学校について素朴な疑問。② いざ答え方を考えてみる。 | Come on by! 英語ガレージ! ☆☆☆

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【フェロニッケルスラグ関連】
『知っとこう・見据えとこう。尋問らしからぬ尋問。』
http://ameblo.jp/eigo-garage/entry-12051139156.html
『フェロニッケルスラグは道路用に適するか。』
http://ameblo.jp/eigo-garage/entry-12046803308.html
=====


この記事の前編にあたる『学校について素朴な疑問。① まず答えを考えてみる。』では。
http://ameblo.jp/eigo-garage/entry-12070552240.html

現行の学校教育をケチョンケチョンに書いてる。

我ながら、えらくケチョンケチョンに書いてるな、と思う。
でも、たくさんの方々から同意とのコメントをいただいて、反対のご意見がまったくなかったところを見ると・・・。
僕がただのネガティブ野郎になってる、ってわけじゃなさそうだよ。笑

さて。
この話題の発端になった疑問を振り返ってみよう。

=====
息子と歩きながら、質問されました。
『何で学校は、考える事を教えてくれないの?』

σ(^_^;)ぁはは…

さてさて。
難しい質問です。

皆さんは、どう答えますか?
=====

とても賢い少年の「なんで」っていう疑問への答え(僕の答え)は、「①」で書いたとおり。
今回の「②」では、真摯な親御さんの「どう答えますか?」について考えたい。

はて、どう答えるか。
皆さんは、どう答えますか?
もし同じような質問をされた経験があるなら、どう答えましたか?

これについては、「絶対こう」って言い方はできない。
答える相手や環境・状況によって、伝える範囲や伝え方が変わってくる。
ちょっとした臨機応変さが要されるデリケートな内容だ。

ここで、答え方について始める前に、ふたつ、すでに判ってることを挙げたい。

ひとつは、この少年は「勉強が嫌いではない」ってことだ。
教えられるなら教えられるで、ちゃんと「理解」がしたいのだ、ってことが質問からうかがえる。
この素晴らしい知性の芽を、踏みつぶしたりしおらせてしまうのは非常にもったいない。
彼にとって・親御さんにとって、大げさに言っちゃえば日本にとって・世界にとっての損だ。

もうひとつは、ここでの親御さんが「少年と同意見だ」ってことだ。
少年の「学校は考える事を教えてくれない」っていう見解を否定できない。
「いやいや、ちゃんと教えてくれてるよ。例えばほら・・・」なんて説明もできない。

親御さんも、「学校は考える事を教えてくれない」って思ってる。
もしくは質問されて、「確かに教えてくれない」って感じた。
もちろん僕も、「①」で書いてるとおり、まさしく教育現場にいる少年と同意見だ。
話が早い。

つづいて、みっつほど、確認しておきたい。

ひとつは、なにを伝えて・なにを伝えないかの方針について。
「①」ではダダダーッといろいろ書いたし、そのとおりだと思ってくださる方々も多い。
とはいえ、そこで書いてあることを丸ごと伝えるのは明らかによくない。

小学生の少年・少女には、内容が多すぎるし、重すぎるし、ワケ分からなすぎると思う。
ワケ分かったとしても、この先ナン年も学校通いがつづく小学生にすべてを話したら、もう行きたくなくなるだろう。
「なんで自分でもそう思うところに行かせるんだ」ってことでグレちゃうかも知れない。
とにかく時期・段階として早い。

もう子供を学校には行かせない。
もう「日本の」学校には行かせない。
ってことなら話は別だけどね。

ほんと、学校に行かせる理由なんて、どうせ「今ある社会で将来を無難に迎えるため」でしかないはずなんだからさ。
行かせなくても教育できる環境がある・つくれるなら、そうするほうがよいと思うし、そうでなくてもある時点で海外留学させることを考えるのがよいと思うわ。

もちろん、「今ある社会で将来を無難に迎えるため」以外の理由があるなら、それはよいことだと思うよ。
もしくは、今からでも別の理由を見出して、「こういうことだ」って設定するのもよいことだと思う。

つぎに、ふたつめ。
「学校で教わる内容は無意味じゃない」ってこと。

言葉足らずなままドシドシ進めてるから、知識にさえなりくいしアホらしい。
でも、言葉の意味だとか物事の繋がりだとかをハッキリさせれば素晴らしい知識・技能になるだけの「キッカケ」として使えるものだ。

義務教育とかいって政府が強制的に用意してるくせに、父兄さんがお子さんを学校にただ任せていられない二度手間な状況ができてる。
って言い方をすると、たしかにその通りなんだけれども。
本来の勉強の楽しさ、学校でやることじゃなくて「知ること・理解すること・考えること」の楽しさを教えてやるのは親御さんや周りの大人たちになる。

まあ、どんなに学校教育の内容がよいとしても、それが本来あるべき姿だ。
学校に丸ごと任せるほうがそもそも間違いなんだから、それでいいでしょう。

そして、みっつめ。大前提。
その場しのぎの返事・いい加減な返事をしないこと。

するとしたら、子供のためじゃなく、「自分の」時間と労力を惜しんでのことだろう。
疑問を口にだしてしまうほど、思いつめてるかも知れない、ヘタしたら苦しんでるかも知れない子供に対してね。
子供が真面目に訊いてるのに真面目に答えよう・考えようとしない親御さんは、「教育」していない。
「そんなこと考えないで勉強すればいいんだ」なんて言おうものなら、少年がいう「学校」とまったく同じだ。

こういう対応を繰り返されて育った子供は、断言しよう、大きくなってから反抗的になる。
親を尊敬できないからだ。
主張しても鎮圧・弾圧される10数年を生きてきたなら、当然だろう。

その点、ここで紹介させてもらった少年の親御さんは、ご自分がどう見られるかも問わずに周囲に相談してるね。
答えようとする姿勢があるように見受けられえる。

まあ、親御さんってのは、答えられなきゃ答えられないでいいんだよ。
大事なのはお子さんに対する「姿勢・心がけ」であって、完璧を求めてたら子供でも大人でも潰れる。
つねに答える側である必要はない。
教えてもらったり、一緒に考えたり調べたりして勉強すればいいんだ。

答えの材料になる知識・情報がないのに急いで答えようとするのもよくない。
子供にもどんどん質問しちゃえばいい。

ってなわけで。
前置きがなが~くなっちゃいました。
長くなっちゃったけれど、以上の前置きを踏まえた上で「どう答えるか」を見ていきたい。
あくまで「僕なりの想定の1例でしかない」ってことを踏まえて追ってってくださいませ。


=====


さて―――。

くだんの少年は目の前にいない。
ここはひとつ、僕に子供がいる、って設定にしよう。
名前と歳は、そうだね、タケシ、8歳。

ある日、ふたりで歩いてると質問された。

タケシ:『何で学校は、考える事を教えてくれないの?』

返答A:「お、そう思うのか? なんでそう思うんだ?」
返答B:「おお、そう思うか! いい質問だ。父ちゃんもそう思ったことがあったよ。でも、タケシはなんでそう思うんだ?」

僕だったら、これらのどちらかを答えると思う。
そう思ったことが実際にないなら「A」、あるなら「B」って感じでよいと思う。
こうして問い返すことで、子供がなにを焦点にしてるのかを明確にして、答えの材料になる情報を得られる。

この問い返しに、どんな答えがくるか、可能性はまあ無限っちゃ無限。
いちおうの見当をつけて進めるよ。

タケシ:「先生に『なんでこうなんですか』ってきくと、『そんなこと考えないでそのまま憶えなさい』って言われる」

返答A:「ああ、父ちゃんのときもそうだったな。ただ憶えろ、って言われた」
返答B:「ああ、やっぱりそうか。父ちゃんのときにもそういう先生がいたな」

ここで、子供がもっと「具体的な実際例」を教えてくれたとしたら。
いったんザーッとくだっていって、【☆☆☆】に挟まれてる部分を当てはめてもよいでしょう。

でもって、その場で教えてあげられることなら教える、教科書をみる必要があるなら家に帰ってから、分からないなら一緒に考える、などを決める。
子供が抱えてる疑問のもとになった疑問をひとつ片付ける、ないし片付けようと向き合うのはよいことだと思う。
そうしない場合は、このまま続きを。

まとめ返答:
「でもな、質問するのはイイことだぞ。分からないことがあれば質問するんだ」

タケシ:「でも教えてくれなかったら?」

返答:「ふむ。『父ちゃんが質問はイイことだって言いました』って言ってもいいぞ」

タケシA:「うん、わかった!」
タケシB:「ん~・・・。(教えてくれるか疑問)」
(この会話がでるときには、こうなっておかしくないぐらい先生に懐疑的だと思われる)

返答:「それでも教えてくれなかったら、『じゃあ父ちゃんにききます』とでも言いなさい。そんで家に帰ってきたら父ちゃんに訊きな」

タケシ「父ちゃんは教えてくれるの?」

返答:「もちろん、父ちゃんが知ってることだったら教えてやるよ。知らないことだったら父ちゃんもタケシと一緒に勉強する」

もし実際に、僕に子供がいるとしたら、我が子が8歳の時点でこの最後の質問がこないぐらい自分の姿勢を分からせてるようでありたい。
それ以前に、先生にも自分にも、どんどん質問することを奨励してるだろう。
また、この会話がでる前から、「いま学校ではどんなことやってんだ?」とか会話をしたい。
そうして、我が子が分からないこと・困ってること・嬉しいことなどを教えてもらっては、一緒に考えたり喜ぶ父ちゃんでいたい。

あと、常日頃から「よし、勉強の時間だ。父ちゃんも父ちゃんの宿題をやる」と言って、子供は宿題、自分も勉強。(本や書類を読んだり。ネットで情報収集・拡散したり。笑)
その間も、「分からないことがあれば質問してよい」ものとする。

基本的には、子供が宿題を終えるまでそうするし、きっと大抵は子供の宿題のほうが早く終わる。
そしたら、できた宿題を見せてもらって、「どうやってその答えを出したのか」などを教えてもらったりする。
子供にとって論理的な発言の練習になるし、得意なこと・苦手なこと・間違った答えならどこでどう間違えたか、などが分かる。
宿題の内容をきっかけに、雑談・雑学談話するのも、とてもよい。

生活リズムから時間帯があわないとしたら、子供がやった宿題をあとで見せてもらう・雑談する、でもよいでしょう。
ひととおり終わったら、「よくできました~。お疲れさま!」なんて言ってシメる。

これらは、あまりにも理想的な有様にきこえるかも知れない。
ただ、完璧・四六時中である必要はなくて、心がけ次第で大きく違いが生まれるのは間違いない。

ふと思った。
僕が子供のときはどうだったかな。

宿題を見てもらった記憶はないけれど、僕の父ちゃんは子供ながらに尊敬しちゃうほど物知りで、質問に答えなかった記憶がない。
おかげで僕は雑学が大好きだった(今も好きだ)し、むしろいつか父ちゃんが知らない質問をしてやろうと挑戦してた記憶がある。
図鑑とか「学研まんが ひみつシリーズ」をいっつも読んでたし、そういう本が欲しいと言ったら買ってもらえた。
「NHKスペシャル 地球大紀行」とかもよく一緒に観てたし、僕が高校生にもなると、夜中に相対性理論の話でもりあがった記憶もある。
(でも学校の勉強はゼンゼンしてなくていっつも赤点だった)

さて―――。
親子の会話をつづけましょ。

これまでの会話で、ひとまずクラス内での善後策を提示してやった。
つぎは、本題に入る。

ヒロシ:「でもさあ、学校の先生は、なんで訊いても教えてくれないんだろうなあ」

これも、考える・推量をめぐらせる練習。
一緒に考える、っていう活動の実践でもある。

タケシ:「ん~。わかんない」

8歳の子供が、「先生も知らないからかな・知らないからだと思う」って答えをだすことは考えにくい。
先生は絶対的な存在だし、先生もそういう立ち位置でいると思うしね。
「忙しいから」なんて答えはもっとでないだろう。

返答:「もしかしたら、先生も知らないのかも知れないな。だから教えてくれないのかも知れない」

タケシ:「え、先生が知らないの?」

返答:「先生だって知らないことはあるよ。父ちゃんだって知らないことがある。だから質問されると嬉しいんだ。父ちゃんにも勉強になるんだよ」

タケシ:「そうなんだ」

返答:「うん。あとな、先生はすごく忙しいんだ。教えなくちゃいけないことがたくさんあるし、ひとりの質問にあまり時間をかけられないのかも知れないな」

タケシ:「じゃあ、やっぱり質問しちゃいけないのかな」

返答:「あはは、そんなことないよ。質問はたくさんしていい。でも先生が教えてくれないとしたら父ちゃんに訊けばいい」

タケシ:「うん、わかった」

返答:「先生が教えてくれたことも、父ちゃんに教えてくれ。父ちゃんも勉強したいから」

タケシ:「でも父ちゃんはもう勉強したから知ってるでしょ?」

返答:「あっはっは。父ちゃんにも知らないことはあるよ。憶えてないこともあるかも知れないだろう? それにな、タケシが何を知ってて・何を知らないのかを知るのも父ちゃんの勉強なんだよ」

タケシ:「ふーん。わかった」

【☆☆☆】をまだ見ていないなら。
返答A:「よし。じゃあ、教えてくれ。先生はなにを教えてくれなかった?」

【☆☆☆】をすでに見たなら。
返答B:「よし。他にもなにか、先生が教えてくれなかったことはあるか?」

タケシA:「うん、コレコレこういうこと」
となれば、【☆☆☆】へ。

タケシB:「うーん、思い出せないや」

返答:「そうかそうか。じゃあ、また思い出したり、訊きたいことがあったら訊いてくれよ」

タケシ:「うん!」

親子で楽しい帰り道~♪^^

【☆☆☆】
学校の勉強内容についての質問に答えるとき。

科目や問題によっては、その場で話せることかも知れないし、教科書を見ながらじゃないと分からないこともあるだろう。
後者の場合は、「じゃあ、家に帰ったら教科書を見せてくれ」ってことにしてもいいでしょう。

質問の内容によって、答えること・答え方がちがう。
自分でも分からないことなら、一緒に考えたり調べたりすることになるし、その時その質問によって考え方・調べ方もちがう。
口惜しいけれど、ここではとても書いていけないので割愛します。

なんにしても最後は。
「また訊きたいことがあったら訊いてくれよ」って感じで締める。
【☆☆☆】

いかがだったでしょうか?
あまりに単純、あまりに理想的だったかな?
ほかにも考えられる流れはあるし、割愛させてもらってもいる。

繰り返すけれど、完璧である必要はなくて、必要なのは心がけ。
もし、ここで書いてきた例・姿勢に賛同とあれば、バラバラにして、使える部分を組み合わせたりアレンジしてもらえたらと思います。

「こんな場合は?」なんて実際例があるようでしたら、質問をお寄せしていただいても結構です。
できるかたちで・できるペースで・僕なりに、にはなりますけれど、考えてはお答えします。
僕にとっても、よいケーススタディになるので。^^

ちなみに、質問に答えやすくいるために。

色んな物事を分析・解釈するクセ、分析・解釈することを楽しむクセをつけちゃうのがよいです。

「なんで・これは・こうなんだろう」っていう因果の「因」を知ろうとするクセ。

そのためには、「素朴な疑問を捨てない」こと。

ふと疑問がでてきたら。

①まず考えてみる。自分で問いかけてみる。
②分からないとしたらすぐに辞書やネットで調べちゃう。

ってクセを、楽しんでつけちゃうのをオススメします。

楽しみやすくするコツは、「大きく驚く」こと。笑
「へぇ~!」「そうなんだあ!」「すげえ~!」といった反応が、自分の頭に心に大きく作用していきます。
お子さんも、知ることの楽しさをより感じるはずです。^^






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