夏の田舎道はきらきらと
子ども達はなお跳ねる
畑ぎわの母親は
絶えずおしゃべりくりかえす
家々は夕餉の香りにつつまれて

鎮守の森
蝉時雨

遠くに目を引く赤と黄は
ビニールプールとおもわれて
ゆれる水に傾いた
夕陽をうつす
さざなみを
聞こえぬまでも拾う耳

しげる畑の緑むこう
かくれて道ゆく農夫の鍬に
土くれ
ほろ、ろろ
溢れる音符

泛かんだり消えたりもする麦わらを
星のめぐりに見たてた私

ああそうよ
ゆるやかな
夏の浅い夜は来る
さあつなごう
手をつなごう
ふっくらとした指の腹
私に預けてほしいのです

鎮守の森
蝉時雨

あなたの白いシャツの中
薄い胸の奥は鳴る
見えざる旋律軽快に
三日月のように笑った眼

そうして何も背負わぬ笑顔

楠に背を預け
私を見つめてくださいな
大笑いを口に籠め
そのまま唇
重ねましょう

私のブラウスの中に
豊かな胸はひよめいて
乳房の奥に愛は鳴る

そうして何も背負わぬ笑顔

あなたが笑う
ただ笑う
少し気の抜けた
サイダーみたいな息づかい

泡のはじけるスタッカート
三千世界の蝉時雨
久遠にちかくとも刹那
優しいままに柔らかに
今の今だけ刹那のままに
今の今しかないと知り
あなたを愛した夏だった

月を見れば思い出し
陽を見れば胸は鳴る
闇木立は沈黙を
コートの襟を立てる冬
心の中に晩夏の樹
レスタティーヴォを繰り返す

季節は巡るいつの日か
今は一人で行き過ぎる
田舎道は深閑と
もう歌えない息づかい
レスタティーヴォもかすれゆく

春を待つ
夏を待つ
秋と冬は実りを胸に
いつの日か
あの日の歌を思い出す

楠は知っている
あの日の笑顔を知っている
燦爛と陽は爆ぜて
刹那と混じる呼気となり
いつの日か
あの日に至る道を指す

田舎道は深々と
ふたたび眠る心たち
一度は別れてそれぞれに
止むに止まれず口ずさむ

三千世界の蝉時雨
終わらぬ夏の輪形彷徨
閉じた輪のうち永遠に
あなたを巡る夢を見る

いつしか冬も去り行けば
あなたを追って旅に出る
閉じた世界を打ち破り
三千世界の楠を
たどって歌って生きてゆく。


(おわり)