「夜のバス」という井上陽水の歌がある。

 

高い音域の歌いだしと同時に、いきなり胸を鷲づかみにされるような不可思議で幻想的な作品世界を持つ歌で

 

歌詞からは、心奪われた女性の気まぐれに翻弄される若者の、成熟とは縁遠い、だからこそ純粋で尊い恋心が痛いほど伝わってくる。

 

北朝鮮拉致被害者救出を訴える街頭活動のために、日帰りで博多へ通う時に高速バスを使っていた。

 

昼過ぎに着くと、鹿児島への帰路はどうしても夕暮れ時になった。

 

黄昏迫る博多駅からバスが出て、育った町の久留米を過ぎ、お茶どころの八女にさしかかる頃に車窓は真っ黒な夜に塗りつぶされる。

 

九州各地から博多へ集まった参加者毎に一人ずつ交代で、主催者から5分ほど与えられた放送時間を使ってマイクを握り、

 

雑踏へ話しかけた自分の声が胸の奥に響き、じっと耳を傾けてくれていた主催者側のお嬢さん達の美しく澄みきった瞳が,外を流れていく夜に浮かんだ。

 

日本が戦争をできない国であることが、何十年もさらわれたままで人生をすりつぶされていく国民を見殺しにする原因になっている。

 

交渉を成功させるために必要ならば軍事力を使用することをためらうべきではないし、そうできる国を一刻も早く創るべきだ。

 

そう訴える私の声は、九州随一の繁華な街を急ぎ足で吹き過ぎていき、楽しげに行き交う大勢の人々の胸に小さな影ひとつ落とせなかった。

 

「バスの中はとても寒いけれど 君の嘘や偽りほどじゃない」

 

そんな胸に沁み通る歌詞があるけれど、時として男性を破滅させてしまうほどの女性の狡猾な残酷さと、

 

そうと知っても思い切れない、身悶えするほどのどうしようもない恋の辛さが、日本という祖国へ抱くひたむきな恋心にオーバーラップした。

 

ロダンに捨てられて、狂気に襲われて死んだカミーユ クローデルの例もあるけれど、

 

男性の身としては、どんなヤクザな男にも心の奥底には最後まで女性崇拝が息づいているんだと、やはり小さく呟き続けたい気もする。

 

どんなに騙されても、弄ばれても、無我夢中になって想い続ける女性とめぐりあったのなら、その時どんなに辛くても決して虚しくはない。

 

そんなふうに思ってバスに揺られている元若者の胸で、陽水の澄み切った歌声が美しくリフレインしていた。

 

「絆抱くペリリュー・日本を愛する島」