寒い冬がやってきた。
外海に面した町は雪こそ降らなかったが、身を切るような冬の風は
容赦なく吹き付けて、指先をかじかませた。
コーチに教わって「ボールを握らない季節」の訪れを知った。
足首をひねらないように気をつけながらサッカーをやったり、ランニングに
明け暮れる冬の日々が野球少年達と始まった。
そんなある日の職員会議のことだ。
議題は通常の校務ばかりで、国歌や国旗、そして「仕事が増える」ことなどの
日教組魂に火が点くようなものは皆無だった。
長引いて中休みが入った時、私はふと、いつも校長と教頭に実にツマラナイ
ことをムキになって怒鳴り散らす障害児学級の担任の机上に目をやった。
ちゃんとノートが広げてあったので「ほお~ あんな穀潰しでもたまには真面目
に」と感心して覗き込むと
1頁いっぱいに「へのへのもへじ」がビッシリと書いてあって呆れた。
こんな連中に国民は大枚を毎月毎月搾り取られているわけで、こういうのに
限ってボーナスを、株屋や金貸し、商社と比べては「働いても働いても少ない」
なんどとホザくのだからたまらない。
年間20日間いっぱいをチョコチョコと時間で取る有休で消化!し、暦どおり
しっかり休み、成績不振者はほったらかしにして、自分の技術向上にはまるで
努力もせず、口を開けば不平ばかりで建設的意見のひとつもない。
これで国が傾かなかったらどうかしていると、こんな日本の南端に住んでいても
如実に感じさせられる日常だった。