映画『永遠の0』もう1つの物語 | もっとよくなる

映画『永遠の0』もう1つの物語





映画『永遠の0』を鑑賞した。

原作は、百田尚樹氏の手による同名の小説。

発行部数450万部を超える国民的ベストセラー、待望の映画化である。

この映画では、天才的な操縦技術を持ちながら、生還することに執着するあまり
「臆病者」と蔑まれていた太平洋戦争末期の零戦パイロット・宮部久蔵と、
戦後60年の時を経て、その宮部の謎に迫る青年の物語が描かれている。

私にとって、この映画は他人事ではない。

零戦パイロット・宮部久蔵は、私の大叔父の投影であり、
宮部久蔵の謎を追う甥っ子の青年は、私自身の姿でもあるからだ。

私の大叔父は、日本海軍に所属する陸上攻撃機の飛行兵だった。

日中戦争で初陣を飾り、太平洋戦争開戦後は、真珠湾攻撃から二日後に元山航空隊の
一員としてマレー沖海戦に挑み、美幌空・鹿屋空と協同でイギリス海軍が誇る
最新鋭の戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスを撃沈した。

この戦は、当時世界の海軍戦略の常識であった大艦巨砲主義の終焉を告げる
出来事として海軍史上に刻まれている。

その後も大叔父は、幾多の作戦に出撃し、命を落とすことなく戦い抜いた。

昭和十九年二月には結婚式をあげ、妻を娶った。

しかし、戦時下において幸せな時間は長く続かない。

激戦地フィリピンに向かう前、大叔父は最愛の妻と最後の別れになることを覚悟したのだろうか、
その頃待機していた国内の航空基地から故郷の町に軍用機を操って帰ってきた。

そして生家の上空で三度旋回すると、翼を上下に振って、
名残惜しそうに基地に戻っていったそうだ。



私は『永遠の0』を観るまでは、先にも書いたとおり、大叔父は家族の顔も故郷の風景も
見納めのつもりで生家に飛んできたのだと信じ込んでいた。

しかし、映画『永遠の0』を観て、そのおもいに疑問が生じた。

大叔父は、手を振る新妻の姿を操縦席から目にし、映画の主人公である零戦パイロット・
宮部久蔵と同じように、生きることへの執着をあらたにしたのではないだろうか。

妻のために必ず生きて戻ってくると。

残念ながら、そのおもいは果たせず、
昭和十九年十月十七日、無念の戦死を遂げる(享年二十四歳)。

大叔父が所属する陸攻隊の未帰還率は突出して高かったことを考えると、
太平洋戦争開戦前から従軍し、終戦十か月前まで生き延びた大叔父の奮闘には、
並々ならぬ執念が感じられる。

私が厚生労働省社会・援護局に依頼して調べてもらった資料でわかったことだが、
その日の軍事日誌には下記の言葉が記されていた。



敵機動部隊攻撃の為、クラーク基地より発進以後、未帰還。



私は、子供の時分より祖父や父から聞かされた、大叔父が生家に軍用機で帰ってきた
エピソードに心を揺さぶられ、この話を創作の動機にして児童小説を書き上げることを決意した。

百田尚樹氏の作品を持ちだして語ること自体がおこがましいのだが、
創作の発露においては、変わらぬ情熱で私も小説を綴った。

そして、完成したのが『約束のつばさ』である。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4877584242

私は、決して戦争を美化する者でないし、昨今の顕著になる一方の右傾化を望む者でもない。

しかし、日本人が多大な犠牲を払った戦争から決して目を背けてはならないと思っている。

百田尚樹氏も言っているが、日本のためにがんばった父や伯父の世代のすごさを
次世代に語り継ぐ義務があるはずだ。

この文章を締めるにあたり、大叔父に関するエピソードをもう一つ披露したい。

大叔父が戦死したあと、一人残された新妻は、家に残ることを希望したそうだ。

その当時は、そういった空気の方が主流だったのかもしれない。

しかし、家族はそれを許さなかった。

新妻には、新しい人生を歩んでもらうことで、
夫を亡くした哀しみから立ち直り、幸せになってもらうことを望んだのである。

戦死した大叔父も、きっとそれを望んでいたはずだ。

家族は、新妻の願いを聞き入れず、実家に返した。

新妻はやがて新しい伴侶と出逢い、子供も授かったそうである。

やがて大叔父の家族とは疎遠になっていくが、これも家族の意志が働いている。

新妻の新しい人生を気遣って、家族がわざと距離を置くようにしたのだ。

これは、私が祖父(大叔父の兄)や祖母から聞いた話である。

家族みんなに愛された大叔父ゆえ、たとえ戸籍上は他人になっても、
大叔父が愛した妻を見守る家族の温かい眼差しは変わることがなかったのだ。

ゼロ戦パイロット・宮部久蔵の妻と同じように、大叔父の妻も、
死んでなお大叔父から守られていたのだと私は確信する。

上部写真は、大叔父が訓練に励んだ鈴鹿海軍航空隊飛行練習生時代のもの。

上段は、飛行服を着込んでの実習のようだ。
下段の写真には、「伊勢行軍」とのキャプションがついている。

まだ十代の青年たちであるが、国を守る任務を与えられた彼らの顔は、
責任感で引き締まり随分大人びて見える。


■映画『永遠の0』
http://www.eienno-zero.jp/index.html