後見人は本人を代理する権限を有しています。



しかし,本人と後見人との間に利害対立が生じた場合には,後見人は本人を代理することができず,後見監督人か特別代理人を選任してもらって,その後見監督人か特別代理人が本人を代理するという仕組みになっています(民法851条,民法860条,民法826条1項)。




典型的な例としては,本人と後見人がともに相続人であって,遺産分割協議をするという場合があります。



以下は,特別代理人に選任された弁護士に善管注意義務違反が認められた判例時報2146号で紹介された広島高裁岡山支部の判決例です(平成23年8月25日)。




本件では,未成年者の兄が後見人となっていたところ,兄弟の父親の死亡に伴う遺産分割協議の必要が生じました。未成年者は単独で有効な法律行為ができず,かといって後見人の兄との間に利害対立があり遺産分割協議ができませんので,家庭裁判所に特別代理人の選任を請求し,弁護士が特別代理人に選任されました。




この際,遺産分割協議の内容についてはほとんど出来上がっていたということで,特別代理人の選任申立てに際しては,その旨が上申されていたうえに特別代理人としてその弁護士を推薦するという形で上申がされ,その推薦のままに特別代理人が選任されたということのようです。




もう少し細かな経緯としては,初めに遺産分割協議書案を上申したうえで特別代理人を選任してもらったが,その後,遺産分割協議書案に修正の必要が生じたので,再度,修正案を添付して家裁に上申したうえで,もう一回,同じ弁護士を特別代理人に選任してもらったという経緯のようです。




なぜ,こんなことをしたかというと,特別代理人の選任審判の主文に遺産分割協議書案を掲げて,そのために特別代理人を選任するという内容の審判をするという運用がされていて,本件で特別代理人の選任をした岡山家裁もそのような運用であったということです。主文に掲げた遺産分割協議書案に齟齬が生じたので,もう一度,選任審判をやり直したということです。この件に関わらず,裁判所は「主文」の形式にはうるさいのです。




その後,2回目の遺産分割協議書案の内容に沿って,遺産の大部分を未成年者の後見人でもあった兄が取得するという内容の遺産分割協議が成立し,特別代理人の弁護士も署名押印したということです。




ところが,この遺産分割協議書案には明記された遺産以外に「それ以外の遺産」という項目があって,この中には亡くなった父親の預貯金や土地が含まれていて,これを未成年者の兄が取得するという遺産分割協議をしてしまったため,特別代理人がきちんと調査していれば本来もっと多くの遺産を取得できていたはずであるということで,特別代理人に対して,善管注意義務違反を理由とする損害賠償請求がされました。




一審の岡山地裁,控訴審の広島高裁岡山支部ともに,善管注意義務違反を認めて,特別代理人であった弁護士に対して損害賠償を命じました。
一審は約993万円,控訴審は増額して約1073万円の賠償を命じています。




裁判所の判断としては,たとえ,特別代理人選任の審判に遺産分割協議書案が掲げてられていてそのために特別代理人に選任されたとしても,特別代理人は,きちんとその内容を調べて,本人にとって不利益にならないようにしなければならない義務があるということです。本件では,「その他の遺産」の内容を調べることなく遺産分割協議を成立させてしまった点に落ち度ありとされました。



なお,本件は上告されています。




裁判所の選任審判に遺産分割協議の案まで掲げられていたとしたらそのまま何も考えずになすがまま遺産分割協議を成立させてしまってよいだろうと考えてしまうのは実によく分ります。




私も,特別代理人に選任されたことがあるのですが,上記のような経緯というのは実はよくあることではあります。東京家裁では,特別代理人の推薦というのは認めていない運用ではなかったかと思いますが,特別代理人に選任されるに当たり,関係当事者の間ですでに遺産分割協議書の案というものはできでいて,特別代理人は単にはんこを押すためだけの形式的なものということもあることはあるのです。きちんと法定相続分が確保されているなど,本人の利益も図られているのであれば問題ありませんが,少なくとも,内容を精査して,本人にとって不利益になっていないかどうか,なっている場合にはその合理的な理由があるかということをちゃんと調べないと,思わぬしっぺ返しが来るということになりかねないということです。






■ランキングに参加中です。

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村


■弁護士江木大輔の法務ページに移動します。