判例時報2318号で紹介された事例です(東急高裁平成27年7月7日)。

 

 

本件は,生活保護課に手続きのため訪れた被告人が大声で騒ぐなどし,担当以外の係の係長が被告人に対し「お前という言い方はないでしょう」「きちんと謝りなさい」などと言って謝罪を求めたところ,被告人から肩を押されて転倒し膝をぶつけたという事案です(被告人は暴行の事実などを否認していましたが判決では認められています)。

 

(公務執行妨害及び職務強要)
刑法第95条  公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
 公務員に、ある処分をさせ、若しくはさせないため、又はその職を辞させるために、暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。

 

公務執行妨害罪はその名の通り「公務」(職務の執行)を妨害する犯罪ですので,暴行脅迫が加えられた際に当該公務員が行っていた行為が「公務」といえるのかどうかが問題となることがあります。

公務執行妨害罪でなければ,犯罪が成立するにしても単なる暴行罪(2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料)ということになりますので,弁護側としては,妨害された行為が「公務」(職務の執行)に当たるのかどうかを厳しく問うことになります。

ただ,「公務」(職務の執行)はある程度幅のあるものとして捉えられており,職務を執行する直前の待機状態とか襲撃された際にたまたま警察官が用便中であるなどといったケースでも,職務の執行に当たると判断された事例があります。

 

 

本件においても,妨害されたのは直接的には被告人に対しその発言の問題点を指摘して謝罪させる行為であり,これ自体が「公務」(職務の執行)なのかと問われればどうなのかということになりますが,転倒させられた係長の職務は生活保護世帯に係る法外援護事務の調査調整という分掌事務に限られず,当該事務を円滑に遂行するためにこれを阻害する要因を排除・是正することも,相当な範囲にとどまる限り,本来の職務に付随するものとされ,本件において,被告人の言動をそのまま放置しておくことは保護職員を委縮させるなどして保護の適正な執行を阻害する恐れがあったことなどから,当該係長の行為は「公務」(職務の執行)に含まれると判断されています。

 

 

刑事弁護において公務執行妨害事案を担当する場合,被疑者(被告人)が認めており同罪の成立も明らかな場合に,公務員本人に対して示談を持ち掛けるかどうかということで悩むことがありますが(公務執行妨害罪の保護法益はあくまでも公務という法益であり,公務員個人ではないので,公務員個人と示談しても意味がないので),少なくとも謝罪くらいはした方がよいのではないかと考えて謝罪文を差し入れたということはあります。