うつも摂食障害も闘うのをやめたら何かが変わった | 一生役に立つ!リバウンドしないセクシュアリティと女性性を用いたマインドダイエット〜「ももざっぷ」

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いのち・セクシャリティ・女性性で「生きる」を学ぶスクールFreedomHeart-フリーダムハート-を主宰。
人生のセカンドステージで、自分を愛しわたしらしく生きる自信をつけ後悔しない人生の御手伝いをしています。

こんにちは

今回の記事は わたしの看護師の経験と

何よりじぶんが摂食障害 うつ病の当事者として

感じることを書いてみようかと思います。

かなり主観です。

一般的じゃないと思います。


では、参ります!






うつも 摂食障害も 

今や結構、日の目を浴びる病名となっている

 

今日この頃

 

 



あえて わたしは うつだった・・・

摂食障害だった・・・

のか

今もそうなのか 

なんて実はどうでも良いと思っています。

今は。

 

 

大切なのは

そうであるじぶんをどう感じているか

だと思えるようになりました。




さまざまな 病名もそうですし

関連するところでは ACや共依存もそう。
(これは愛着障害の状態・症状かな❓)

精神や神経の病気だけではなくて

がんや糖尿病などなど・・・

検査デ―タ―や所見で

判定できる病名も含めてです。





「原因がわかること=病名」(例外はあります)

そして

「医師の判断」



が診断治療の基本的なルールになっているだけです。

保険診療的にも。



看護師としては、診断を受けた患者さんの心理の理解は

危機モデル としていろいろあります。

特に、うつになった時

そんなじぶんと照らし合わそうともしましたが

なにせ うつなので(笑)

全くもって無理でした。



そして、だから何⁉って感じです。


実のところ 病気も とどのつまり

じぶんが選んでいるのだと思います。

病気や症状を使ってとは言わないまでも

病気になってまでも

訴えたいものがあるんだと思います。


大昔は病気は災い 憑き物の象徴で

生命を最も脅かすものだったからか

病名がわかることで一旦は安心します。

敵が判明したのですから。

 



そして、殆どの方が「闘い」を挑みます。

闘いながら、病気にかかったじぶんを

 

 

病気になって 今までの役割を果たせないじぶんを 

奮い立たせながら戒めます。

律します。時として嘆きます。

それが 闘病です。



闘い続けて病気を成敗しても

それだけでは「再発や再燃」を怖れ続けなければ

ならないかもです。


じぶんが選んで 得体の知れない敵と戦う

自作自演はもういいやー

うつをやめる

と 思った時に じぶんの中のスイッチが

切り替わった気がしました。



そして うつ病と言われていた時は

自己判断で薬を止めました。

病院にもじぶんの判断で行かなくなりました。


それで、辛くなって無理だったら

また行けばいいんだ❗と思いました。

 

 

これは わたしにとって とても怖い

 

 

賭けみたいなことでもありました。

 

 

 

 

わたしの場合 突然に身体が動かなくなり

 

 

 

 

言葉が全く出なくなりました。(失声)

 

自覚が全く無くて・・・つまりこれが、うつだと言う事。

 

「ここまでなってしまう間に、なにか気が付かなかったの?」と

 

 

言われました。

 

 

だから じぶんは病気を管理することが

 

 

できなくなってしまったと思い

 

 

治療を指示なくやめてしまうことに

 

 

とても勇気が必要だったと思います。

 

 



うつ病が怖いと言うより

治療、通院は

医師の指示通りにするものと言う

じぶんのルールに反するのが

怖かったからかも知れません。

じぶんが想定した、順調にヨテイ通りに治らない

じぶんでいたくないからでした。

提案される新しい治療法も

 


要は、医者に合わせるためにやっていたようなものでした。

表向きは良い患者 医療に携わる人や、病気の期間が長い人には

多いかも知れません。



そして

摂食障害は、高校生の時からなので

病歴は相当な歴史があります。

思春期やせ症と言われ、当時は最新の診断をされました。

その後、過食嘔吐に移行して今に至ります。

学会の報告なんかにも良く見るのですが

そのまま50歳代にまで至っている、、、

と言うのは、わたしもそうです。



当時、痩せすぎて、栄養失調と低体温で

一時期は、お花畑が見えそうになったので

過食嘔吐は わたし的には

生命維持の意味合いも強くあって

社会生活ができるための

ひとつのバランスを保つ行為だったと思っています。



過食嘔吐がじぶんを護るひとつの手段です。

アディクションです。

それを 止めようとも何度もしましたし

止められないことでじぶんを責めてました。
 

それでも今は、わかっても わからなくても

それを選んでいるじぶんが居ることなんだと

思っています。




もう 闘わない。

病気になってまで 優等生しない。

真面目に ストイックになるのを止めてみる。

そういう意味では 病気とかは

今までの じぶんのスタンスを崩せ~と言う

じぶんの こころの現れです。



とは言え、真面目な方は

それが普通なので 真面目どころか

まだやりたりないと 確実に思っています。



じぶんのアタマの思考だけでは気づけないものです。

うつも摂食障害も

目の前の問題はダミーなのです。

 


 

うつ病も 摂食障害も わたしの 一部分です。

 

 

嫌って 捨てて どこかに埋めて隠しても

 

 

 

じぶんの足元に 転がっていて

 

 

邪魔したり つまずきやすくなってたり

 

 

匂いがしちゃうものなんです。

 

 

 

これさえも・・・

 

 

 

Iおかぁ~えり わたしのもとへぇ~~・・・I

 




闘わない うつや摂食障害との付き合い方

 

それならば ももいは お役にたてると思います。

 


わたしが 証明よ~~・・・・ぺこ