻のホログラムと楽しくお酒を飲んだ後、ホログラムのアーチを出た。

『あのプログラムはね、私が相談を持ちかける人物として作ったものです。今度から、貴女も使っていいですよ。』とテインは仰って下さった。

ビル1階のロビーに出ると、エリムが歩いてくるのが見えた。上等な素材で仕立てられているが、全体に趣味の悪い、普段のエリムとは全く違う服を着ている。

『どうしたの、エリム?』と聞き終わらないうちに、抱きしめられてしまった。

『君に今日逢えて良かったよ。グレードの低い詐欺人間共とここ暫く付き合うはめになって、飽き飽きしていたところなんだ。今日ほど君が神々しく見えた日は無いよ。』とエリムは言う。

『そうそう、君への「お餞別」が出来たよ。』とエリムは言って、データパッドを見せてくれた。ニュースの録画で、デート商法で不正な利益を得ていたジュエリー会社が当局に摘発された、という簡単なものだった。

『犯人の心証が思い切り悪くなるような証拠を揃えておいたし、自殺者まで出ている事件だったから、この星の詐欺罪の極刑の25年になると思う。君のご希望どおりにね。』エリムは、私の言ったたった一言の為に、労力を惜しまずに働いてくれたのだ。

『エリム、本当に有難う。これで誰も騙されなくなるわね。』

『さっきまで、カルヴィナム成金のもてないドラ息子のふりをしていたんだよ。それでこの趣味の悪い服なんだ。ちょっと待っていて、本来のカーデシア紳士として身奇麗に繕ってから、君を家まで送るよ。』

『その前に、ジアルさんの作った新作ケーキを食べて行かないか?外食ばかりで飽きたろう。』とテインが仰った。

『ジアルの新作ケーキ?是非頂きたいですね。』という事で、社長室でエリムがケーキを食べてから送って貰う事になった。

『素晴らしい、感動的な味だ。』エリムは、テインと同じ様な事を言う。

『こういう優しい味のものを食する機会は、上流階級ではあまり無いからね。それに材料がエキゾティックだから、リピーターが沢山いると思うよ。このケーキは何という名前にしたの?』

『「アイア」という名前をガイウスがつけてくれたよ。』とテインが仰る。

『少し重厚すぎるようにも思いますが、まあいいでしょう。上流階級相手ですからねえ。ところで、ジアル。明日は定時に帰れそう?』エリムに聞かれた。

『何も無ければその筈だけど、どうして?』

『君に、ブリデザ島での対応をレクチャーしてあげようかと思ってね。何も分からないと君も不安だろう?』

『そうなの。行ったら海の神様への祭礼を頼まれていて、一応それは練習していたけれど、ちょっと不安だったの。是非教えて。』と私が答えたら、

『じゃあ、明日の17時30分にね。』という約束になった。

テインの会社から、エリムに家まで送って貰った。今晩のエリムは何時に無く饒舌で、地球の映画を見ると、よく決り文句で、「君の為なら命も惜しくない」と言うけれど、それも無責任な言い方だと思う、「君の為ならどんな死地からでも帰って来る」と私なら言うね、とか、また寒くなってきたから、ニャーニャが馴れ馴れしく私やテインに絡み付いてくるようになるんだろうね、とか話していた。

キスを交わして家に帰り、バルハズルさんに「アイア」のレシピと文章をつけて文字通信を送っておいた。父からは文字通信が来ていて、君がブリデザに来るそうですね、同じ星にいるのに逢えないとは実に歯がゆい事だが、代理人をブリデザにやるから、という内容の事が書いてあった。一体誰が来るのだろうかと思いながら、この日記を書いている。明日が楽しみだ。」


皆様も、良い休日をお過ごしください。