ピッチデビュー!? | 書き手 吉崎エイジーニョのブログ

ピッチデビュー!?

突如訪れた試合出場の大チャンスを逃してしまいました。
それも、なんとも複雑な理由で。
でもまぁ、情けない"ピッチデビュー"を果たしました。
朝から「サッカーマガジン」の原稿の最終的な詰めでバタバタしていた。
担当者との原稿の方向性を話し合っている途中に、監督のアリから電話がかかってきた。
オールドイツ語で、まくしたてている。聞き取れる単語は4つだけだ。
「Spiele(シュピール=試合)」
「Mitspiele(ミットシュピール=一緒にプレーする)」
「Kommst(コムスト=来る)」
「19Uhr(ノインツィン・ウアー)=19時」
うん、まあこれで夜に練習試合があることを察する。
OKOK。もちろん行くよ。集合時間を聞いておいた。
 
18:00、クラブハウスに集まった。うーん、新しいチームメイトに「ドイツ語を話せない」と感じ取られるのがつらい。が、なんとか話の輪の中に入る。うなずいたり、笑ったりする。
 
試合だというのに、人の集まりが悪い。平日だしね。これはチャンス。監督もそれを察してか、わざわざ朝に電話をしてきたんだ。使う気があるぞ!
 
しかし、15分後くらいに選手証の管理係(チームの理事)が来て、なにやらこちらに事情の説明を始めた。
 
「Kannst niht Spielen(カンスト・ニヒト・シュピーレン)」
聞き取れる文章はこれだけ。
試合には出られない、という意味。
あとは単語で「Problem(プロブレーム=問題)」「Spiel Pass(シュピールパス=選手証)」とも言っている。
えー、ちょっと待てよ。だって、監督が「試合だ」っていうから来たんだろ!? でもドイツ語で反論が出来ない。
分かった。試合を観るよ、とだけ答えた。
どうしても事情が知りたいので、韓国人のチュギョンくんにヘルプを求める。
「前所属のボルシアLHが、選手証の裏に除籍のサインをしなかったらしいんです。もう一度クラブに行ってサインをもらい、協会に選手証を持っていかなければならない。まぁ3ヶ月の出場停止はないでしょうから、心配なく」
 
 
なんだと!!! あれほど何度も何度も資料を確認したのに。念には念を押して、最後には念仏を唱えるくらいの気苦労で移籍を決めたんだぞ! 「まぁ上手く行かないな」っていう水準の話じゃない!!
 
なんて思ったが、怒りのぶつけようがない。怒るにもやはりドイツ語が話せない。
我慢して、ケルンから30分ほど離れた「ヴァイス」というチームの試合開場に向かった。
 
試合前、ロッカールームでチームメイトが着替える姿を、ボーっと眺める。監督がオレを呼んだ。
 
選手証の管理係を交えて、なにか話しかけている.
管理係は試合開場までついてきて監督をサポートするようだ。さすが、上のレベルのチームは体制がしっかりしている。
 
どうも、監督はオレを試合に出そうとしているようだ。本当に選手証がないとダメなのか? 練習試合だぞ? なんて聞いているように思えた。管理係は、首を横に振った。
 
彼はかわりに、ダーッとドイツ語でまくし立て、手元に指を持っていき、何か吹き付けるような仕草をした。なにか同意を求めているようでもある。
オレは状況がつかめないながらも、分かったふりをする。ロッカールームを出た瞬間――――。笛を渡された。審判をしろ、というのだ。
 
オレ、出来ないよと言った。ドイツ語が不十分だ。オフサイドの判定を巡って揉めたらどうする? ダメだダメだダメダメ。出来ないよ。だいいち、ほかに選手証の問題で試合に出られないドイツ人が2人もいるじゃない!!
 
後ろからアリが出てきて、言った
「キミも、働かなくちゃならない」
分かったよ。やったろうやんけ。監督はきっと、優しいんだ。チームの雰囲気を掴ませようとしている。

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試合前、ウチのキャプテンに話し掛けられた。英語だった。
「おい、大丈夫か?誰も、キミに話し掛けないから、心配するな。フレンドリーマッチだから」
 
こっちだって言い返す。キックオフの前、センターサークルで両チームの主将に告げる。
「今日は、インターナショナルマッチだ。国際ルールで行きますから。オレと話したけりゃ、英語でどうぞ」
ボロボロのドイツ語だったが、"インターナツィオナル"は通じたようで、2人とも笑っていた。
 
いざ、ピッチに立ったら、すんごく気持ちが乗っていった。ボールに合わせてピッチを走るだけで「擬似出場」を果たせた気分だ。2度づつ、オフサイドとファウルの判定でケチをつけられた。でも知らぬ顔だ。オレが審判なんだ。きわどい判定は、ウチのチームが有利なように吹けばよい。
 
前半45分だけで、お役御免となった。アリには「判定がきわどい時には、はっきりと"ファウル"と言いなさい」と言われた。オレはドイツ語があまり話せないにもかかわらず、延々とまくしたててくれることがありがたい。ちゃんと、いち選手としてみようとしてくれてるんだよね。
 
試合は5-4で負けた。相手は、8部リーグの首位を走っているのだと言う。帰り際、落ち込んでいるチュギョンくんが逆に励ましてくれた。「試合中、『あの日本人、審判上手かった』って話し掛けられたよ」。うーん、ちょっと複雑。プレーを見てもらわなきゃ、ダメでしょう!!
 
でもまぁ、良かったんじゃないか。ドイツ人同士の試合でレフリーを務めるなんて、簡単に出来ることじゃない。審判の心境もちょっとだけ経験できたし。
 
"すごくいいパスが通ったんだけど、オフサイド"というシーンが何度かあった。心情としては、許してあげたくなるんだよね。これはいつか取材や執筆で活かせるぞ。オレはサッカーの書き手として、またひとつ成長したのだ。ガハハハ。