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「旅」と「暮らし/風土」の美味しいfusion tour

2022年6月、しいたけを素材にした観光事業「NABATABI」を始めました。きっかけは、ひょんなことから話が転がり込んだ観光庁のソフト事業に採択されたことです。

もともと諸塚村は、装置的な観光素材は少ないので、観光事業は、ソフトを大事にした「体験/交流」というカテゴリーで、村の暮らしに焦点を当てた取り組みをしています。エコツアー「諸塚でやま学校しよう!」というブランドは、25年程前の1998年から始まり、これまで160回以上開催してきました。また、家づくりを学ぶ「木材産地ツアー」や大豆栽培と味噌仕込みを組み合わせたトラスト「大豆応縁倶楽部」、教育機関向けの「環境を学ぶ旅」、企業向けの「森林体感エコツアー」など、地域の営みと顧客ニーズの融合による新ジャンルも拓いてきました。

今回の「NABATABI」は、「しいたけ」を看板商品にしたニュータイプの旅の提案です。ちなみにブランドネームは、九州地方の方言で、しいたけは「なば」と呼ばれることから来ています。

実は、諸塚村では、「しいたけ」を新しい食材としてブランディングすることを3年前から取り組んで来ました。諸塚村を含む九州山地では、江戸初期からしいたけ栽培をしていた記録があり、全国的に見てもかなり早期からつくられてきました。古くて大衆的な食材なのです。かつ、その栄養成分、うまみ成分、香りなど、他の食材にないハイレベルのポテンシャルを持っています。

ただ、時代の流れで乾物の宿命である「戻す」作業が敬遠されがちで、家庭での料理の機会が減っていることも重なり、消費量が大きく減少しています。加えて、森づくりから始まる「原木しいたけ」は、生産者も生産量もかなり縮小し、貴重なモノになりつつあります。最近家庭で使われるしいたけは、菌床栽培というおがくずブロックによる「生しいたけ」が主力ですが、実は生しいたけにはきのこのうまみ成分である「グアニル酸」がありません。うまみ成分は、乾燥課程で生成されるので、手がかかるけど美味しいを生む、乾ししいたけの希少性がここにあります。

「NABATABI」事業は、暮らし/風土をテーマにした諸塚のニュータイプの観光と、ホンモノを極めるこだわりの原木しいたけを旅の局面での融合を図る試みです。もちろんしいたけは、暮らし/風土の象徴であり、諸塚村には様々な潜在的な地域資源が残っていますので、それら様々な要素を組み合わせていくことになります。

しかし、いわゆる「観光」と「しいたけ」ってどういう組み合わせ?という疑問符がつくかもと、不安を抱えながらのスタート。でも、この半年で50名以上の有識者や一般の方の訪問があり、出会いのなかで徐々に理解が広がり、受入の仲間も徐々に自信を持てるようになってきました。

特に強く感じたのは、旅は非日常の単なるイベントとして考えがちですが、「日常生活の一部」として暮らしを豊かにするツールになり得るということです。現代は、都市生活の効率化と機能性の向上のために、生産と消費が分離し、モノをつくる場面と使う場面はほぼ分断されています。たとえば、農産品は流通しやすい形が選ばれ、加工され、冷凍されるなど、原形が見えにくいモノとなって消費者に届きます。服や家具なども同様です。でも、もともとは暮らしはつくることから始まるのであり、モノ買うことはその大切なシーンを省略しているのです。

そこで、暮らしの始まりを、モノのふるさとを訪ねる、ホンモノをつくる場面を見に行く等で始めることで、暮らしを取り戻せるのではないか。旅はその手段です。そのことは、モノのルーツ探しから始まります。つまり、旅している時間だけでなく、どこに行こうか考える時間、準備する時間、帰ってからも旅で学んだことを日常活かすことまでが「旅」になる。

実際村の人々が、モノのルーツとなる暮らしをつくり、しいたけなどの農産物をつくり、神楽などの文化を継承し、地域資源を守っています。「NABATABI」は、その現場と接する機会をつくり、お客様というより、友人/知人、もっと言うとちょっと遠い親戚のようなお付き合いの仕方で接していくことです。諸塚村の一番の観光資源である「人」が、その旅を演出するのです。

本格的な始動は年明けになりますが、ご興味のある方は是非特設サイトをご訪問ください

【公式】NABATABI | 宮崎県諸塚村 (studio.site)

①オンラインツアー2022年9月~12月 ②原木しいたけ応縁倶楽部2023年1月

③NABATABI「暮らしと風土を旅する」オーダーメイドスタイルツアー 2023年1月

人新生の時代に、地球を救う楽しく美味しい「兼業農」の勧め

令和3年2021年12月29日(水) 曇天

 2年前から棚田の米作りを始めました。もともとは、親戚の耕作する棚田を手伝う程度でしたが、数年前から「もうやめる」という話しをされていて、「手伝うから続けましょう」と説得していたところ、3年前に「今年が最後」といわれて、ついつい「私がしましょう」になっていました。

 家族には猛反対されましたが、なんとか説得。出勤前に朝早く出かけ、残業もそこそこに、日が暮れるまで動く。1反(5枚)程度ですので、耕作そのものは、それほど苦にならないのですが、水源が難しい。500mほどの獣道経由で谷からホースで引いていますが、まず取水口が台風などの大雨が降るとすぐ切れてしまいますし、水が引くまで数日間は近づけない。また、途中のホースにエアがかむと断水して、大事な時期に水がなくなります。

 解らないことばかりで、親戚や周りの農家に教えてもらっていますが、知ってみると理にかなうことや、「なるほど」と腑に落ちることばかり。先人の知恵に感心しながら、取水口を細工したり、エア抜きのコツを覚えて、ずいぶん改善されました。また、ノビエなどの、はびこった雑草に苦戦しましたが、ひたすら草引きしたおかげで2年目は激減し、収量は推定2割増になりました。あまり食べる家族ではないので、量は気にしないのですが、なにより米がうまい。あまり食べたことはないので比較するのも失礼かも知れませんが、毎日のご飯の味がブランド米のように美味しく思えるのがうれしい。

 全国的に水稲の作付面積は減っていて、農水省の統計では10年前からすると17%減少しているようです。諸塚村は、もともと平地が少ないので、耕地面積自体も小さい。しかも機械に対応しにくい狭い棚田、狭い耕作道に加えて、水源地が遠い、取水口の管理など障害が多いというハンディキャップがあります。高齢化、後継者不足で近年は耕作をやめる水田も増えています。

 農地の事業承継は、なかなか難しいですが、新しい提案として、権利へのこだわりをやめ、利用という観点への切り換え、生業でなくても、農を楽しむ、収穫を喜ぶという視点での持続可能性を模索しています。ベテラン農家が、指導者として、若者や基盤のない一般の方に教えながら耕作を続ける、新しい選択肢を用意できないかと思っています。誤解を畏れずに言うと「令和の農地解放」の実践です。

 日本の農家の経営体数は、2015年までの10年間で40%以上減っていて、その原因は兼業農家の減少です。国は、大規模専業農家を支援して、国際ビジネスとしての農業を推進しようとしています。それ自体は大事なことですが、食料自給、地域を支える農業という視点では、多くの中山間地域の農業を支えているのは、兼業と複業農家であることを忘れてはいけない。

 現代の経済至上主義のレトリックで農林業を語ると、利潤獲得のための効率化、大規模化は不可欠となり、条件不利地域は排除されます。一部地域では、高品質の輸出商品にして、高コストを飲み込む手段も示されていますが、多くの場合は、そこまでの競争力はない。なにより農業は、食料生産が第一義的な目的であるはずで、あらゆるものを商品化する経済の論理とは、一線を画するものではないのでしょうか。すなわち、条件不利地域にある農業生産が、一部の優良商品のみに限定されると、食料を外部からコストを掛けて購入することが必要で、(都市部は経済力で生き残る可能性はありますが)生きるために不可欠の食料を外部に依存する、経済力も生産力も弱い地域が増える、最悪のシナリオになります。

 日本は、現在でも多くの食料を外国産に頼っています。経済大国日本を謳歌する時代なら許せるとして、「円が弱っていく」時代に、国策としてはおかしい。資本論に、食料や水、医療、教育などは、「コモン(公共財)」として、社会に共有され、管理されるべきという考え方があります。社会での管理まではできなくても、地域住民が自給できる、それに近い生産する意欲があれば、それを社会が支援するのは当然の事ではないでしょうか。

 地質時代の区分として、「人新生」が提言されているらしい。その是非はともかく、人間の生活行動や企業の経済活動が環境へ与える影響力がいかに強く、生態系破壊や生物多様性の喪失などの原因となっていることは間違いありません。農林業は、やり方次第で環境の影響を最小限にし、逆にCO2吸収や水源涵養など、プラスにすることも可能です。非効率、不採算でも、経済の論理で勝負する必要のない地域住民の兼業による自給型農林業は、大きな視野で見れば、地球を守る最良の解決策かも知れない。

 ともかく、農業を支えるなどの理屈はなくてもいい。まず「農」を楽しみ、自ら生み出す「食」の喜びにチャレンジする人を増やしたい。

自然素材の活かし方~技術と素材特性の折り合い

2020年12月31日(木) 晴れ

 開業25年が経過し、ニーズと微妙にずれつつあった諸塚村のキャンプ場を、思い切って2017年から3年計画でリニューアルしました。折しもアウトドアブームのなかで開業以来の賑わいを見せています。そのなかで、ハードを変えるだけでなく、利用者の視点に立ったソフト面の開発もしようと、半年前から、村内の民間の若手主導の自主活動組織として、「森居間研究会」が発足し、活動しています

 キャンプ場の利用に合わせて、木材や食べ物など様々な地域資源を使ったおもてなしで、豊かな森を舞台に、住まいのような快適な空間を創造し、地域住民とお客様とが交流することで地域活性化を図ろうというコンセプトです。実際の取り組みは、地域資源の理解とあわせて、ユーザーのニーズの理解が必要です。これまでプレイベントをやったり、商品づくりを検討していますが、私自身とても新鮮で勉強になります。なによりメンバーが真剣に取り組んでおり、若手育成のフィールドにもなるし、その過程の活動そのものが地域の活力を生み出します

 

 そのなかでメンバーのアイデアで、木工品、いわゆる「キャンプギア」の木材版にチャレンジしています。長年、木の家づくりや家具づくり等に関わっていますが、木との付き合いは何年やっても難しいが、とても面白い。

 ただ、いつも課題になるのが価格と品質管理です。現代のユーザー、特に日本人は、プラスチックなどの安い無機素材で、傷つきにくく、汚れ難いモノ、均質で簡単に手に入るもの、コストの安いモノに慣れています。通常キャンプギアに求められるのも、火に強い、汚れにくい、軽い、安い...など、同じ流れです。これが自然素材の木材ギアとなると、ひとつひとつの個性があり、傷がつきやすく、汚れやすい、シミや割れが出やすい。そのままだとクレーム必至です

 

 となると市場性はあるのか。手づくりレア品で、品質管理できた魅力ある商品なら、適度な価格設定は可能でしょう。また、高い加工技術と手間を掛ければある程度の改善は可能です。ただ、木の特性を活かすのと品質管理のバランスが難しい。技術で無理に反りや割れ、キズ、汚れなどのマイナス面をなくそうとすると、表面塗装や加工が過剰になり、自然の温もり、優しさが失われてしまいがちです。手を掛けすぎると高価すぎるものになります。たとえば熱処理や薬剤注入などして、半プラスチック化した木材は、もはや木ではないと思います 

 肝心なのは、木の特性によって起きることをすべてトラブルとして技術で制御するのではなく、使い勝手や安全など、必要最低限のカバーし、起こっても支障のない程度の「変化を許す」こと、人は一歩引いた位置で止まることだと思います。当然技術不足で不具合を起こし、それを木材のせいにしてはならない。このバランスが難しい

 

 若い頃に指導を受けた建築家から、「技術屋は、社会や発注者の与件を前提に、その実現のために努力すること」と叩き込まれました。例として適切か解りませんが、東日本大震災で、言われた「想定外」という言葉は無責任に聞こえます。人工物で自然をコントロールしようとした危機管理対策の脆さが被害の拡大を生んだのかもしれません。人の力で自然を制御する思想は、生来の日本人にはなかったはずで、技術は、自然と人間の生活を上手につなげる知恵の延長線上にあり、その技術者が、大工であり、木工職人ではないでしょうか

 

 2020年夏に、思わぬ事から、某音楽家のアナログレコード集の木製の収納容器の製作を依頼されました。常識的には、こういう商品には紙かプラスチックが使われるのでしょうが、木が選ばれました。今製作の真っ最中です。つくる側としては名誉なことですが、かつてなかったモノが商品として評価されるかは、技術と素材のバランスがうまくいくかで決まると思います。2021年4月発売とのことです

 

 諸塚産の木製キャンプギアも、みんな本業の職人ではないので限界はありますが、それぞれ工夫しながら取り組んで、結構良さそうなモノも出来ています。これも2021年の春には世に出せそうです。木の時代が始まっています

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